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44.未来への一歩

「お嬢様、緊張していらっしゃいますか」


 そう私の手を引く従者に尋ねられ、思わず苦笑いを浮かべて頷く。


「えぇ。 ……だって、今日がまた新たな未来を切り開く節目になるんだと思うと緊張してしまうわ」


 私の言葉に、レオは「そうですか?」と笑う。


「私は、エドワード殿下なら大丈夫だと思っていますから」

「! それもそうね」


 ふふっと私が思わず笑みを溢せば、彼も微笑みを返してくれる。

 そんなことを廊下で彼にエスコートされながら話している間に、今日の目的地である城へと着く。


 あれから数週間後、エドワード殿下は国民にお触れを出した。

 それは、彼がずっと決めかねていた大きな件に終止符を打つ……、つまり、派閥争いを繰り広げていた婚約者候補の中から遂に一人に決め、それを今日の舞踏会で発表すると告げたのだ。


(今日でいよいよ婚約者が決まる。 そうすれば……)


 ちら、と隣にいる彼を見上げれば、その彼が向ける視線とバチリと目が合って。

 思わず頬が赤くなる私に、彼は吹き出したように笑って言った。


「……本当、ジュリアは考えていることが分かりやすいな」

「っ、ば、馬鹿にしてるのっ!?」


 それにまだ貴方は従者でしょ! と敬語を使わない彼に対して小声で反論すれば、クスクスと笑いながら言った。


「大丈夫だ、誰も聞いていない。 ……それに、俺はずっとこの日を待っていたんだ」

「!」


 そう言うや否や、彼が私の耳元に顔を寄せて告げる。


「漸く、堂々と君の横に立てるな」

「〜〜〜っ」

「!」


 レオが本当に心から嬉しそうに言うものだから、此方まで嬉しくなってつい彼に抱き着けば、レオは少し困ったように顔を赤くしながら、「こら」と私の頭を小突く。


「いけませんよ、お嬢様。 でないと、歯止めが効かなくなります」

「!?」


 その言葉に驚き反射的に飛び退けば、今度はあははと声をあげて彼は破顔したのだった。





 舞踏会会場は、いつも以上に賑わっていた。

 それは無論、未来の妃が決まる宴であるからだろう。

 そうして現れたエドを含めた王族の方々を前に、それぞれが礼を取る。

 私達婚約者候補はその壇上の前に並び、同じように礼をとった。

 先ず最初に口を開いたのは、エドのお父様である現国王陛下であった。 挨拶もそこそこに、今日の本題である話を始める。


「今日集まってもらったのは、他でもない次期国王になる我が息子、エドワードの婚約者、つまり次期王妃を発表する為だ」


 その言葉に、この場にいる人々の間でどよめきが起きる。

 陛下はそれを制するように「その前に」と少し厳しい口調で口を開いた。


「少し話をさせて欲しい。

 ……皆も一度は聞いたことがあるであろう、“闇社会”について」

「「「!」」」


 その言葉に皆が瞠目した。 無論、私も。

 まさか陛下の口からその言葉を公然の場で耳にするとは思っても見なかったからだ。

 そんな私達の動揺に反し、陛下は静かに告げる。


「“闇社会”はその名の通り裏社会であり、この国も例外ではない。 

 社会には光と闇がある。 我々はその格差を排除すべく努めてきた。

 だが、そう簡単には上手くいかない。

 それが、何とも歯痒く思う」

「……」


(エドのお父様は、国王の鑑だと言われている方。 格差を埋めようとあらゆる政策を打ち立て、実行して結果を残してきた功績は誰もが認めているわ)


 ……それでも陛下の仰る通り、社会から闇の部分が消えることはない。

 貧しくても、そうでなくとも。


「そして、その闇に手を染めてしまった人物を我々は見過ごすことは出来ない。

 今此処にいないシーラン侯爵もその内の一人であり、今、我々の管理下の元にいる」

「っ、なんと!」

「シーラン侯爵様が?」


 その名前に誰もがどよめく。 そんな人々を陛下は制すると、静かに告げた。


「彼は重罪を犯してしまった。 そのため、爵位と領地の全てを没収、彼自身は監獄送り、そしてその血縁者は国外の地へ行くことが決まった」

「!」


(一番最悪の罪に処されたんだわ)


 陛下の仰った監獄とは、孤島にあると言われている監獄のことである。 その監獄に送られた者は、永久に日の目を見ることはないと、私達はそう教わっていた。 この国は処刑制度が無いため、監獄送りが最も重罪であるが、実際は死ぬよりも辛い場所だと言われている。


(それに、血縁者は国外追放ということは)


 その言葉に思わず隣にいるエイミー様を見る。

 彼女は何を考えているのか分からないけれど、じっとその先の言葉を待つように陛下を見上げていた。


「そして、そのことを告発してくれたのは……、其処にいるエイミー・シーラン嬢だ」

「「!」」


 その言葉に皆が一斉にエイミー様を見る。

 彼女は視線を陛下に向けたまま、ギュッと拳を握った。

 陛下はそれを見て悲しげな表情で告げる。


「彼女は亡きシーラン侯の娘であったが、甥にあたる現シーラン侯の元で暮らしていた。

 ……その暮らしは決して良いとは言えない。 それは、彼女が虐げられていた何よりの証だ」


 周囲のどよめきが一層大きくなる。

 エイミー様がそんな目に遭っているなんて、誰も思わなかったからだろう。 私も、彼女が打ち明けてくれて初めて気が付いたのだから。

 陛下は息を吐くと、柔らかな眼差しでエイミー様を見て言った。


「エイミー嬢。 長い間君がそんな目に遭っているということに気が付いてあげられず、すまなかった」

「「「!」」」

「え……」


 陛下が一人の御令嬢に謝った。

 私達は驚いたが、エイミー様もそれは同じで慌てたように首を振った。


「っ、そ、そんな! 陛下が謝ることでは……っ」

「いや、今回の責任は私にある。

 ……君の亡き御両親は、立派な人達だった。 その跡を継ぐ人物をもっと見定めるべきであった私にも責任がある」

「! ……それを言うなら私だって、もっと早く真実を告げるべきでした」


 彼女は俯き、そう口にした。


(エイミー様は、誰より自分のことを責めているんだわ)


 きっと、ずっと前から伯父である彼の悪行を知っていた。 だけど、彼女は言えなかった。 彼女自身が一番、彼の恐ろしさを知っているから。


「その結果、私は……、関係のない方々まで巻き込んでしまった」

「!」


(それって私のこと……っ?)


 違う、そう言いたかったが口に出すことは出来なかった。

 それは、伯父である彼を捕まえた事件については口外禁止だとレオも私も言われているから、此処で下手に口を挟めば、その命令を破ることになってしまう。

 どうすればと焦っている間に、エイミー様が頭を下げた。

 そして、静かに口にする。


「……ですから、私に罰を御命じ下さい」

「「「!」」」


 エイミー様の言葉に、シンと会場中が静寂に包まれる。

 私は彼女を見、それから陛下を見た。

 彼女を見たまま何も言わない陛下に対し、固唾を飲んで言葉を待っていれば、陛下はやがてふっと笑みをこぼして口にした。


「エイミー嬢、顔をあげなさい」

「……っ」


 彼女はエメラルドの瞳を陛下に向ける。 

 そして、陛下は静かに告げた。


「君は、勇気ある人だ。 自分の罪を認め、他者を第一に思いやることが出来る。 

 それは、真似しようとして出来るものではない」

「!」

「ただ、自分を犠牲にし過ぎている部分がある。 それは、君の周りにいる人々なら皆感じることだろう」


 そう言葉を切ると、陛下は「だからこそ」と彼女に向かってはっきりと告げた。


「君を、我が息子が選んだのだ」

「え……」


 エイミー様は驚き目を見開く。


(!? まさか……!)


 陛下が一歩退いた代わりに、後ろに控えていたエドが姿を表した。

 彼は壇上から降りてくると、驚くエイミー様の前に立ち、そして……、跪いた。

 その行動に誰もが息を呑む。

 エドはにこりと彼女に向かって笑みを浮かべると、口にした。


「エイミー・シーラン嬢。 

 私は許されるのなら君を、私の唯一無二の婚約者にしたい」

「「「!」」」

「……っ、え……?」


 エイミー様は大きな瞳を瞬かせた。 エドは困ったように笑い、彼女に向かって手を差し出す。

 そして、再度口を開いた。


「急に、色々なことがあって驚くかもしれないけれど、私はずっと、婚約者候補に君が選ばれた時から見ていたんだ。

 君と話す時間はとても穏やかで、優しい気持ちになれた。 私はそんな時間が何より楽しみで、気が付けば、愛おしいと思うようになった」

「……っ、え、エドワード、殿下……っ」


 彼女は手で顔を覆うと、溢れるばかりの涙をこぼす。

 それを見て、私は彼女がどれだけエドワード殿下を好きだったのかが分かって。

 多分エドもそんな彼女の好意に、ずっと前から気付いていたのだろう。

 エドは、エイミー様の手を取ると、その手に口付けを落とし、口を開いた。


「……どう、だろうか」


 エドの言葉に、エイミー様は口を開いた。


「私で……、良いのですか」

「! ……他の誰でもなく君が良いんだ、エイミー」

「!!」


 エドはエイミー様の名前を、優しい声音で呼んだ。

 それに対して、エイミー様の目からまた涙が零れ落ちるが、エイミー様はそれを気に留めず、エドに差し出された手にそっと重ねると、ゆっくりと口を開いた。


「……はい、殿下。 私も、殿下のことを心から、お慕いしております」

「「「!」」」


 その言葉に、エドは心からの笑みを浮かべる。

 そんな二人を見ていた私は、シンと静まり返っている会場で一人、祝福の拍手を送る。 

 すると、その拍手に賛同するように、会場中で拍手が沸き起こったのだった。







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