表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

25.笑顔の裏で

「叔父様は……、以前から、私にはとても厳しい方だったんです」

「! ……そうだったの」


 彼女は俯きながら小さく頷き、そのまま言葉を続けた。


「両親が生きていた時は優しかったというか……、それも両親の目の前だけで。 その上、幼いながらにその目が笑っていないことを感じていて。

 そして両親が部屋から居なくなり、叔父様と二人きりになったりすると、私には笑みの一つも向けない、そんな方でした」

「っ」


(なんて方……)


「そして、両親が亡くなり、あの方が私の家にやって来て……、言ったんです。

 ……“この家の物も財産も、全て持ち主はこの俺だ”と」

「っ!? なんてこと……」

「私……、その言葉だけは許せなくて。

 お母様やお父様の持ち物だって、全て貴方のものではないって。

 言えたら、良かったのに……っ」

「! ……エイミー様……」

「その言葉の通り……、叔父様は、その日を境に全てを牛耳るようになったのです。

 私には両親がいないことを良いことに冷たく当たり、そんな私を味方する者は全て、屋敷から排除し、両親の部屋の形見まで、奪われてしまって……、今では、私には侍女は愚か、部屋までも変えられてしまいました……」


 私はその言葉に衝撃を覚えた。


(まだ結婚適齢期でもない彼女が、突然御両親を失っただけでなく、その悲しみを……、踏み躙るようなことまでしている、ということ?)


「……叔父様は、私を使用人のように扱うのです。

 ジュリア様も、聞かれた、でしょう?

 叔父様が私を呼ぶ時に鳴らす、“鈴”の音を」

「! そういえば、この前……、貴女の屋敷を訪れた時そう言っていたわね」

「……はい。 その音が鳴ると、私はすぐに叔父様の元へ行かなければなりません。

 少しでも遅れたり、意にそぐわないことを私がすると……、私に、手を挙げるんです」


 その言葉に、私はハッと息を飲んだ。


「やっぱり、貴女のその足首の怪我も……」

「……はい」


 エイミー様は小刻みに肩を震わせ、ギュッと自分の腕をさすった。


「叔父様は……、怖い人です。

 もし……、このことを、誰かに漏らしたと知られたら、叔父様は今度こそ……、私を」

「エイミー様」

「!」


 私は、エイミー様のクリーム色の瞳を真っ直ぐと見つめ、エイミー様の手をそっと握る。

 そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「大丈夫、私は味方だから。

 ……今迄……、苦しかったでしょう。

 大丈夫、貴女は一人じゃない。 私も、貴女の従者のカイルも、それから私の従者のレオも。

 皆、貴女のことを守ろうとしている。

 だから、負けないで」

「! ……ジュリア、様……」


 エイミー様の目から大粒の涙が零れ落ちる。

 私はそっと彼女の背中をさすりながら、口を開いた。


「今ここで、全て吐いて良いわ。

 私は裏切らない、絶対に。

 ……だから、私を信じて」

「! ……っ、ジュリア様……」


 彼女はハンカチを取り出し、声を押し殺さずに泣き始める。

 そして、彼女は途切れ途切れに呟いた。


「ごめ、なさっ……、私は、本当なら、ジュリア様と、こんな風に……、お話してはいけないのにっ」

「あら、誰が決めたの? そんなこと。

 私は嬉しかったわ。 貴女が、私を頼ってくれたこと」

「! ……本当、ですか?」

「えぇ。 私達は……、どうしたって、侯爵家の人間として、嫌でも目立ってしまうわ」


 何でも噂の種にされ、それがどんなに根拠のないものであったって、面白いように吹聴されるだけ。

 そして、顔も知らないような方々に恨まれ、蔑まれることだって多いにある。

 暗殺だって……、毒を盛られることだってあった。

 だけど。


「そんな時は、堂々としているのが一番なの。

 自分は強い。 自分は負けない。

 ……そう、自分に言い聞かせるようにしているわ」


 私が“侯爵家の一人娘”であること。

 そのことに、誇りを持って生きる。

 それが後悔しない生き方だと。

 ……そして、それが愛する者達を守ることにも繋がると、信じているから。


「私は、強くいなければいけないの」

「! ……ジュリア様は……、格好良いですね」

「? 格好良い? ……ふふ、格好良いのはきっと、私ではないと思うわ。

 そう思えるように、私を守ってくれる人が……、側に、居てくれるからよ」

「! ……それは……」

「ふふ、これ以上は言えないわ」


 私がそう笑って見せると、彼女はポッと顔を赤くさせた後、すぐにふっと影を落として言った。


「私は……、今、どうしたら良いのか分からないんです」

「分からない?」

「……私は……、殿下の婚約者にもしもなれたら……、とか、図々しくも、そんな気持ちを抱いていたんです。

 ですが……、今は、叔父様が私に命令してくるのです。 “何が何でも、殿下と結婚してこい”と」

「! ……何処まで、勝手なの……っ」

「っ、私の、淡かった恋心は……、殿下と話す内、募っていくのと同時に……、罪悪感が、増していくのです。

 もしも、叔父様の言いなりになってしまったら。

 その反対に、候補から外れ、叔父様の命令から抗ってしまったら……、そう考えると、どうしても怖くてっ」


(……彼女の、笑顔の裏が……、こんなにも、酷い仕打ちを受けて傷付いていた、なんて……)


 知らなかった。 純粋無垢で、可愛らしくて、皆に人気のある彼女が。

 どんな思いで……、殿下の婚約者候補に残ってきたのだろう。


「……! ジュリア、様……?」


 私は気が付けば、彼女を抱き締めていた。

 そして、私は小さく口を開いた。


「……必ず、貴女を助け出すわ」

「! ……有難う、御座います、ジュリア様」


 彼女はそう言って、静かに涙をこぼすのだった。





 そのまま眠ってしまった彼女を起こさないよう、ベッドに横たわらせ、掛け布団をかけてそっと部屋から出れば、レオとカイルが見張りをしてくれていた。

 そして何故か、大きく目を見開いたかと思うと、カイルはパッと後ろを向き、レオはそんな私を見て怒ったような顔をしたかと思えば、バサッと着ていた上着を脱ぎ、私の肩にかけた。


「? レオ?」

「……はぁ。 お嬢様、良いですか。

 部屋を出るときに夜着で出る淑女が何処に居るのです」

「!? あ、貴方だって私を起こしにくることがあるじゃない……! 何を今更、夜着なんて」

「っ、他の者達に晒して良い姿ではありません!」


 彼の言葉に、私は思わずカチンと来てしまう。


「!? 私の体は人に見せられないほど貧相、と言いたいわけ!?」

「は!? そんなことを申し上げているのではありま」

「好い加減にして下さい!」

「「!?」」


 私達の間に割って入るように言葉を発したのは、他でもないカイルで。

 カイルは怒ったようにグイグイとレオの背中を押す。


「エイミー様が起きてしまうでしょう!

 此処は僕が見ておきますので、レオン兄さんはジュリア様を連れて一度部屋へ戻られて下さい」


 そんなカイルの言葉に、レオは戸惑ったような顔をしたけど、カイルの有無を言わせぬその視線に少し息をつまらせ、一言、「任せた」とそう言って、今度は私の腕をグイグイと引っ張る。


「あ、ちょ……」

「良いから、早く歩いて下さい」

「……は、はい」


 あからさまに機嫌の悪いレオに引きずられるよう、私は彼と共に自室へと向かうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ