19.力になりたい
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有難うございます〜!
(……ついに、この日がやってきたわ……)
緊張でドキドキする胸を抑え、私は頭を一振りする。
「……お嬢様、大丈夫ですか?」
心なしか、いつもより心配そうな声音でそう尋ねてくる従者に向かい、私は笑みを作ってみせる。
「大丈夫よ、任せておいて。
これは、私の仕事だから」
「ですが」
「あぁ、もう! グチャグチャ言わないの!
言ったでしょう? “貴方の力になりたい”って」
「! ……全く、お嬢様は」
困ったお方ですね。
そう言って眉尻を下げて、いつもはクールな彼が少しだけ、ほんの少しだけ笑ってみせる。
今日は、私の家でのお茶会の日。
これに至るまでの経緯が、ここ数週間の間の出来事で……―――
「ねえ、レオ」
「はい、何でしょう」
カチャカチャと、私が食べたスイーツのお皿を回収してくれている彼に向かって口を開く。
「私も、貴方のお手伝いが何か出来ないかしら?」
「は?」
レオは驚いたように手を止め、私を見る。
「“は?”って……、まあ、気持ちは分かるけど。 職務を全うする貴方の仕事を奪おうとかそんなものではないから安心して」
「そんなことがあっては困ります」
そうしらっとした目で断言する彼に、私は苦笑いする。
「分かっているわよ。 ……ただ、私知っているのよ」
「? 何を」
「貴方が、私が寝付いた頃を見計らって外に出て行っているのを」
「!」
レオの表情が強張る。
「尾行したとか、勿論そんなことは一切していないわ。 たまたま、なかなか寝付けなくて星を見ていたら、邸の外へ向かう貴方の姿が見えて……、私の従者をする以外の時間で何かしていることは何となく分かっていたけれど、まさかそんな夜遅くに貴方が出て行くとは思わなかったから」
その時は思わず、追いかけそうになった。
レオが何処かへ行ってしまう姿が、何となく怖いと、そう感じてしまって。
……って、そんなこと本人には言えるはずがないのだけれど。
そんな私の言葉に、レオははーっと深く息を吐き、皿を片していた手を止め、私の向かいの席に座って頭を抱えた。
「……貴女には黙っていようと思っていたのですが……、バレバレだったのですね」
「えぇ。 だって貴方、私とほぼ四六時中ずっと一緒にいるはずなのに、この前の情報を集めてもらった件といい、情報収集があまりにも早すぎるんだもの。
そう考えたら、夜私が寝付いた頃くらいしか時間がないなと思って」
「……本当、バレバレなんですね」
レオは少し息を吐き、黒いリボンでまとまっている銀色の髪を揺らす。
私は慌てて付け足した。
「貴方が何を隠したいのか知らないけれど、心配くらいはさせて欲しいわ。
……私は貴方の主人なのよ? お父様やエドの命で貴方は仕えてくれているといえど、ここ数年で貴方と共に時間を過ごしているのは、幼馴染のエドよりずっと、私との方が長いでしょう?」
従者として私に仕えてくれている頃から、彼は私の側を離れないようにしてくれていた。
冷たくて堅物で無表情な彼を、最初は嫌な人だと思っていた。 他の御令嬢方の護衛として任命された方々は優しい人ばかりで、羨ましいとさえ思ったこともあった。
そして彼は同時に、ただ私専属に任命されて、嫌々仕えてくれているのだろうと。 そうずっと、心の何処かで思っていた。
(……今も正直、まだ彼が何を考えているか、私をどう思っているかはわからない)
けれど、彼を知り、話して行くうちに、彼はただ表現するのが苦手なんだと気付いた。
表情より先に、行動に現れることが多いことも。
完璧主義者で、他人以上に自分に厳しいところも。
(そんな彼だから、私は心配になる)
思わず、私は彼の頰に手を伸ばす。
そして目の下にうっすらと出来ている隈を、そっとなぞって言った。
「……お化粧で誤魔化しても無駄よ。 貴方、目の下に隈が出来ているわ。
寝ていないでしょう」
「! ……はは」
レオは少し乾いた笑いを浮かべ、私の手をそっと握って言った。
「……申し訳、御座いません。 貴方の従者でありながら、貴方に気を遣わせるようなことを言わせてしまい」
「ちょっと! それ以上言ったら怒るわよ」
レオのネガティブ発言に私は物を申すと、レオは驚いたように目を見開き……、ふっと微笑んで言った。
「……はい、分かりました。 お嬢様」
それに私も笑みを返した後、ハッと気付き、彼に言った。
「後、主人命令。 今すぐ寝なさい」
「はい?」
私がそう言えば、彼はまた驚き、珍しく慌てたように言った。
「お嬢様、今はまだお昼時なのですが……」
「昼食は済ませているでしょう? お昼寝だと思って寝なさい。 これは命令よ」
「駄目です。 それでは旦那様に怒られます」
「お父様には言わなければ良いことでしょう? それに、お父様に貴方が私を任されているのと同様、私もお父様にレオのことを任されているの。
だから、今すぐ寝なさい」
その言葉に、レオは一瞬口を開きかけたものの、言葉が見つからなかったようで……、やがて長く息を吐き、「分かりました」とだけ返事をした。
そして、レオが立ち上がろうとしたところで、私は彼を止める。
「待って。 ……貴方をここで部屋に返すと、また休息を取らないで仕事をしそうだわ。
だから、ここで寝て」
「……は?」
レオが、固まった。 そして、少し気を取りなおしたように口を開く。
「……お、嬢様? ここで寝るとは、何処で?」
「……あ」
(うっかりしていたわ! まさか、私のベッドを、なんて言えるはずないわよね……! いくらシーツを毎日取りかえてもらっているとはいえ、そんな、男性を私のベッドで寝かせるなんて……!)
今度は私が取り乱す番になると、彼はそんな私の百面相が面白かったのか、吹き出したように笑い、次の瞬間まるで子供のように笑いだした。
「っ」
その光景が新鮮で、思わず見惚れていると、レオはようやく落ち着きを取り戻して言った。
「申し訳ございません、お嬢様。
先程まで大人びたようなことを言っていた貴女が、急に子供のように百面相しだしたのが何だか可愛らしくて、つい」
「!? か、かわ……!?」
私がそこで停止したのを見て、彼は首を傾げた後……、ハッとしたようにし、口元を隠した。
(っ、レオ、照れてる……)
私まで釣られて赤くなっていることになんて構わず、ただただレオの新鮮な表情に見惚れていたのもつかの間、彼は怒ったように私に歩み寄ってきたかと思うと……、次の瞬間、何を思ったか私の隣に腰を下ろして、私の肩に彼の頭が乗った。
「!? !? え!?」
思わず驚いて声を発した私に、レオは眉を顰めて言った。
「煩いです、お嬢様。 これがお嬢様の命令なのですから、おとなしくしてください」
「〜〜〜〜!?」
(な、なんで私が怒られているの!? というか、私は肩を貸すなんて言ってな……!)
ぐるぐると私が考えたところで、ふっと気が付く。
(……寝てる)
ほんの一瞬で、レオの藍色の瞳は瞼に隠れ、銀色の髪をさらりと揺らしながら、彼は穏やかな寝息を立てて眠っていた。
(……相当、疲れていたんだわ)
この体勢で、数秒も経たないうちに眠っているんだもの。
(……やっぱり、疲れていたんだわ)
隈が出来ている彼の端整な顔を見て、私は息をつく。
(主人失格ね)
彼の体調管理……、無理をしていないかを伺うのも、私の仕事だった。
彼でさえ相当な重労働なのだ、他の護衛では到底出来ない仕事だろう。
(……それに、シーラン侯の噂を収集するのに、彼はきっと相当危険な仕事までこなしているはずだわ)
ただの侯爵家に生まれた私には分からない、彼の仕事。
侯爵令嬢、殿下の婚約者候補という肩書きだけで、彼がこうして仕えてくれている事実。
(“令嬢”なんて)
彼の重荷にしか、なっていないのではないか。
彼の背負っているもののほんの一部でも、力になれたら良いのに。
「……私は、貴方が心配なの。
貴方が居てくれることが心強くて、面と向かって言えていないかもしれないけれど、ずっと感謝しているのよ。
……けれど、それに対して私は、貴方の重荷にしかなれない。
それが、悔しいの」
そう眠っている彼に向かって呟き、私はいつも見慣れている自室の天井を仰ぎ見た。
(……ただの“侯爵令嬢”ではない。
私にしか、出来ないことが何かあるはず……)
彼の力に、なりたい。
その為には、この“侯爵令嬢”の名を使って出来ないことを、私がするしかない。
(でも、一体私に何が……)
そこで、ハッと閃く。
(そうだわ、私にも出来る事があるじゃない)
なんでそんな簡単なことが出なかったのかしら。
(これならきっと、お父様もレオもエドも、賛同してくれるはずだわ)
私に出来ることを見つけ、私はレオが起きるまで、頭の中で閃いた、次の作戦を練ることにしたのだった。




