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36.侯爵令嬢の苦悩と…

 ―――……リア、ジュリア、起きて。


(ん……)


 微睡の中で温かくて懐かしい声に呼ばれ、目を覚ます。


「……!」


 眩しいほどの光の中で、その人は穏やかな笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでいた。

 私と同じ桃色の瞳に、金糸の長い髪。

 思わず息を呑み……、今迄封じ込めていた筈の感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「っ、お、母様……っ!!」


 私はそう手を伸ばし、お母様に向かって抱き着こうとするが、その手は届かない。 これは紛れもない夢なんだと自覚しながらも、胸がズキリと痛み、張り裂けそうな気持ちになる。

 お母様も私の方に手を伸ばしかけたけれど、その手の代わりに困ったように笑って口にした。


『突然貴女の前から居なくなってしまってごめんなさいね』

「っ、ち、がうわ! お母様の所為じゃない!! 本来あれは……、あれは! 私が……っ」


 口にすべきものだった。

 そう言葉にしようとしたが、まるで魔法にでもかかったように私の口から言葉が出ることはなかった。

 お母様は悲しそうに笑って首を横に振ると、口を開いた。


『決して、ジュリアの所為じゃない。 今迄幼い頃から、貴女にそうやって責任を背負わせてしまっていたのね。 ……ごめんなさい』

「っ……」


 私はぎゅっと拳を握りしめ、俯く。


(それは、当然のことだわ。 だって、私の身代わりになって、お母様は……)


 ―――“毒”の入った料理を食べて、亡くなったのだから。


(今でも思い出す。 お母様が目の前で苦しみながら、身を挺して私に食べないよう促してくれたこと……)


 いつもは温厚なお母様が、あの時だけは私に怒鳴るように声を上げた。

 それは、今から丁度10年前……、私がまだ8歳の時のことだった。


「っ、お母様、今ね、私は……、暗殺家の人達を捕まえようと思っているの」

『!』

「っ、一筋縄ではいかないことは分かっている。 危ないことをしているんだという自覚もある。 っ、だけど、お母様が私を守ってくれたように、私にも、譲れないものはあるの!」


 私はズキっと痛む胸に手を当て、一生懸命叫ぶように口にした。


「だから!! 見逃すことは出来ない!!」


(私はそのために、今迄生きてきたの)


 お母様に毒を入れた犯人は捕まえることが出来た。 けれど、その人はただ頼まれてやっただけで、依頼主については黙秘をし続け、やがて毒を持った人物が死んだことによって、その事件は真犯人を捕まえることはなく、闇に葬られた。

 だから“あの日”以来、私はお母様の無念を晴らすため、暗殺家を抹消することを誓って今迄生きてきた。


「っ、だから! 私は……っ、私は!」


 ……裏切ったであろう“彼”のことも。


『ジュリア……』


 お母様は悲しげに瞳を揺らし……、やがてゆっくりと口を開いた。


『駄目よ、ジュリア。 それは駄目。 私は、ジュリアの幸せを願っているの。 だから、』


 お母様の声が、どんどん遠くなる。

 その後の言葉は、途切れて上手く聞こえなかったけれど、遠のく意識の中で最後に耳に届いた言葉は。


 自分の“本当の気持ち”を、見失わないで―――





「っ!」


 ハッと、冷たく固い感触に目を覚ました。


「お、漸くお目覚めか? お嬢様」

「っ」


 体勢を立て直そうとするが、椅子から立ち上がることは出来なかった。


(っ、椅子に縛り付けられてる……!)


 ガタガタと椅子ごと鳴らす私を見て、大柄な男性は下卑た笑みを浮かべ、私を舐め回すように見た。


「さて、どうするかな。 シーラン侯爵の温室育ちの一人娘か」


 その言葉に、私はまだ自分の素性がバレていないことに気付く。

 そんな私をよそに、後ろにいた他の男性が口を開いた。


「でも残念だったな。 リーヴィスの娘はお前を見捨てて逃げ回っているそうだ」

「!」


(エイミー様……!)


 ということは、まだ捕まっていないと言うことだ。


(お願い、無事でいて……!)


 私がそう心の中で願ったその時、不意に誰かが声を上げた。


「っ、なあ、その娘は本当にシーラン侯爵の娘か?」

「「「!」」」


 私は思わずを息を呑む私に対し、彼は何かの紙を見ながら確認するように口にした。


「エイミー・シーランの容姿は、髪と瞳が共に淡い黄色だと聞いている。 確かにこの娘も同じ髪色ではあるが、瞳の色が違くないか?」

「っ、なんだと!?」

「!」


 その言葉に気が付いたようで、唐突に私の髪をグイッと引っ張る。

 そして、私が付けていたウィッグが外され、パラパラと私の本来の髪色である白の髪が現れる。


「……くっ」


 私が思わず唇を噛み締めると、ウィッグを手にした男性が怒りを露わにした。


「随分と舐めた真似をしてくれたな……っ」

「こんな程度に気が付かない方が悪いのよ! 貴方方だって姿を変装したりするはずなのに、この程度の変装も気が付かないなんてね……っ!?」


 私がそう返答すると、その男性の手が私の首に伸び、その手で締め付けられる。 そして、ギラギラと燃えるような瞳で私を見て言った。


「相当痛い目に遭わないと分からないらしいな……!!」

「っ、」


(苦しい……っ!)


 そこまで力を入れられてはいないみたいだけど、息が出来ないくらいの力加減に思わず意識が遠のきかけたその時、パシッと乾いた音と共に私の首を締め付けていた手が緩む。


「っ、ケホッ、ゴホッ」


 締め付けから解放されて咽せる私を見ているのは、他でもない藍色の瞳を持つ私の……、“元”従者の姿で。

 驚く私を一瞥してから、私に手を上げていた男性に向かって冷たい口調で言い放った。


「……体に傷を付けるのはやめろ。 折角の侯爵家の娘という価値がなくなる」

「「!!」」


(……っ)


 助けてくれたわけではない。 

 彼が敵であるという事実に、理解が追いつけない自分が、情けないと同時に腹立たしい。


(彼は、私を裏切った人)


 そう、自分に言い聞かせているのに。

 思わず唇を噛み締め俯いた私に対し、元従者……、レオンに対してその男性は荒々しく掴まれた腕を振り払い、舌打ちをして去る。 

 そして、俯いたままの私に対し、不躾にも上から冷ややかな視線を向けてくるレオンの姿を見なくても分かって。

 何としても目を合わせないよう、俯きながらどうしようか思案していたその時、“あること”にわたしは気が付く。


(……っ、まさか)


 ハッとして思わず彼を見上げる。 その冷えきった眼差しに変わりはないし、相変わらず仮面を付けていて今どんな表情をしているかは分からない。

 ……けれど。 私は一種の“賭け”に出た。


「っ、はは、あははははっ」

「「「!?」」」


 それに対して息を呑んだ敵……、この部屋の中で10人くらいだろうか。

 その人達の視線が向けられたのを感じ、元従者に向けていた視線を今度は暗殺家達の方に向けて言った。


「そうよ! 私はエイミー・シーラン様じゃない。 

 私の名前は、ジュリア・リーヴィス。 リーヴィス侯爵家の娘よ!!」


 そう言って大胆不適に笑ってみせる。

 そして、挑発するように口を開いた。


「残念だったわね。 私は捕まったんじゃない、捕まって“あげた”のよ!」

「っ、何だと?」


 誰かが発言したのを皮切りに、皆私に対して殺気立つのを感じる。 私はぐっと拳を握って笑って言った。


「もう今頃、とっくに貴方方の雇い主であり、裏社会を牛耳る人物である“シーラン侯爵”の悪事が、殿下の耳に入っているでしょうね」

「……何?」


 男性達の顔色が変わる。 私はそれを見逃さず言葉を続けた。


「私を誘拐し、エイミー様を誘拐しようとしたことについての動かぬ証拠もあるから、すぐにでも兵を率いて来るでしょうね。 そうすれば貴方方は間違いなく捕まるわ。 此処が貴方方のアジトだということももう知られているでしょうね」


(窓の外が木々しか見えないということは、此処はエイミー様の家に近い森の中のはず。 シーラン侯爵邸からもそう遠くはない)


 ただ、この場所を探すのには時間はかかる。 夜の森の中だし、そうは言ってもエド達がこの場所を知っている確証はない。

 それでも。


「“残念だったな”? それは此方の台詞よ!! ……侯爵家の人間である私がまさか何も考えずに行動しているとでも思った?」

「「「!!」」」


 暗殺家達が一斉に驚き、身構える。

 それは、縛られていたはずの私が縄を解き、椅子から立ち上がったからで。

 そんな一触即発の空気の中、私はスッと息を吸い、相変わらず私から外れることのない視線を向けてくる、藍色の瞳を持つ“彼”に挑むように口にした。


「私を助けなさい、“レオ”」


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