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37.“本当の気持ち”の答え

「私を助けなさい、“レオ”」


 私の言葉に、藍色の瞳が僅かに見開かれる。

 それに気付かない暗殺家達はそれぞれ、剣や武器を構え始めた。


「はっ、“レオ”なんて名前のやつはこの中には居ねえ。 外には見張りが居るし、お前に味方なんていねえよ!

 ……それにその話が本当なら、お前を生かしておくわけにはいかねぇな……!」

「……!」


 その言葉と共に、男性は私に向かって大きな剣を振りかざす。


(っ、駄目……!)


 小刀では守りきれない、そう思った私が思わずギュッと目を瞑れば。


「へっ……!?」


 私の体が突如反転し、そのはずみで手からは剣が滑り落ちた。 そして、不意に腰に回った腕がギュッと私の体を抱き締める。

 深緑のローブ越しに伝わるその体温と香りに、張り詰めていた心が震える。

 刹那、キィンッと金属と金属がぶつかり合う鋭い音が耳をつんざいた。


「っ、どういうつもりだっ!!」


(な、何が起こっているの……?)


 状況が、飲み込めなかった。

 私の間違いでなければ、今、私は……。

 その答えは、頭上から発せられる耳元を震わす低音の声で分かった。


「……どういうつもりだも何も、“お嬢様”に命令されたのでそれにお応えしたまでだ」

「っ、ふざけんじゃねーぞっ!!」


 再度、金属がぶつかり合う音がしたと思ったら……、ザクッと、剣が刺さる音がした。


「「!?」」


 驚いてその音の先を見れば……、その男性が持っていた大剣が、床に見事に刺さっていて。


(え……、え)


 それに今……、聞き間違いでなければ、“お嬢様に命令されたから”って……。


「……申し訳ございません、お嬢様」

「は……、え?」


 不意に体が浮く。

 それは他でもないレオに、横抱きにされているからで。


「っ、ちょ、ちょっと待って!!」


(色々なことが起きすぎて、何が何だか……!!)


 この人は敵なの? 味方なの? この体制は一体……!?


「お嬢様、後で説明するので取り敢えず口を封じてくれませんか。 でないと、」


 舌噛みますよ。

 そう彼が言うや否や、何を血迷ったか、彼は近くにあった壁をバンッと蹴破る。 そしてあろうことか、それによって通じた暗闇が広がる外へと飛び出した。

 しかも、私を抱えたまま。

 そして、私と同様何が起きているのか分かっていない暗殺家達に向かって、挑発するように静かに告げた。


「……この方にこれ以上、指一本触れさせない」

「「「!?」」」


 不覚にもその言葉と醸し出す雰囲気にドキッとしてしまったのも束の間、彼は突然暗闇の中を走り出した。


「っ、ちょ、ちょっとレオ!? ……ひゃっ!?」


 私を抱えて走っていると言うのに、僅かにしかない木々と木々の間を巧みに走り抜ける。


「ま、待っ、ちょ、レオ……っ!」


 思わず彼の首にギュッとしがみつけば、レオは「お嬢様、首が痛いです」と仮面があるためにくぐもった声でさらっと文句を言ってから、殆ど息一つ乱さずに口にした。


「お嬢様、寒くはないですか?」

「は? え、えぇ……? お陰様で」


 そういえば、寒くない。

 そう思い自分の服をチラリと見れば、確かエイミー様の服をお借りした筈なのに、いつの間にか私がシーラン侯爵邸に持ってきていた愛用の上着を着ていた。


(……っ、まさか)


 私は思わず彼を見上げる。

 その口元は下面に隠れて分からなかったが……、私の反応を見て、クスリと笑ったような気がする。


(やっぱり、貴方は……)


 揺らいでいた気持ちと迷いが、やがて確信に変わって。

 私はその答えを、何も言わない彼にぶつけるように、ギュッと首にわざとしがみついてみたのだった。




 私を抱えたまま、彼は数十分は走っただろうか。 正確には分からないけれどそれくらいして、彼は慣れたようにするっと暗がりになっている岩陰に身を潜め、漸く私を下ろした。


「っ、貴方に、聞きたいことが山ほどあるのだけど!!」


 そう口火を切って怒鳴る私に対し、彼は一瞬ビクリと肩を震わす。

 そして、私は向かい合う彼の顔が見えないことに苛立ちを覚え、無理矢理その仮面を引き剥がすように外した。


「!」


 そこから現れた、月明かりでまた幾分増しの色気を醸す彼の顔に向かって私は……。


 ―――……パチンッ


「!?」


 軽くその頬を叩いた。

 本当はもう少し強く叩きたかったけれど、他でもない私がそれを許さなかった。

 その代わり、彼の胸に向かってドンっと拳を振り下ろす。


「……っ、バカ」

「!」


 本当は、言いたいことが沢山ある。

 聞きたいことだって数えきれないほど、沢山。

 だけど、言葉が出てこなかった。 それは、言葉にならずに涙となって溢れ出してしまったからで。


「……どれだけ貴方を……、心配して、貴方が戻って来ることを、待っていたと思っているの!? 無茶を……、無茶だけはしないでと、あれ程言ったのに……っ」

「……っ」


 彼が息を飲む。

 ただ私のされるがままの彼に対しまた怒りが募り、ドンっともう片方の手も彼の胸を叩いた。


「……貴方が、彼方側にいることがショックで……、私は危うく、それを信じるところだった。 何度も、どうしてなのって、ずっと迷って……。 だけど私、変な話かもしれないけれど、お母様に会ったの」

「!」


 目の前にいる彼が息を飲む。 私はそのまま言葉を続けた。


「お母様に、言われたの。 “自分の本当の気持ちを、見失わないで”って」

「……!」


 そう言って、近くにある彼の顔を見上げる。

 そして、叩いてしまった頬に手を添わせ、そっとその先の言葉を紡いだ。


「私は、その時に気付いた。 自分の本当の気持ちを、只管押し殺そうとしていたことに。

 ……だけど、無理だったの」

「っ……」


 藍色の瞳が戸惑ったように揺れる。

 私はそんな彼に向かって、今出来る精一杯の笑みを浮かべて言った。


「貴方を何度、憎もうとしても無理だった。

 貴方が敵であろうと味方であろうと……、私は貴方と過ごした日々が、時間が、愛おしくて……、全てが、大切な宝物だから」

「!!」


 そう言った次の瞬間、そう遠くない場所から大勢の男性の声が聞こえる。


「!? もう敵が……!」


 私がハッとしてそう言った次の瞬間。

 ぐいっと、強く腕を引かれる。


「!?」


 そして、その彼の腕が私の頭と背中に回り、ギュッと苦しいくらいに、今迄の中で一番強い力で、まるでかき抱かれるように抱きしめられる。


「っ、れ、お……?」

「っ、俺が馬鹿なら!! ……ジュリアも、大馬鹿者だ……っ」

「!?」


 初めて、彼が私を呼び捨てにした。

 本来なら咎めるべきことなんだろうけど、抱きしめられるその腕の強さが、震える声が、全てが堪らなく嬉しいと思ってしまう自分がいて。


「……っ、ごめん、なさい……」


 漸く私がそう口にすれば、彼が慌て始める。


「っ、ちが、そうじゃなくて……! っ、謝るべきは、寧ろ俺の方なのに……っ」


 敬語を忘れてしまうほど、こんなに彼が取り乱しているところを今迄に見たことがあっただろうか。

 思わず私がそれに笑ってしまえば、彼は拗ねたように口にした。


「……何故笑うんです」

「っ、ふふっ、私は、幸せ者なんだなあって思っただけよ」

「!! ……本当、やめてほしい……」


 彼はそう呟いた後、その顔が真剣な表情に変わる。

 そして、はっきりと告げた。


「俺は、ジュリアを傷付けた。 数えきれないくらい、酷いことを自分でもしたと思っている。

 ……っ、でも、信じてほしい。 俺は……、ただ、」

「……!」


 今度は彼の指が私の唇にそっと触れる。

 そんな私の唇の弧を描くように沿わせながら、彼は真っ直ぐと私を見て、困ったように笑った。


「馬鹿みたいに、君の幸せだけを望んでいる」

「……!」

「……もうすぐ“夜明け”が来る。 そうすれば、全てが終わる筈なんだ」

「! っ、それは、どういう」


 私が口を開こうとすれば、彼の指がまた私の言葉を遮る。

 そして、ふっと私を安心させるように、柔らかな笑みを讃えて言った。


「これが終わったら、全てを話す。

 ……だから、今は私を信じて頂けませんか」


 ジュリア様。

 そう彼の口調が従者口調に変わるものだから、私も涙を拭い、侯爵令嬢としてそれに答える。


「元よりそのつもりよ、“レオ”」


 そう彼に言えば、今迄に見たことのない表情で私を見る。

 彼のいつもとは違う雰囲気にドキッとしてしまう私に対し、彼は私の手の甲に口付けを落とすと、その目が鋭くなる。


「……来ましたね」


 その言葉と同時くらいに、近くから多くの足音が聞こえる。

 思わず硬直する私に対し、彼は彼等に聞こえぬよう小さな声で私に言った。


「決して、此処から動かないで下さい」


 そう告げたかと思うと、ビュンッと強い風が吹く。

 思わず目を閉じ、ハッと目を開けた先にはもう、彼の姿はなかったのだった。




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