24.侯爵令嬢の覚悟
「は!? 今晩はエイミー様の部屋に泊まる!?」
これでもかというほど大きく目を開いた私の従者……、レオは、そう言ってから前髪をかきあげ、はーっと溜息をついた。
「……これまた急ですね……」
「し、仕方がないわ。 彼女、悪意があって言ってるようには見えなかったし……」
あんな目をされたら断れないわよ、と言う私に対し、彼は再度溜息を吐いて言った。
「……今日は貴方方の部屋の前で私は寝ずの番ですね」
「そ、それはごめんなさい」
そこまで気が回らなかった、という意味を込めて謝れば、彼は「怒ってはおりませんよ」と言ってすぐに言葉を付け足した。
「まあ、他者を放って置けないところが、ジュリア様の良い所でもありますからね」
「! ……ほ、褒めても何も出ないわよ」
私は素直に褒められたことで少し気恥ずかしくなり、そう口にすれば彼は少し笑ってから、顎に手を当て考え始めた。
「……しかし、どうしてジュリア様に同じ部屋で寝て頂きたいと仰ったのでしょう」
「……もしかしたら、私に話があるのかもしれないわ。
ほら、シーラン侯爵のこととか」
「! 成る程、それは一理ありますね」
レオはそう顎に手を当て思案すると、すぐに口を開いた。
「そういうことでしたら、エイミー様の泊まられている部屋にもう一つ、簡易ベッドを用意させます」
「えぇ、そうしてくれると助かるわ」
「分かりました。 貴方様の侍女やメイド達に指示してきますので、少々お待ちを」
その言葉に私が頷くと、彼はすぐに部屋を出て行ってしまう。
そんな彼の後ろ姿を見て申し訳ない気持ちになる。
(“寝ずの番”……、レオには色々な所で、負担をかけてしまっている気がするわ)
エイミー様が何か私と話したいのかと思って、その提案を受けてしまったけれど……、レオの負担が増えてしまった。
(今夜……、彼女から何かしら、情報を得ましょう)
彼女が何かを隠していることには間違いない。
足首の無数の痣、時折見せる悲しげな表情。
(今回矢を射られたことに、それらが全て、繋がっているかもしれないから)
私も、覚悟を決めなければいけない。
それが、自ら危険に飛び込んでいることだと分かっていても、それでも私は。
(見過ごすことなんて出来ないから)
自分に出来ることは何でもやる。
何をしないでも暗殺を企てられているのなら、少しでも足掻いてみせる。
(大事な人達をこれ以上失くすのは、ごめんだから)
私はギュッと、膝の上で強く手を握ったのだった。
「突然我儘を言ってすみません」
寝支度を整え、エイミー様が泊まる部屋へと入れば、彼女は開口一番にそう口にし、頭を下げる。
私は慌てて手を横に振った。
「頭を上げて。 私は大丈夫だから。
それより調子はどう? 良くなったかしら?」
「っ、はい、お陰様で。
……皆さんに、良くして頂いていますから」
そう言った彼女は、笑みを浮かべながらも少し、陰りのある表情をしてみせた。
私はそれを見て思わずその理由を問おうとしたが、慌てて飲み込み、代わりに違う言葉を発した。
「そう、それは良かった。
今夜もしっかり、私の従者が部屋の外で一晩見張りについてくれているから安心して眠ると良いわ」
「! 有難う、御座います」
彼女はそうお礼を言ってから、ギュッと拳を握ると口を開いた。
「あの……」
「? 何?」
エイミー様の切羽詰まった表情に、私は思わず背筋を伸ばす。 そして彼女は何度か深呼吸をしてからゆっくりと、言葉を選ぶように口を開いた。
「……ジュリア様、少し此方に寄って頂けますか」
「えぇ」
彼女が声を潜めてそういうから、私は彼女が腰掛けるベッドの隣に座ると、彼女は悲痛なほど暗い顔をして言った。
「……助けて、欲しいんです」
「……!」
(……っ、やっぱり)
鼓動が徐々に速くなるのが自分でも分かって。
私もそんな鼓動を落ち着かせるよう、少し息を吸ってから、彼女にその先を促した。
「……良いわ、話しを聞かせてくれるかしら?」
「! ……ジュリア様」
エイミー様の瞳から、涙が零れ落ちる。
私はそっと、ハンカチを差し出しながら彼女の言葉の続きを待つ。
そして彼女は、ポツリポツリと静かに語り始めた。
「……私は、ジュリア様も御存知の通り、シーラン家の一人娘です。 私が成人を迎えたら、私が家を継ぐ、ということになっておりました」
「! で、でもそれでは、どうして今、殿下の婚約者候補でいらっしゃるの?」
殿下は王位継承権第一位。 次期国王になる彼の結婚相手は当然、王妃となるから、殿下に嫁ぐ形になるはず。
だとしたら、エイミー様は婚約者候補からそもそも外れるはずで。
そんな私の疑問に対し、彼女は頰を赤らめてギュッと夜着の裾を握って言った。
「……お恥ずかしながら、私……、エドワード殿下のことが、好きなのです」
「! やっぱり……」
思わず声に出てしまった私に対し、彼女は苦笑いを浮かべて「バレバレですよね」と小さく口にして言葉を続けた。
「最初は、憧れだったんです。 ただ、見ているだけで良かった。
そう思っていたのですが……、いつしか、それは恋心に変わっていって」
「!」
(まさか彼女の口から、恋愛話が聞けるとは思わなかったわ……)
私が驚いていれば、彼女は「は、話が逸れましたね」と慌てたように言い、口を開いた。
「そのことが、両親にもバレてしまったのです。
そうしたら、両親は……、家のことは気にせず、自分の思うように生きなさいと。
そう、言ってくれたんです」
「! ……でも、貴女の御両親は……」
私が思わずそう口にすれば、彼女は「そう」と下を向いて口にした。
「私が、エルヴィス殿下の婚約者候補になってからすぐでした。
両親の乗った馬車が……、崖から転落して、そのまま……」
「!!」
知らなかった。
彼女の御両親は事故で亡くなったと聞いてはいたが、それが転落死だったとは。
初めて知る事実に私が驚いたのも束の間、彼女は大きな目を伏せ、やがて小さく言葉を紡いだ。
「それから私は、独りぼっちになってしまいました。
そうして寂しいと思う暇もなく、親戚同士が話し合いを始めたんです。
まだ私は、公爵家の跡取りにもなれない年齢だから、誰が跡を継ぎ、私の面倒を見るか。 そう周りが口々に言い合った結果、家に来たのが……」
「……貴女の、叔父様ね」
「……はい」
彼女はそう言って再度、ギュッと拳を固く握り締めた。
そしてその肩は、小刻みに震えていたのだった。




