34.長い夜の始まり
最初はジュリア視点、途中から第三者視点に変わります。
そして、時は流れ、“闇”が動き出す夜が訪れた……―――
「……ふぅ」
私は椅子に座り息を吐けば、エイミー様は「お疲れ様です」と笑みを浮かべてくれるが、そう言った彼女の顔も冴えてはいなくて。
「あれだけやっても、目立った行動はしてこなかったわね……」
結局、晩餐では当たり障りのない会話……、節々に此方もイラっとするような公爵の言葉を言われはしたものの、料理に毒を盛られることや危害が及ぶようなことは起きなかった。
「とすると、やはり私の読み通り今夜が本番、ということになるのかしら……」
私の呟きに対し、今度はカイルが反応する。
「恐らく、そう思われますね」
その返事を聞いたエイミー様は、より一層青ざめ、私に向かって口を開いた。
「あ、あの、ジュリア様……、大丈夫、でしょうか。 私ばかり、ジュリア様に御迷惑をおかけして……っ」
その言葉に、私は彼女の口の前で人差し指を立てて言葉を遮った。
そして、その代わりに私が言葉を発する。
「駄目よ、そう卑屈になっては。 ……大丈夫、何があっても貴女の所為ではないのだから。 これは、この国や未来に関わる問題なの。 だから、貴女は作戦通りの行動をして。 ……それに、この計画は貴女が一番の“鍵”となるのよ」
「! “鍵”、ですか」
「えぇ」
これは、本当のこと。 私が考えた計画は、エイミー様が一番の要となる。 エイミー様がもし失敗すれば、それこそこの計画は水の泡、間違いなく私も彼女も犠牲になってしまうだろう。
幾ら味方にカイルが居るとはいえ、彼一人ではシーラン侯爵側の人々の相手を出来るとは思えない。 私が祈るべきは、エイミー様が無事であり、そして。
「……兎に角、この作戦しかもう方法はない。 私の杞憂に終わればまだ手立てを考えることは出来るだろうけれど、どちらにせよ時間がないの。 だから、エイミー様、貴女は何が何でも生きて、この件の証人になるのよ」
「っ、ジュリア様は……っ」
「心配しないで。 私は強いから」
そう言って笑って見せれば、エイミー様はもう一度何かを言おうとしたが閉口してしまう。 カイルも、同じように何も言わなかった。
私はそれを賛成と捉え、努めて明るく口にした。
「さ、早く準備しないと。 計画に間に合わなくなるわ」
(何としても……、成功しなければいけないの。 この国の未来のために、そして)
「……エイミー様」
「?」
準備を整え、部屋を出て行こうとする彼女を止めた私は、彼女の手を握ると口を開いた。
「私はずっと、貴女の味方であると同時に、貴女こそが、この国の未来に必要な方だと信じているわ」
「!? そ、れって……」
「さあ、行って。 私からはそれだけよ」
私の言葉に動揺するエイミー様の背中をトンと押すと、扉を閉める。
そして、その扉にもたれかかり、息を吐いた。
(ねえ、レオ。 私は、間違えているのかしら)
これは愚かな計画だと、頭の良い貴方は鼻で笑うかしら。 それとも、私を心配して怒ってくれるのかしら。
(なんて)
おこがましいかしら。
……それでも。
(もし、私がこれでこの国の未来を無事に救えたとしたら)
貴方は私のことを……、褒めてくれるかしら。
「せめて……、最後にもう一度だけ、貴方に会いたかった」
こうなる前に。
そう呟いた瞬間、幾筋もの涙が頬を伝って落ちる。
「……っ、ずるい人ね。 私は“あの日”以来、もう泣くことはやめていた筈なのに」
貴方が関わると……、途端に弱くなってしまう。
そんな自分が、情けないと思えて。
「っ、頭を、切り替えないとね」
私は強めに頬を叩くと意を決して、前を向く。
その頬にはもう、涙は残っていなかった。
―――夜の闇が深くなった頃。
「……此処であっているな」
「ああ、間違いない」
闇夜に紛れ、数名の男達が姿を表した。
深々と深緑のフードを被った男達は、シーラン邸の庭にある木の上からこれから侵入する部屋を確認していた。
彼等の目的はただ一つ。
“エイミー・シーラン、及び、ジュリア・リーヴィスを捕まえること”。
尚、捕縛した二人は彼等が活動するアジトへ連れて帰り、その後は他国へ奴隷として売り飛ばすなりなんなりして良い、という依頼だった。
「この屋敷の人間は全員闇社会の人間であるらしいが……、侯爵家も落ちぶれたものだな」
「ま、報酬さえ弾んでもらえば此方は関係のないことだがな」
そう屈強な男達が言い合う中、その中でも華奢な方の男性が静かに言い放つ。
「くだらん話は後にしてくれないか。 例え誰が依頼主であろうと、俺達はただ任務を遂行するまでだ」
そう彼等を一瞥し、一人軽々と建物の3階には相当するであろう木の上から、静かに飛び降りる。
それを見た彼等は、口々に言った。
「あいつは凄ぇな。 いちいち気に食わねぇが、技術は確かにあいつが一番優れている」
「まだ新入りだろう? あいつは喋らないし、俺は気味が悪いと思ってるんだがな」
「素性を隠しているのは此方とて同じ。 あいつの言う通り、俺達はただ任務を遂行する為なら手段を選ばない寄せ集まりなんだからよ」
そう口々に行って、彼等はそれぞれの方法で木を飛び降り、その男性の後を追う。
そして、彼等は侯爵邸で整理されていない外壁に伝っている蔦を使い、慣れた手付きで登り進めた。
そして、目的の二部屋まであっという間に辿り着く。
「こっちがシーランの娘で、あっちがリーヴィスの娘だったか」
「不用心にも窓が開いている……、話が早い。 俺から先に入ろう」
そう口にした屈強な男は、ジュリアの部屋へと入るが……、すぐにその部屋から声がした。
「いないっ! 誰もいないぞ!」
それを聞いていたシーラン侯爵の娘の部屋の窓前で待機していた男達は顔を見合わせる。
「っ、どういうことだ? 部屋にはいないって……」
その時。
「「「!?」」」
窓の扉が開く。
ぼんやりと浮かび上がる白い月の光が、その窓から顔を覗かせた人物を照らし出す。
……月の光に反射し、煌めく長く淡い黄色の髪。
そして、男性達を見下ろす桃色の瞳がそこにはあった。
そんな彼女は驚く男性達に向かってにこりと、月明かりの影響も相俟ってか、何処か妖艶な微笑みを浮かべて言った。
「貴方方が、私を殺しに来た“暗殺者”さん?」
そんな彼女の包み隠すことのないストレートな発言に、彼等は動揺する。 そんな一瞬の隙を見逃さず、桃色の瞳の少女はそのまま笑みを讃えて口にした。
「何故知っているのかって顔をしているわね。 まあ、教えないけれど。 ……そうね、貴方方の依頼主は、闇社会でも幅を利かせている重要人物、と言ったところかしら。 そして、その人物の名は……、っ!?」
彼女がそう言葉を続けようとしたが、その後ろから音もなく近付いてきた手が口を覆ったことによって、その先の言葉を阻まれた。
驚く少女に対し、その男性は低く厳しい口調で口を開いた。
「娘一人に何を手間取っている。 そんなことよりもう一人の娘を探せ。 此方は一人で十分だ」
「〜〜〜!?」
その言葉に、桃色の瞳の少女は大きく目を見開く。
そして窓の外にいた彼等は、舌打ちをしながらも指示に従って闇夜に姿を晦ました。
そして、その部屋に残ったのは桃色の瞳を持つ少女と、男性の二人だけになったのだった。




