25.笑顔の裏で
「叔父様は……、以前から、私にはとても厳しい方だったんです」
「! ……そうだったの」
彼女は俯きながら小さく頷き、そのまま言葉を続けた。
「両親が生きていた時は優しかったというか……、それも両親の目の前だけで。 その上、幼いながらにその目が笑っていないことを感じていて。
そして両親が部屋から居なくなり、叔父様と二人きりになったりすると、私には笑みの一つも向けない、そんな方でした」
「っ」
(なんて方……)
「そして、両親が亡くなり、あの方が私の家にやって来て……、言ったんです。
……“この家の物も財産も、全て持ち主はこの俺だ”と」
「っ!? なんてこと……」
「私……、その言葉だけは許せなくて。
お母様やお父様の持ち物だって、全て貴方のものではないって。
言えたら、良かったのに……っ」
「! ……エイミー様……」
「その言葉の通り……、叔父様は、その日を境に全てを牛耳るようになったのです。
私には両親がいないことを良いことに冷たく当たり、そんな私を味方する者は全て、屋敷から排除し、両親の部屋の形見まで、奪われてしまって……、今では、私には侍女は愚か、部屋までも変えられてしまいました……」
私はその言葉に衝撃を覚えた。
(まだ結婚適齢期でもない彼女が、突然御両親を失っただけでなく、その悲しみを……、踏み躙るようなことまでしている、ということ?)
「……叔父様は、私を使用人のように扱うのです。
ジュリア様も、聞かれた、でしょう?
叔父様が私を呼ぶ時に鳴らす、“鈴”の音を」
「! そういえば、この前……、貴女の屋敷を訪れた時そう言っていたわね」
「……はい。 その音が鳴ると、私はすぐに叔父様の元へ行かなければなりません。
少しでも遅れたり、意にそぐわないことを私がすると……、私に、手を挙げるんです」
その言葉に、私はハッと息を飲んだ。
「やっぱり、貴女のその足首の怪我も……」
「……はい」
エイミー様は小刻みに肩を震わせ、ギュッと自分の腕をさすった。
「叔父様は……、怖い人です。
もし……、このことを、誰かに漏らしたと知られたら、叔父様は今度こそ……、私を」
「エイミー様」
「!」
私は、エイミー様のクリーム色の瞳を真っ直ぐと見つめ、エイミー様の手をそっと握る。
そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「大丈夫、私は味方だから。
……今迄……、苦しかったでしょう。
大丈夫、貴女は一人じゃない。 私も、貴女の従者のカイルも、それから私の従者のレオも。
皆、貴女のことを守ろうとしている。
だから、負けないで」
「! ……ジュリア、様……」
エイミー様の目から大粒の涙が零れ落ちる。
私はそっと彼女の背中をさすりながら、口を開いた。
「今ここで、全て吐いて良いわ。
私は裏切らない、絶対に。
……だから、私を信じて」
「! ……っ、ジュリア様……」
彼女はハンカチを取り出し、声を押し殺さずに泣き始める。
そして、彼女は途切れ途切れに呟いた。
「ごめ、なさっ……、私は、本当なら、ジュリア様と、こんな風に……、お話してはいけないのにっ」
「あら、誰が決めたの? そんなこと。
私は嬉しかったわ。 貴女が、私を頼ってくれたこと」
「! ……本当、ですか?」
「えぇ。 私達は……、どうしたって、侯爵家の人間として、嫌でも目立ってしまうわ」
何でも噂の種にされ、それがどんなに根拠のないものであったって、面白いように吹聴されるだけ。
そして、顔も知らないような方々に恨まれ、蔑まれることだって多いにある。
暗殺だって……、毒を盛られることだってあった。
だけど。
「そんな時は、堂々としているのが一番なの。
自分は強い。 自分は負けない。
……そう、自分に言い聞かせるようにしているわ」
私が“侯爵家の一人娘”であること。
そのことに、誇りを持って生きる。
それが後悔しない生き方だと。
……そして、それが愛する者達を守ることにも繋がると、信じているから。
「私は、強くいなければいけないの」
「! ……ジュリア様は……、格好良いですね」
「? 格好良い? ……ふふ、格好良いのはきっと、私ではないと思うわ。
そう思えるように、私を守ってくれる人が……、側に、居てくれるからよ」
「! ……それは……」
「ふふ、これ以上は言えないわ」
私がそう笑って見せると、彼女はポッと顔を赤くさせた後、すぐにふっと影を落として言った。
「私は……、今、どうしたら良いのか分からないんです」
「分からない?」
「……私は……、殿下の婚約者にもしもなれたら……、とか、図々しくも、そんな気持ちを抱いていたんです。
ですが……、今は、叔父様が私に命令してくるのです。 “何が何でも、殿下と結婚してこい”と」
「! ……何処まで、勝手なの……っ」
「っ、私の、淡かった恋心は……、殿下と話す内、募っていくのと同時に……、罪悪感が、増していくのです。
もしも、叔父様の言いなりになってしまったら。
その反対に、候補から外れ、叔父様の命令から抗ってしまったら……、そう考えると、どうしても怖くてっ」
(……彼女の、笑顔の裏が……、こんなにも、酷い仕打ちを受けて傷付いていた、なんて……)
知らなかった。 純粋無垢で、可愛らしくて、皆に人気のある彼女が。
どんな思いで……、殿下の婚約者候補に残ってきたのだろう。
「……! ジュリア、様……?」
私は気が付けば、彼女を抱き締めていた。
そして、私は小さく口を開いた。
「……必ず、貴女を助け出すわ」
「! ……有難う、御座います、ジュリア様」
彼女はそう言って、静かに涙をこぼすのだった。
そのまま眠ってしまった彼女を起こさないよう、ベッドに横たわらせ、掛け布団をかけてそっと部屋から出れば、レオとカイルが見張りをしてくれていた。
そして何故か、大きく目を見開いたかと思うと、カイルはパッと後ろを向き、レオはそんな私を見て怒ったような顔をしたかと思えば、バサッと着ていた上着を脱ぎ、私の肩にかけた。
「? レオ?」
「……はぁ。 お嬢様、良いですか。
部屋を出るときに夜着で出る淑女が何処に居るのです」
「!? あ、貴方だって私を起こしにくることがあるじゃない……! 何を今更、夜着なんて」
「っ、他の者達に晒して良い姿ではありません!」
彼の言葉に、私は思わずカチンと来てしまう。
「!? 私の体は人に見せられないほど貧相、と言いたいわけ!?」
「は!? そんなことを申し上げているのではありま」
「好い加減にして下さい!」
「「!?」」
私達の間に割って入るように言葉を発したのは、他でもないカイルで。
カイルは怒ったようにグイグイとレオの背中を押す。
「エイミー様が起きてしまうでしょう!
此処は僕が見ておきますので、レオン兄さんはジュリア様を連れて一度部屋へ戻られて下さい」
そんなカイルの言葉に、レオは戸惑ったような顔をしたけど、カイルの有無を言わせぬその視線に少し息をつまらせ、一言、「任せた」とそう言って、今度は私の腕をグイグイと引っ張る。
「あ、ちょ……」
「良いから、早く歩いて下さい」
「……は、はい」
あからさまに機嫌の悪いレオに引きずられるよう、私は彼と共に自室へと向かうのだった。




