42.それぞれの願い
かなり長めです。
ガタゴトと揺れる馬車の中。
向かいに座っている、藍色の瞳を持つ従者をつい何度も見てしまう。
(……レオは、何を願うのかしら)
頭の中では、ずっとそればかり考えてしまっていて。
目が覚めてから一週間後の今日、私とレオ、それからエイミー様はエドに城へ来るよう呼ばれていた。
それは、エドがこの前言っていた“功績を讃える為”だという。
(その時に、私の“願い”を聞いてくれるとエドは言っていた。 ……レオとエイミー様は、何を望んでいるのだろう)
ちら、と彼を見れば、バチリと視線が合う。
「如何しましたか」
落ち着きがないようですが、そうレオに尋ねられ、私は咄嗟に何を願ったのか尋ねようとしたが、思わずグッと堪えてしまう。
(それを聞くのは無粋だもの)
「……お嬢様?」
怪訝な顔をしたレオに名を呼ばれ、私は慌てて首を横に振ると、そういえば、と口を開いた。
「エイミー様は、今は何処にいらっしゃるのかしら? あんなことがあってからでは、シーラン侯爵邸は危ないと思うのだけれど……」
「! そのことは、殿下の命令で秘密にしていたのですが……」
レオがそう言いにくそうに言うものだから、私は慌てて「そ、そうなのね」と手を横に振った。
「良いのよ、言わなくて。 ただ、エイミー様が御無事であれば構わないわ」
「……ですが、やはりお嬢様にはお伝えすべきだと思うので、此処だけの話にして頂けますか」
「! ……え、えぇ」
(私が心配してるから教えてくれるということ、なのよね。 誰にも言わないようにしないと)
私はそう戸惑いながらも頷けば、彼は少し息を潜め、私に顔を寄せると小声で話した。
「実は、エイミー様は今、城にいらっしゃるのです」
「……!? え、エドの所ってこ……っむぐっ」
レオは、しーっと人差し指を立て、私の口を慌てて片手で塞ぐ。
それによって近くなった距離に、私が思わず目を見開けば、彼も同じ様な表情をした後、パッと飛び退き、コホンと咳払いをして言った。
「……それが一番安全なのです。 シーラン侯爵邸はあの後、シーラン侯爵は勿論のこと、従事していた者達も全て捕らえられ、加えて屋敷内の物品も回収しているため、今あのお邸は騎士団以外は立ち入りを禁じられています」
「! そう、だったの……」
(私がお屋敷で療養している間に、エイミー様は大変な苦労されているんだわ……)
「後もう一つ、聞いても良いかしら? 答えられなければ答えなくて良いのだけど……、シーラン侯爵の処罰は、今のところどうなっているの?」
「……詳しくお伝えすることは出来ませんが、最悪は死刑、軽くても国外追放以外は考えられないかと」
「……! その場合、シーラン侯爵の位は勿論剥奪されてしまうのよね? エイミー様は、その場合どうなってしまうの……?」
エイミー様は侯爵家は継いでいなくとも、シーラン家の身分であることに変わりはない。 シーラン侯爵が現在その名を継いでいるから、もし彼が罪を犯してその位を剥奪されてしまえば、事実上、シーラン侯爵家は全てを没収されてしまう。
身分も、お屋敷も、その家にあるもの全て……。
「……私にも、分かりかねます」
「!! ……そう」
(考えが、回らなかった)
シーラン侯爵さえ捕まえられれば、それで解決すると私は何処かで思っていた。
だけど、違った。
彼が捕らえられたことによって、またエイミー様が傷付くことになってしまっている。
(あのお屋敷は、元は彼女の御両親の持ち物だったのだから)
私は思わずぎゅっと拳を握りしめる。 すると、その手をレオに握られた。
ハッとして顔を上げれば、レオは首を振り口を開いた。
「決して、お嬢様の所為では御座いません。 ですから、自分を責めないで下さい。 シーラン侯爵を捕縛することは、何方にせよ時間の問題だったのですから」
「……でも、エイミー様は……っ」
私はその言葉の続きを言うことを躊躇う。 レオは「それは、」と自分にも言い聞かせるように言った。
「エドワード殿下の御意向にお任せ致しましょう。 彼ならきっと、何か考えがある筈です」
「! ……それもそうね」
(エドなら大丈夫。 悪いようにはしない筈だわ)
何方にせよ、今日呼ばれた時点で、皆の未来のが大きく変わる。
そんな予感がするのだった。
城へ着いた私とレオは、大広間へと通された。
其処にはエイミー様の姿もあって、私は軽く挨拶を交わしてから壇上にいるエドの方に向き直った。
そして、私の従者としてではなく王立騎士団の騎士として呼ばれたレオは、いつもとは違い、私の横に並んで立つ。
(……こうしてみると、本当に騎士なんだと思い知らされるわ)
白の騎士服を身に纏ったレオを横目で見てから、エドの方を向く。
そして並んだ私達を順に見てからエドは口を開いた。
「今日集まってもらったのは、先日も話した通り、“例の事件”を解決に導いてくれた君達に感謝の意を伝える為だ。
国王陛下は今、その事件についての重要な会議の席に参加していて、国王陛下に代わり第一王子である私から改めて礼を言いたい。
レオン・グラント、ジュリア・リーヴィス、エイミー・シーラン。
君達も知っての通り、この件には特殊部隊も関わっていることから、公には君達の功績を公開することは出来ない。 よって、このような形でしか讃えられないことを許して欲しい」
私達はその言葉に黙って頷いた。
それを見てエドは朗らかな笑みを浮かべると言った。
「此処からは、陛下から預かった言葉を代弁させてもらう。
先ずは、レオン・グラント。 長きに渡り、特殊で危険な任務を遂行させてしまったことを申し訳なく思う。 君には感謝してもしきれない。 この功績は公に出ずとも、王家は一生これを讃えよう」
「……勿体なきお言葉です」
レオはそう言って、拳を心臓に当て臣下の礼を取った。
そして今度はエドはエイミー様を見る。
「エイミー・シーラン。 ……両親を失くし、後継者である血縁者に虐げられていたことに気が付かず、辛い思いをさせてしまった。 それでも、勇気を持って立ち上がってくれたその行動は賞賛に値する」
「! ……有難う、御座います」
そう言って淑女の礼を取った彼女の目には涙が溜まっていて。 震える声でそう口にした彼女を見て、私は心から幸せになって欲しいと改めて思った。
エドも私達とは何処か違う、温かな眼差しで彼女を見てから、今度は私に目を向けて言った。
「そして、ジュリア・リーヴィス。 君には一切特殊任務のことを告げず、悲しませたことを申し訳なく思う。 それでも自分より他人のことを思い、自ら敵の陣地に赴き動かぬ証拠を捉えてくれたことは大きい。 君の協力がなければ、捕らえることが出来なかった。 よって、此処に深く感謝申し上げる。
但し、今回は大きな怪我なく終わったから良いものの、これからは無謀すぎる行動は控えるように」
「は、はい……」
そう付け足された言葉に私が苦笑いすれば、隣にいる騎士様は小さく吹き出していた。
(っ、後で覚えておきなさい)
とレオを一睨みしていると、「さて」とエドが手を叩いた。
「此処からは約束通り、君達の願いを叶えたいと思う。
先ずは、前持って聞いていたエイミー嬢の願いを私が叶えよう」
「!」
エイミー様がその言葉にハッとしたような表情をする。
(エイミー様の願いは前持って聞いていたのね。 何を願ったのだろう?)
その願いはすぐに分かった。
エドは壇上から降りてくると、合図した。 すると、近くにいた騎士団の男性が両手で長方形の木箱を持ってくる。
その木箱の中には。
「……っ、こ、れって……」
中に入っていたのは、エメラルド石が嵌められたペンダントのようだった。
それを見て、エイミー様はその場に崩れ落ちる。
「え、エイミー様……?」
私が慌てて駆け寄れば、彼女は私に説明してくれた。
「……っ、このペンダントは、私のお母様の形見なんです」
「……! もしかして、貴女が頼んだのはそのペンダントだということ?」
「っ、はい」
エイミー様は涙を流しながら頷いた。
(……そうか、エイミー様のご両親の形見は全て、シーラン侯爵の手に渡ってしまって何処にあるか分からないと言っていた。 彼女はそれを、見つけ出して欲しいと願って……)
「……君の母上の物で間違い無いね?」
「っ、はい……!」
エイミー様はしっかりと頷いた後、「でも」と言葉を紡いだ。
「何処にあったのですか? もう、売られたか他国に流れたかと、思っていたのに……」
エイミー様の疑問に、エドは「そのことなんだけどね」と笑みを浮かべていった。
「そのペンダントを含めた幾つかは、彼の部屋で見つかったんだ。 ……前シーラン侯爵夫妻が持っていたと思われるその他の物品も、国内で留まっていた物は全て押収した。 それも証拠品として今は此方が保管しているけれど、彼に対する処罰が決まれば、それららは全て君の元に返ることになっている。
……もう君の家であるあの御屋敷は、君に返すことは出来ないけれど」
「っ、エド」
その言葉に私が思わず立ち上がったところで、彼女に腕を引かれた。
ハッとして彼女を見れば、エイミー様は今迄見た笑顔の中で一番綺麗な笑みを浮かべた。
「有難うございます、殿下。 私は、幸せです」
「……エイミー様」
エドは頷き、エイミー様の手にその木箱を乗せると、彼女と視線を合わせるために片膝を立てて口を開いた。
「……君に対する処遇は、もう少しで決まる。 そうしたら、」
「分かっております、殿下。 もう、覚悟は出来ております」
「! ……そうか」
エドが口にした“処遇”と言う言葉は、彼女の今後の未来についてのことだろう。 後ろ盾がなくなった今、彼女に身内は居ない。
それでも、エイミー様は前を向いて歩き出そうとしている。
(……何て、強い方なんだろう)
無意識にギュッと手を握りしめていると、エドはエイミー様に手を差し伸べてから立ち上がり、その場で今度はレオの方を向いた。
「次はレオ。 君の願いを聞こう」
その言葉に、私の心臓の鼓動が早鐘を打つ。
(レオ……)
その言葉に、レオは藍色の瞳を伏せて小さく息を吐くと、噛み締めるように言葉を紡いだ。
「……私の願いは」
そう言葉を切り、今度は私を見る。
それにドキッとしたのも束の間、彼ははっきりと口にした。
「ジュリア・リーヴィス様に一生お仕えすること」
「「「!!」」」
その場にいた誰もが耳を疑った。
一番驚いたのは勿論、他でも無い私で。
「っ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!? 貴方、自分が何を言っているのか分かっているの!? ……確かに、ずっと側にいて欲しいとは言ったけれど、辺境伯家であり騎士である貴方にはもっと、違う願いとか職業があって」
「ジュリア、落ち着いて」
「これが落ち着いてなんていられる!? また私の元に戻って来てとは言ったけれど、一生仕えるだなんて聞いてない……!」
「それは、今言ったから」
そう平然と言いのける彼に、私は嬉しいを通り越して思わず頭を抱えそうになった。
(……だって、王に聞いてもらえる願いが、“私に一生仕えたい”ってそんなことあるの!? 彼は辺境伯の三男だからという理由で、元々職業訓練という形で私の元へやって来たのよ? そんな彼が、一生私の配下になるなんて、そんなの)
「……ジュリア様」
レオが私の名を呼ぶ。
私はそれに対し、「なら、」と顔を上げて彼を見つめると、はっきりと告げた。
「私はその願いを、聞き届けることは出来ない。
だって私の願いは、その逆なのだから」
「「「!」」」
これには目の前にいるレオも、それから後ろにいる二人が息を飲むのが聞こえて。
私はずっと……、言おうか迷っていた、私の“願い”を彼の目を見てはっきりと告げた。
「……“レオン・グラントを、私の従者という職務から解雇する”。
それが、私の願いよ」




