38.夜明けの訪れ
「っ、え……!?」
一瞬で目の前から消えた彼に驚き、慌てて辺りを見回せば。
「……!」
彼は月明かりが差し込む、視界が開けた場所に立っていた。
(っ、駄目よ! そんなところにいたら……!)
敵に見つかってしまう!
私が止めるより先に、彼の周りを、彼と同じローブを着た男性達に取り囲まれていた。
つまりは皆敵ということで。
(レオ……!)
無茶だ、そう思うが、此処で私が出ては足手纏いになって余計に彼を危険な目に遭わせてしまう。 何とかグッと堪え、固唾を飲んで見つめていると、彼等のアジトでレオが薙ぎ払った大剣を持った男性が、レオに向かって口を開いた。
「随分な真似をしてくれるじゃねえか、リオ」
(! レオは、暗殺家の中では“リオ”という偽名を使っていたということ?)
「……」
対してレオは、いつの間にか私が先程取ったはずの仮面をつけており、表情は見えず、しかもその男性の言葉に対して答えることもしなかった。
それに苛立ちを覚えた男性が、「この……!」と彼に向かって大剣を振りかぶる。
それでもレオは、剣を鞘に収めたままで。
これには驚いた男性が一瞬動きを止めたのを見て、レオは初めて口を開いた。
「何を戸惑っている。 何処からでもかかってくれば良い。 ……ただし、此方も容赦はしない」
「「「!」」」
そう告げた藍色の瞳が月明かりに煌めき、まるで獲物を狙うかのように細められる。
それに驚いたような顔をしたものの、逆に殺気立っている暗殺家達の火に油を注いでしまったらしい。
そして、それが戦いの合図となった。
「っ、やれ!!」
(!! レオ!!)
その男性の声に、皆が一斉にレオに向かって斬りかかる。
無茶だ、私は思わず目を瞑りそうになったが、その心配は無用だった。
レオは剣すら出さず、地を蹴って高く上に飛び上がると、まずは大剣を持っていた男性の後頭部に蹴りを入れた。
そして、今度は体制を変え、襲いかかってくる男性を次々と……、一度も剣を手に取らずに峰打ちで相手を打ち負かしていく。
しかも、倒された者は誰一人として地面から立ち上がれない。
(な、にが起こっているの……?)
彼が強いことは、エドからよく聞いていた。
剣を取らせればピカイチだということも、頭がよく切れるということも、喧嘩をしても強いということも。
聞いていたけれど、まさか。
(こんなに……、凄かっただなんて)
初めて見る彼の戦いぶりに、私は声も出なかった。
唖然としながらその成り行きを見ていたら、ものの数分で彼は全員を倒し、一人パンパンと手を打ち鳴らした。
そして、呻き声を上げる男性達に対し、彼は残酷なほどに低い声で静かに告げた。
「……お前達の素性は既に分かっている。 無駄な抵抗はやめて、これ以上罪を増やさないことだ」
「! ……何だと?」
男性の一人が声を上げる。
その男性をレオはくるっと振り返り、一瞥したようだったが、その瞳は私からは見えなくて。 よっぽど彼の眼光が鋭かったのだろうか、その男性はヒッと声にならない悲鳴をあげて黙ってしまった。
そして、レオは言葉を続ける。
「特にお前達は、私の大事な人を傷付けようとした」
「!」
(それって……)
「その罪は重い。 此処で今すぐ、殺してやりたいとも思ったが……、そうすれば、悲しむ方がいるから。 切り傷なしで牢に入れることを有り難く思え」
「!」
そう言って初めて彼は剣を取り出し、地面に突き刺した。
その剣を見て、「まさか」とその男性の顔が心なしか青褪めたその時。
「あー、また随分と派手にやったね」
「「「!」」」
その聞き知った声に、私は思わずその場から立ち上がった。
そんな私に気付いた彼は、金色の髪を揺らして言った。
「良かった、無事で」
「っ、エドワード殿下!!」
思わずその名を呼べば、エドはにこりと笑みを浮かべて口にした。
「レオが居るから大丈夫だとは思っていたけれど……、またレオにしては随分と派手にやったね。 皆これでは牢まで歩けないじゃないか」
「来るのが遅いのが悪い」
(っ、待って、どうしてレオと殿下が、こんなに普通に会話しているの!?)
今目の前にある状況を飲み込めずに尋ねようとした私だったが、辺りが急に明るくなる。
(……あ……)
……夜が明ける。
それと同時に、先程のレオの言葉を思い出す。
(もうすぐ“夜明け”が来る。 そうすれば、全てが終わる筈なんだという言葉……あれは、もしかして……!)
ハッとしてレオの方を見れば、彼も私を真っ直ぐと見つめていて。
思わず目頭が熱くなる。
そして彼が徐に黒髪に手を置いたかと思えば、グイッと引っ張り、そこから現れた白銀の髪を見て、倒れている男性達の間にどよめきが広がる。
「あの銀髪にあの紋章……っ」
「そんな……、聞いていないぞっ!」
焦りや恐怖……、そんな畏怖の感情さえも感じ取れるような声でそう口にする男性達に向かって、レオは仮面に手をかけ口を開いた。
「……俺の任務は、シーラン侯に命じられた、“侯爵令嬢二人を誘拐すること”ではない。
俺に命じられた、本当の仕事は」
そう切ると、仮面を取り、そして着ていた深緑のマントを脱ぐ。
「「「!?」」」
私は、驚き目を見張った。 目に映ったものの衝撃に、私の手が震え出す。
(! 待って、いつから……、だって、レオは私の従者で……)
私の視界に映る、マントの下から現れた彼の服は、陽の光を浴びて一層神々しくも見える白に、肩には金の飾緒がつき、その胸元にはこの国の……、クウィントン王国の紋章があしらわれていた。
そして、その服は誰がどう見ても、王に絶対服従を誓う者達が着る制服であった。
今日一番の驚きに誰もが言葉を失う中、レオは凛とした声で告げた。
「……本来は極秘任務故に名乗ることなど許されないが、お前達には“冥土の土産”として教えてやる」
そう告げると、刺してあった剣の柄を持ち、高らかに告げた。
「俺の名は、レオン・グラント。 グラント辺境伯家第三男であり、ジュリア・リーヴィス様付従者、そして……」
「!」
彼は今度は私の方を見て、はっきりと口にした。
「……“王立騎士団暗殺家殲滅部隊隊長”……、暗殺家をこの国から抹消する。 それが俺に課された、本当の仕事だ」
そう言い放った彼の背には、太陽の眩ゆいばかりの光が、漆黒の暗闇をまるで蹴散らすように照らし出す。
その光景に気後れしてから一拍置いて、彼の言葉を漸く飲み込めた。
(王立騎士団の暗殺家殲滅部隊……!?)
王立騎士団の存在は勿論知っている。 騎士学校でも優秀な者達しか選ばれない、エリート中のエリート。 侯爵家の私でも遠い存在だという認識でしかなかった。
それが、まさか……。
(レオが……、王立騎士団に所属していて、しかも暗殺家殲滅、だなんて……)
暗殺家殲滅部隊があることなんて聞いたこともなかったから、彼の言っている“極秘任務”というのは本当のことなんだろう。
ただ、いつも一緒にいるというのにそのことに気が付けなかった。 確かに、彼は優秀すぎるほど優秀だった。 言われてみれば、従者にしては色々出来過ぎているところが多いと、今振り返ってみれば思う。
けれど。
私にとっては、それがあまりにも衝撃的なことで。
「……」
彼の、その堂々とした佇まいは、私が知っている“彼”とはまるで別人のようで。
(正直……、彼が敵ではなく味方であったことはホッとしたけれど、それよりもずっと……)
私は、そんな胸の内で生まれた、先程とはまた違う痛みを感じ、ぎゅっと服の裾を握ったのだった。




