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2.殿下のお忍び訪問

「……はぁ」



 雲ひとつない青空の下。 そんな気候とは裏腹に私は深くため息をつき、紅茶を一口飲んだ。



(パーティーは明後日なのに、何一つ作戦が立てられていないだなんて……)




 せめてパーティーのためのドレスを決めようとしたが、何故かメイドの皆は首を振るばかりで。 ……一体どうしたものか。




(……そういえば、レオが“当日のことは私めにお任せください”とかなんとか言っていたけれど、まさかレオが裏で動いてくれている、とか? でなければ私、パーティーに参加するどころではなくなってしまうわ)



 そんなことを考えながら、今度はテーブルに並べられていたクッキーの一つを取り、口に運ぼうとした瞬間。

 ぐいっとその腕をとられる。




「えっ?」




 驚いて見上げれば、サクッと、私の食べるはずだったクッキーを口に入れ、満足げに笑うこの国の王子……もとい、エドワード殿下ご本人様だった。



「ちょっと、エドワード殿下! 私のティータイムの邪魔はしないで下さる!?」

「しーっ、声が大きいよ、ジュリア。 ここにはお忍びで来ているんだから」

「っ、貴方が馴れ馴れしいことをするからでしょう!?」

「はは、君と俺の仲じゃないか」




 そうヒラヒラと手を振って笑う殿下に、再度ため息をついてこめかみを抑えながら言う。




「……もし貴方でなかったら、痴漢で訴えているところだったわ」

「ははは、良かったね俺で」

「笑い事じゃないわよ!」




 あくまで冗談だ、と言ってこういうことをする殿下に、一体どれほどの女性が落ちてきたと思っているのかしら。 少しは自重してほしいものだわ、全く。



(……それに、こうしてタメ口でお話するのも、“幼馴染の特権”と言われ、私が花嫁候補の最有力候補である理由だものね)




 幼馴染。 ……とはいえ、私は腐れ縁だと思っているのだが、それくらい彼とは幼い頃から何かと遊んだりすることは多かった。

 まあそれは、まだ“立場”というものをあまり理解せず、しかも殿下も私も自分の立場を隠して勝手に一人で城下に遊びに行っていたという、あまり人には言えないような出会い方をしているからで、なんとなく長い付き合いであるだけなのだ。




「……で? どうして貴方がここに?」

「あぁ、一応耳には挟んでいるだろうけど、忠告しておこうと思って」

「私を殺そうっていうやつ?」

「そ、そんなにさらっと真顔で言う!?」



 驚く殿下に若干イラッとして、私は八つ当たりを開始する。



「元はと言えば、貴方がさっさと婚約者候補を決めないからでしょう?

 早く花嫁でもなんでも見つけて、結婚してくれないと困るわ」

「……それが出来たら、苦労しないんだけどねぇ。

 まあ、それもその通りなんだけど。 その件についてはまだ、陛下と相談中。

 君も知っているだろう? 花嫁によってもまた、暗殺だの何だのっていざこざが増えるんだって」




 私はその言葉に一口紅茶を飲んでから、「それもそうね」と口を開いた。




(……婚約者候補の内は、まだ矛先が絞られなくて済むけど、本当に婚約者になって一人や二人に絞られて、それから本格的に花嫁になるための準備をする時期が一番危険を伴うことになる。

 現にこの国を治めてきた王のお妃様方も、常に厳戒態勢で城に迎え入れられていた……)




「……今はまだ、妃を迎えるための準備が十分に出来ていない状態なんだ」

「この国はいつになったら安寧を保てるようになるのかしらね」

「はは、それは耳が痛い事案だな」




 苦笑いをする殿下に、私は肩をすくめる。




(……本当、この国は大変よ。 治安が悪いとは言わないけれど、特に夜は物騒だわ。

 殿下であるエドだって、こうしてお忍びで、私や他の婚約者候補の身を案じつつ、慎重に花嫁を選ばなければならないし、その婚約者候補の主と、派閥などを理解して言葉を選びながら話をしなければならない。

 そう考えると、婚約者選びも一筋縄ではいかないのよね……)




「……そういえば」

「ん?」



 殿下はいつの間にか私の隣の席に座り、クッキーを頬張りながら反応した。 私は色々突っ込みたい衝動に襲われたけれど、殿下だからしょうがない、と諦めて口を開いた。




「貴方は、いずれ何人の方と結婚しようと思っているの?」

「っ、ぶっ!?」

「わ、汚っ」



 思わず失礼なことを言ってしまったけれど不可抗力よ。

 だって、飲んでいた紅茶を吹き出したんだもの。

 エドは慌てて吹き出したものを拭きながら口を開く。



「え、ど、どうして急にそんなことを?」

「いえ、ただ単に結婚に対して、貴方がどう考えているのか興味が湧いただけよ。

 貴方のお父様が、今と同様数多いる候補の中からお妃様を2人に絞って迎え入れた時、歴代で一番少ないと国で評判だったじゃない。

 それに比べて貴方も、陛下と同じように人気が高いようだし、どうするのかなと思っただけよ」

「……あぁ、なるほど」




 殿下は腕を組んで澄んだ空を見上げた。




「確かに、代々この国の王室は、世継ぎのために妃が多かったけれど、俺は……そうだな、反対されたとしても妃は一人で良いな」

「あら、意外」

「……君は俺を何だと思っているんだ」




 私の言葉に拗ねたような反応を見せる殿下に、クスリと笑って言う。



「冗談よ。 貴方らしいわ。

 幼馴染として言わせてもらうけれど、そういう考え方の持ち主であるエドはきっと、素敵な王様になれると思うわ」

「……!!」

「? エド?」



 何故か顔を赤くさせて黙ってしまうエドに、私は首を傾げると、すぐ後ろで足音が聞こえてきた。




「……こんな所で何をしていらっしゃるのですか、殿下」

「! レオ! 貴方今まで何処にいたの?」



 振り返れば、いつも通り無表情……いえ、少し不機嫌な目つきで殿下を見る私の従者の姿があった。

 そんなレオに向かって、殿下は軽い口調で答える。



「ふふ、お忍びでジュリアに会いにきた、と言ったら?」

「……お忍びでも、せめてリーヴィス侯にジュリア様にお会いになる旨を伝えるのが筋ではないでしょうか?」

「うわ、相変わらず手厳しいね、レオは。

 ……まさか、ジュリアといる俺に嫉妬……いっだぁ!?」




 エドに何をするかと思えば、レオは結構な威力で頭を叩いた。 ……相手が殿下とはいえ、容赦がないレオに私は苦笑いする。



「レオ、間に受けなくて良いわよ。 エドは戯れが過ぎるだけなんだから」

「えぇ、重々承知しております」

「相変わらず、二人寄ると俺に対して本当に、容赦ないよね……!」



 未だに頭を抑えている殿下。 余程レオの攻撃が痛かったのだろうか。

 レオは「自業自得です」と答えてから、ズルズルとエドを引っ張るように連れて行ってしまう。



「またね、ジュリア」

「次に来る時は、ティータイムの時間には来ないで下さいませ、エドワード殿下」




 私はそう言って淑女の礼をしてから、引きずられていく殿下を見送りつつ、はぁっとため息をついた。




(レオも大変ね。 エドにいつも振り回されている印象しかないわ)




 私と同様、レオとエドワード殿下も幼馴染だという。 (だから殿下といえど、レオは殿下の頭を叩いたり出来る……らしい)

 二人は私とエドが出会った時よりも前からずっと一緒で、4年に渡る騎士学校生活も一緒だった。

 ちなみに二人の剣の腕前は伝説になるほど凄いものだったらしい。

 私はあまり見たことがないけれど、いずれ見てみたいなとも思っていたりする。



(まあ、平和が一番だけれど)





 ……それにしても、優雅なティータイムを少し邪魔された気分だわ。




(……幼馴染が元気そうで安心したけれど)




 今日はそう思うことにしよう。

 そう思って口をつけたティーカップの中の紅茶は、冷めきっていて味は落ちていた。



(……前言撤回。 やっぱりティータイムは誰にも邪魔されないよう、レオに言いつけておきましょう)



 私は最早何度目か分からない溜息をついてから再度、冷めた紅茶に手を付けるのだった。






(レオ視点)



「全く、貴方は油断も隙もありませんね」

「レオ、顔が怖いよ?」

「そう作ってますからね」



 ようやくしっかりと歩き出したエドワード殿下に、俺は深く溜息をつく。



「それにしても珍しかったね。 ジュリアと話していればすぐ駆けつけてくると思ったのに」

「……人をなんだと思っているんですか」



 俺が少し睨んで見せれば、エドワード殿下は「さぁ?」と意味ありげにクスクスと笑いながら言う。



「良いよ、敬語とって。 君とはちゃんと、対等に話がしたい」

「……じゃあ、遠慮なく」



 俺がそう答えると、満足そうに頷きながらエドワード殿下は俺の少し前を歩き出した。



「……エドが此処に来た理由は、ジュリア様のことだろう?」

「うん、そうだよ。 良からぬ噂を耳にしたからね、君達ももう知っているだろうとは思っていたけれど、一応様子を見がてら来てみようと思って」

「……」




 エドだって、こんなにお忍びに時間をかけるほど暇ではないはずだ。

 ……それを、ジュリア様とティータイムをするくらい時間をかけて来ているのだ、相当ジュリア様を思っているのだろう。




(それは幼馴染だからか、それとも……)




「一応、君には言っておくよ」

「?」



 門の少し手前まで来たところで、エドは立ち止まって言った。



「……ジュリアは、俺にとって大切な子なんだ。 だから、何が何でも守ってくれ。

 俺は側には居てやれない。

 どんな手を使ってでも良い、絶対に彼女を死なせないでくれ」

「!」



 その言葉で俺は理解した。

 それと同時に、何処か胸が痛いような、そんな気がしたのを打ち消すように、俺は代わりに左胸に手を置いて口を開いた。





「殿下の、仰せのままに」

「……あぁ、宜しく頼む」






 ひらり、と殿下のお忍び用の地味なマントの裾が舞う。

 俺は、リーヴィス家の門の中から、殿下が馬車に乗るのを見届けてから、一人ティータイムを過ごしているであろうジュリア様の元へと向かうのだった。


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