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43.秘めた想いの行く末

「……“レオン・グラントを解雇する”。 

 それが、私の願いよ」

「……!」


 そうレオを真っ直ぐと見つめて告げた私に対し、レオの瞳は動揺に揺れる。

 そんな驚きからか言葉が出ないレオの代わりに口を開いたのは、私の後ろに居たエドだった。


「っ、ジュリア、君は何を言っているんだ!? 解雇するだなんて……、レオのことがそんなに嫌なのか?」


 そんなエドの言葉に静かに首を横に振る。

「では何故」と呟くように言うエドに対し、目を閉じて短く息を吐いてから言った。


「私が彼を解雇する理由は、その“逆”だからよ」


 そう言って今度は目を開けると、レオはポカンと口を開けて私を見つめていた。

 見たことのないレオの呆気に取られたような表情に、私は静かに笑みをこぼす。

 そして、ずっと心に秘めていた“思い”を告げる為、震える指先をギュッと握り締めながら言った。


「一度しか言わないからよく聞いてね、レオ。 

 私は……、ついこの前まで貴方のことを嫌いだと思っていた」


 冷たくて、無口で、厳しくて。

 何を考えているのか分からない彼に対して、苦手意識が芽生えていたほどだった。


「……何て冷たい人なんだろう、そう思っていたけれど、本当は違った」

「!」


 そう言ってそっと手を伸ばし、レオの綺麗で大きな手を包むように両手で優しく握る。

 そして、その手を見ながら言葉を紡いだ。


「……貴方はただ不器用なだけ。 私に無茶をさせないようにとわざと厳しく言ってみたりしていたけれど、そういう貴方こそ、私を守る為に危ない真似をして……、そうやって形振り構わないで私を守ろうとしてくれている貴方に気が付いたのは、私が偽装で貴方と恋人になってからだった」

「……」

「情けない話よね。 ずっと一緒にいたのに、私が自由に振る舞えていたのは貴方のお陰だったことに今更気が付くなんて」

「っ、そんなこと」


 レオは反論しようとしたが、私はそれを制して少し笑ってみせると、「そう貴方が言ってくれるから、」と言葉を続ける。


「私はいつまでも、貴方に甘えてしまうの」

「……っ、なら!」

「!」


 彼は私が握っていない方の手でぐっと、私の肩に手を置き言った。


「従者でなくても良いっ! それでも良いから……、俺のことが嫌いでないのなら、側に、居させてくれ……」

「!!」


 その言葉に、瞳に、声に、私の心が震える。


(……っ、そんなことを言ってくれるの……?)


 私の視界が涙でぼやける。

 レオはハッとしたような表情をして、慌てて肩から手を退け、「すまない」と謝った。

 私はそんな彼に対し、首を横に振って溢れ落ちる涙を拭きもせずに言った。


「そんなことを言われたら私、自分の都合の良いように解釈してしまうわ、レオ。

 だって、私は……、私が、貴方を解雇する理由は、主従関係では御法度の感情を、私が抱いてしまったからなのだから」

「っ、え……」


 レオはその言葉に、「まさか」と呟く。

 私は、もう一度気持ちを落ち着かせるために瞳を閉じると、今度は逃げないようにずっと抱え込んでいた二文字を、彼に向かって静かに告げた。


「貴方のことが、“好き”なの」

「「……!」」

「……は、え……?」


 レオの瞳が戸惑いに揺れる。

 多分これ以上ないほど顔が真っ赤になっているであろう私は、その二文字をもう一度告げることを躊躇い、「だから!」と言葉を変えて口を開いた。


「私は! 貴方がもし、私と同じ気持ちでいてくれているのなら、私の“後ろ”ではなく、“隣”を歩いて欲しいの!!」

「……!?」


 レオはその場で何も言わず、固まった。

 そんな彼に見つめられ、恥ずかしくなった私は呟いた。


「……これが私の、“願い”よ」

「「ジュリア/ジュリア様!」」


 私はその場にいてもたってもいられず、逃げるように走り出す。

 その間に色々な感情が入り交じって、それが涙となって目から溢れて止まらなくなる。


(っ、言っちゃった……! どうしよう、レオと顔を合わせられない!!)


 廊下に出れば、全速力で走る私を見て皆何事かと、歩く侍従や騎士に視線を向けられるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


(レオが来る前に早く帰りたい……!)


 レオの返事を聞くのが怖い。

 これまでずっと一緒にいられたのは、主従関係があったからこそで、レオだってどういう真意で私の元に居てくれると言ったのか分からない。

 ……私のこの感情を、彼に拒絶されてしまったとしたら私は、それこそ彼とはもう二度と会わない方が良い。


(だって、私のこの気持ちは)


 いつまで経っても、消えてはくれないだろうから。


「っ、ジュリア、止まれ!!」

「へ……っ!?」


 その声と同時に、ガクッと体が傾く。

 階段を踏み外したのだと気が付いた時には時既に遅く、ギュッと衝撃に耐えようと目を閉じたその時、ふわっと掠める落ち着くその香りに、私は思わず目を見開いた。


「っ、ジュリア」

「!!!」


 視界いっぱいに広がる、私の大好きで今は会いたくないその彼の藍色の瞳を見て、咄嗟に逃げようとすれば、逃さないとばかりにギュッと抱かれていた腰に力が込められる。

 そして、彼は私の耳元に顔を近付けて言った。


「……逃げるな」


 吐息混じりのその言葉に、私の体から力が抜ける。

 そんな私を見て、彼は見つめていたかと思えば、「失礼致します」とまたいつもの敬語に戻り、私の体を横抱きにした。


「っ、じ、自分で歩けるから!!」


 下ろして!と喚く私に向かって、彼は一言、「逃げられたら困るので」とそう言って、何がなんでも離さないとばかりにその腕に力を込めると、階段をその状態のまま下り始める。


「っ、ちょ、怖いんだけど!!」


 ギュッと思わず彼にしがみつけば、クスリと笑みを溢してレオは言った。


「安心して下さい、絶対に落としませんので。 怖かったら、私の首にしがみついて下されば大丈夫ですから」

「〜〜〜貴方、わざとね!」

「さあ、何のことでしょう」


 彼は悪戯っぽく笑い、わーわー喚く私を適当にあしらいながらスタスタと歩くのだった。


 そして、そんな彼に連れて来られた場所は応接室だった。

 レオは応接室に置かれている一人掛けのソファに私を座らせる。


「……あの」

「? 何です」

「どうして退いてくれないの」


 ソファに座らせてくれるところまでは良かったが、今度は私の肘掛けに両手をついて退こうとしない。 


「逃げられないようにしているんです」

「〜〜〜落ち着かないから、せめてその手を退かして」


 何処にも行かないから、と私が根負けしたところで渋々彼は手を膝掛けから離した。

 それでも私が逃げると思っているのか、じっと私を真正面から曇りのない藍色の瞳で見つめてくるものだから、ドキドキと煩いくらいになる心臓を誤魔化すように口を開いた。


「どうして追いかけてくるの」

「貴方が逃げるからです」

「っ、デリカシーがない!」


 そんな私の言葉に、今度はレオが怒ったように口を開いた。


「っ、どっちがだ!!」

「は!? 貴方、従者の時と騎士の時の口調がごっちゃになっているわよ!?」

「誰のせいだと思っているんだ! ……っ」

「?? レオ……? !」


 私は突然俯いたレオの顔を覗き込んでハッとする。

 そして思わず呟いた。


「レオ、顔が赤い」

「〜〜〜だから、それもこれも全部君の所為だ!」

「お、怒っているの……?」


 私がそう結論づければ、彼は「は?」と一拍置いた後、はぁーっと長くため息を吐き、クシャっと前髪をかきあげて言った。


「違う、怒っているんじゃなくて……、あーもう!」

「?? レオ……!?」


 焦っているんだ、そう聞こえた瞬間、私は彼の腕の中にいた。

 ギュッと強く抱きしめられ、ただでさえ速かった鼓動がより一層早鐘を打つ。


(っ、え、な……)


 今度は私が頭を真っ白にさせていれば、私の耳元で彼が小さく呟いた。


「……君には完敗だ」

「え……?」

「まさか、君が俺と同じ気持ちで居てくれたとは夢にも思わなかったし、それに先に君に告白されるとも思わなかった」

「……! う、そ……、それって」


 私の目から涙が零れ落ちる。 

 体を離した彼が、それに気付いて困ったように笑いながら、そっと私の目元を拭ってくれる。 そして。


「好きだ、ジュリア。 

 ……君が恋心に気付くずっと前から、俺は君を想っていた」

「……!!! そ、それじゃあ」


 レオも私と、同じ気持ちでいてくれたということ……?


 レオは困ったように笑いながら口にした。


「知らなかっただろう? 

 ……さっきジュリアは、“主従関係では御法度の感情”と言っていたが、それを言うなら俺はずっと……、それこそ君に仕える前から、俺はこの感情を抱いていた」

「……は、え……、え!? そ、それはいつ!? だって私、初めて貴方のことを知ったのは、貴方が従者として来てくれた時で」

「前に一度会っている。 ……ジュリアが幼い時に、一度だけ。 名を名乗ることもしなかったし、当時は色々あったから忘れているだろうけど、俺はずっと忘れられなかった」

「……!」


 知らなかった。

 まさか彼が、そんなに前からずっと私を想ってくれていただなんて。


「……私、覚えていない」


 好きな人のことなのに、とショックで思わず顔に手を当てそう口にすれば、レオは何処か困ったような、哀しみが混じったような、そんな曖昧な笑みを浮かべて「君は忘れていて良いことだから」と言った。 その言葉に引っかかりを覚え、どうしてか尋ねようとしたがそれを遮るように彼は口を開いた。


「俺にとってジュリアは、希望の光なんだ」

「! ……私が、希望の光?」


 私の言葉に彼は頷き、言葉を続ける。


「知っての通り、俺は辺境伯家の三男で、幾ら足掻いても跡取りにはなれない。 ここだけの話、辺境伯家の兄弟の実態は、長男・次男以外は後継者を立てる補佐として暗躍させられる。 今ならその意味がわかるが、まだ当時幼かった俺はただ毎日、何の志もなく剣の稽古を積んでいた」


 何処か遠くを見てそう言う彼に、私は思わずかける言葉を失う。

 レオは「決して家族を嫌いなわけじゃない」と付け足してから今度は天井を見上げた。


「それでも、成長するにつれて厳しくなっていく鍛錬の数々に、俺は何のために剣を振るっているのか分からなくなった。 辛い稽古をしてまで守りたいものが見つからず、何もかも投げ出してしまいそうになったある日、君を見つけたんだ」

「……!」

「……その出会いは、今でも忘れることはない。 幼い君を見て、初めて俺は“守りたいもの”を見つけた」

「! そ、れってつまり、私のこと……?」


 私がそう震える声で尋ねれば、彼は朗らかに笑って「あぁ」と頷いた。

 彼はそのまま、慈しむかのように私を見つめ、そっと私の頬を撫でながら言った。


「俺はずっと、君に救われているんだ。

 昔も今も。 ……俺がこうして今此処にいられているのは、他でもない君がいたからだ。

 ……随分と厳しい態度を君には取ってしまっていたが。

 もし、許されるのならば……、俺は、どんな形ででも君と一緒にいられる道を歩みたい。

 それが、俺がエドに望むことを躊躇って口にしなかった、“本当の願い”だ」

「……!」


 初めて明かされる彼の言葉に、彼への思いは一気に増す。


「っ、それはつまり、私と、共に歩む未来を望んでくれるということ……?」


 私の言葉に、レオは藍色の瞳を細め、「あぁ」と頷き、言葉を紡いだ。


「俺も、ジュリアと同じ気持ちだ」

「〜〜〜レオ!!」

「っ、わ!?」


 ガバッと私はレオに抱きつく。

 子供のように泣きじゃくる私を見て、レオはぽんぽんと私の頭を撫でながら呟いた。


「……出会った時と変わらないな」

「っ、え……、!?」


 ぐいっと、彼が体を離す。

 その代わりに、彼の手が私の顎に触れ、そっと上を向かされる。


(あ……)


 間近に迫る藍色の瞳が熱を帯びた瞬間、そっと唇が重なった。

 一瞬だけ触れた唇の温もりに、私が思わず目を見開けば、レオは困ったように笑って口にする。


「ジュリア、目を閉じて」

「っ、は、はい」


 思わずギュッと目を閉じれば、くすくすと彼が笑う声が聞こえる。

 恥ずかしいと思っている矢先、吐息が触れる距離で彼が言った。


「愛している」

「……!」


 はっと目を開けたその瞬間、先ほどよりも深く、愛おしさを感じるくらい甘く唇が重なったのだった。




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