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1.作戦会議

「……? レオ?」



 私の呼びかけに、レオはハッとしたような顔をし、軽く左右に頭を振ると眉間にしわを寄せて問う。



「……お嬢様、それはどんな風の吹き回しですか?」



(……わっ、心底嫌そう……)



 迷惑そうな表情を向けられ、私は少し明後日の方に目を向けて考える。


(……ここは下手に嘘をつくより、素直にさっき盗み聞きしてしまったことを言うべきね)



 何しろ、この人には何故か隠し事が出来ない。 ……というより、一つだけ年上な割に、レオは勘が鋭すぎるのだ。



「……さっきの貴方達の話、聞いてしまったの」

「!! ……何処まで?」

「え?」



 急にレオの声音が低くなる。



(……ど、何処までって……)



 無言の圧を感じ、私は慌てて答える。




「え、そ、そんなに聞いてはいけないことだったの!?

 え、えーっと……、貴方のお友達が、何派っていうところから暗殺者を雇う、っていう話まで……?」

「……そうですか。 それなら良いです」

「??」



 その場の何処か凍てついた空気が軟化する。

 私はレオの言っている意味が分からなくて首を傾げれば、レオははぁっとため息をつく。




「……それで、“エドワード殿下の婚約者候補なんかやめてやるーー!!”って叫んでたんですね」

「!? き、聞いてたの!?」

「えぇ、聞くも何も外まで筒抜けでしたから」

「……」




 平然と言ってのけるレオに、私はため息をつく。

 そして、その間にレオがいつの間にか淹れてくれていた紅茶に口を付けながら、私はそっと呟いた。



「……私は本当は、」




 ……命を狙われる云々よりもただ、好きな人と、幸せな結婚をしたいだけなのよ。

 エド……エドワード殿下だって良い人だとは思うけれど、それは恋ではない。

 私は、親が決めた許嫁なんかではなく、ちゃんと恋をして、両思いの相手と結婚して幸せな家庭を築きたい。

 ただ、それだけなのよ……―――





 私はその言葉を紅茶とともに流し込み、代わりに別の言葉を発する。




「……いえ、私はただ、王子の婚約者候補になっただけで殺されたくないだけよ」



 私はそう言ってカップを下ろすと、レオの藍色の瞳を見つめて言った。




「……そのために、貴方の協力が必要なの」




 今まで、婚約者候補をやめようと思ったことはなかったが、嫌だと思うことは何度もあった。 無論、嫌がらせが日常茶飯事だったからだ。

 しかし、殿下やお父様に言ってみても、事態は悪化するだけだった。

 それに、婚約者候補なんて外れようと思って外れられるものではない。 何せ、王家との繋がりがかかっているのだ、私の力だけでは、王子の婚約者候補からは外れられない。

 ……だけど、暗殺家を雇うまで話が膨れているのだ。 話は別である。



「……貴方には迷惑をかけてしまうけれど、私はこのまま……何もしないまま、暗殺なんていう殺され方をして死にたくはないの。

 だからお願い。 私に力を貸して頂戴」




(ただの直談判では誰も相手にしてくれない。 ……それなら、レオと恋人になったフリをして、最悪……いえ、最低限私が王子と特別仲が良いわけではない、ということだけでも見せつられれば、周りが暗殺まで企てないと思うの)



 私の言葉を黙って聞いていたレオは、暫く考える素ぶりを見せた末、私に向かってゆっくりと口を開く。




「……それが、お嬢様の命令とあらば」




 そう言って、レオは胸元に手を当て、礼をしたのだった。






 ☆




「それで? お嬢様、何か良い案は思い浮かんでいらっしゃるのですか?」

「! そ、それは……」

「はぁ、流石はお嬢様。

 何も考えずに私に“ご命令”されたんですね」

「うっ……というか、貴方は本当、いつも私に対して辛辣よね!!」


 ちなみに、レオはさっきも言った通り、私より一つ年上。


 レオン・グラント、歳は19。

 彼は辺境伯家の三男であり、跡取りでないため、今は職業訓練、といった形で私の従者兼護衛として4年前……私がエドワード王子の婚約者候補に決まった時から私に仕えてくれている。



(レオがいてくれるから良いものの、この国は本当に物騒よね)




 レオは騎士学校で随一の腕前、勿論剣並びに勉学の方でも学校でトップだった。 それは同い年であるエドワード殿下が認めるほど。

 そんなエドワード殿下から直々に、彼は私の従者として仕えることになったのだ。


 何故なら、婚約者候補の中で一番命を狙われやすいのは私であるからだ。

 それは、実質私の家が、この国の中で王家、公爵家(ちなみに婚約者候補の中にはいない)に次いで強大な権力があるから、何としてでもそんな私の家と王家を繋げさせたくないと、考えられているのだろう。


 ……それに、先程からよく出てくる“暗殺家”というのは、この国には闇社会の中で沢山いることが有名で、それらを頼って秘密裏に、自らの手を汚さず、権力のある家を潰そうとする貴族が多いらしい。




(……本当、物騒な世の中)




 私は深くため息をつく。




「……お嬢様。 真面目にお考えなさらないのであれば、この話はなかったことに致しますが」




 レオの氷点下並みの辛辣な言葉に、私は慌てて首を振り、「ちょ、ちょっと待って! 今考えるから」と頭に手を当てて考える。



(……といっても、まだ何も思いつかないのよね。 私とレオが恋仲(仮)になった設定が、どう周りに影響するかを見ないと動きようがないし……、やはり、私とレオが親密な雰囲気を醸した時の周りの反応を伺ってから、今後の動き方を決めるのが一番手っ取り早いわね)




「……よし、決めたわ!」

「……何を?」




 レオはやる気のない目で私を見る。 そして私はそんなレオに向かってにっこりと笑みを作って、一つ目の作戦を説明するべく口を開く。




「まず一つ目は……、“イチャイチャ大作戦”よ!!」

「……はぁ?」




 レオは思いっきり失礼極まりない声を出す。 私が思わずムッとすれば、レオはコホンと態とらしく咳払いした後、軽く会釈をして言った。



「申し訳ございません、あまりにもお嬢様の導き出した答えがお粗末なものでしたので、つい」

「ちょっと! それはどういう意味よ!」

「で、私は何をすれば?」



 レオはさっさと話題を変える。 私はカチンときながらも、「まぁ良いわ」と考え出した案をレオに言う。




「来週、王家主催の夜会があるでしょう?」




 そう、来週は王家主催のパーティーがあるのだ。 それも、婚約者候補の中から有力候補を抜粋して他の方々を候補から外す、といういわば婚約者候補の方々の戦場のようなものが。



(そんなことをしないで、さっさと決めて欲しいものだわ)



 ……まあ、エドワード殿下の立場からしたら、候補の方々は皆、暗殺家を雇ったりするかその逆に命を狙われたりもしているから、慎重にならざるを得ないのだろうけれど。

 そのお陰で私が今一番の標的になっていることも、配慮して欲しいものだわ。



(……あ、一応この国で一番の剣の使い手といっても良いほどのレオを、私に仕えさせてくれた時点で配慮はしている、のかしら……)



 話を戻して、レオは私の言葉に、「はい」と頷いた。 私はそれを見て説明を続ける。



「その夜会は貴方もご存知の通り、婚約者候補を含めた多くの方々が参加するわ。

 ……そこに私とレオが、“親密な関係”を演じたら、皆はどう受け取るか。

 それを確かめてみたいの」

「……はぁ、なるほど。 つまり、仮にもお嬢様と私の仲が親密なことを見せつけたら、周りがどう反応するかを見て、お嬢様は今後の方針をお決めになりたいと、そういうお考えですね?」



 私はその言葉に少し驚きつつ、「えぇ」と頷いて見せれば、レオは少し考え込むような素振りを見せた後、「分かりました」と頷いた。



(……それにしても、良く私の考えていることが分かったわね)




 私の考えていた作戦の裏を、レオはピタリと言い当ててみせた。

 ……流石、勘が鋭いというか、何でもお見通しというか。

 たまにレオが、怖いと感じたりもする。 ……怖いというより、何というか、絶対敵にしたくないようなタイプだ。




「……お嬢様、その代わり一つ、頼みごとがあるのですが宜しいでしょうか?」

「? ものによるけれど……何?」




 私の言葉に、レオは突然私の手を取る。



「!?」



 少し近づいた距離に驚いていると、レオの瞳が私を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。



「お嬢様……いえ、ジュリア様、当日のエスコートは私めにお任せ下さい。

 そして呉々も、私の側を離れないで下さい」




 レオはじっと私を見つめて言う。

 私は何だか、少しだけ胸の奥がこそばゆい気持ちになって、あまりレオの顔を直視出来ず黙って頷いた。

 それに少しだけ安堵したような息を漏らしたレオが手を離し、チラッと私の前に置いておいた紅茶が入ったティーカップに目を走らせると、それを取って告げた。



「紅茶が冷めてしまいましたので、淹れ直して参ります」

「! ……え、えぇ、お願いするわ」




 レオはそう言って軽く胸に手を当て会釈をすると、そのティーカップをトレーに乗せ、トレーごと持ち、部屋を出て行った。




 私は何となく、レオに握られた手の温もりが残っている気がして、何故だか落ち着かない気持ちになってしまうのだった。

 




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