18.従者の情報収集
それから数日後。
夕食を済ませた私は、特にすることもなく本を読んで時間を過ごしていた。
「……ふぅ」
読みかけの本を置き、一息ついた私はそういえば、と口を開いた。
「……あれから、エイミー様のことはどうなったのかしら?」
侵入者が現れた、という情報以来、何も私の耳には入ってきてはいない。
……恐らく、耳に入らないということは、情報が掴めていないか、私を巻き込まないようにお父様とレオが口裏を合わせているかのどちらかだろう。
(……それにしても、気になるわよね)
彼女の表情に翳りが見えたのはどうしてなのか。
別れ際、何を言おうとしていたのか。
その件はずっと心の中に引っかかっているのだが。
「……聞いてみようかしら」
ダメで元々。 聞いてみるしかない。
(レオは隣の部屋にいるかしら)
思い立ったらすぐに行動。
私は読みかけの本をそのままに、隣の部屋にいるであろうレオの元へ訪れた。
☆
「急に如何なさいましたか?」
私が尋ねてくるなんて珍しいと、レオは少し驚いたように言った。
私はそんなレオに少し怒ってみせる。
「エイミー様のこと。 貴方なら何らかしらの情報が既に耳に入っているでしょう?
侵入者の件といい、シーラン侯の噂といい。 沢山調べなければいけないと言っていたのだから、何か一つくらいは分かっていることもあるでしょう?」
「……」
レオはそれに対して何も言わなかった。
私はもう一度怒ってみせる。
「……私だって、心配なの。 エイミー様のこと。
あの時私に彼女が何を言おうとしたのかも、侵入者がどうして彼女の家に入ったのかも。
教えてくれるまでここから出ないわ」
そう私が言って見せれば、レオははぁっと息を吐き、向かいの席に腰をかけて口を開く。
「……本当、貴方様は昔から頑固と言いますか、私達の意図は決して汲み取っては頂けませんよね」
「私はただ守られてるだけは嫌いなタチなの。
それにこの性格は、亡きお母様譲りなのだから、お父様だってご存知の筈よ」
「……そうですか」
レオは何故か少し黙り込んでしまう。
(……私のお母様のこと、気にしているのかしら? それは余計な心配なのに)
彼はいつも、私が母の話をするとすぐに心配そうな顔をする。
……あのクールな彼が、その話をするときだけ表情が一瞬崩れるのだ。
彼のその表情は、何故か私の方が胸が痛くなるからやめて欲しいのに。
「ま、まあそんなことより。
エイミー様のこと、知っている限り……、いえ、私に話せる範疇だけでも良いから教えて欲しいの」
お願い、と私が訴えれば、レオは一瞬喉を詰まらせ……、こほんと咳払いをして言う。
「……本当、お嬢様には敵いませんね。 旦那様の心配をよそに、貴女様はすぐに危険なことに首を突っ込もうとする」
「!? やっぱり、エイミー様の御一家の裏には、危険が渦巻いているのね」
私の言葉に、レオは黙って頷いた。
「……お嬢様。 これからお話しすることは、他言無用です。 決して、口外しませんよう」
「えぇ、勿論。 約束するわ」
私の言葉にレオは頷き、ゆっくりと口を開く。
「エイミー様の周囲を調べ……、まず分かったことは、彼女の叔父であるシーラン侯爵は、彼女を疎ましがっている可能性が高いと言うことです」
「!? 彼女を、疎ましがっている……?」
思わず反芻してそういえば、レオは頷いた。
「えぇ。 シーラン侯爵は、エイミー様に対してあまり良い感情をお持ちになっていないようです」
「それは、どうして」
「さぁ。そこまではまだ分かりませんが、粗方検討はつきます。
彼女は当然ながら亡き元シーラン侯爵様の娘です。 次の跡取りは彼女の筈ですが、現当主である代理の叔父にも今は幼い息子がいらっしゃいます」
「! ……彼女を、跡取りにはさせたくないからってこと?」
私の言葉に、レオは憶測ではありますが、と頷いた。
私もその考えに賛同する。
「確かに、それが一番しっくりくるわ。
……それに、そうやって家の中で疎ましがられていたら、エイミー様の表情に曇りが見えるのも頷けるわよね」
「えぇ。 ……しかし、問題はそこからです」
レオはいつになく難しい顔をして言った。
「シーラン侯爵の悪事などが分かっていても、彼の方が“闇社会”で行なっていることの尻尾が掴めないのです」
「闇社会……」
レオが言う闇社会とは、裏社会のこと。
その名の通り、裏社会は闇そのもので、政界を金で牛耳っている者や暗殺家業の者達が蔓延っているような社会のこと。
何処の国でもそのような闇があるとはいえど、この国では“暗殺家業”が数多ある。
思い通りにならなかったらすぐ、その者達に手を染めるものも少なからずいるから、闇社会は一向に消えない。
「……闇社会でシーラン侯爵は、一切証拠を残さないということね。 それでは確かに、幾ら王族のエドでも動けないわよね」
「えぇ、仰る通りです」
レオはそう言って頷き、少し息をつく。 その様子から見るに、きっとレオも私の護衛以外の時間で動いているのだろう。
(情報収集を得意としているレオにさえ、シーラン侯の悪事を暴けないなんて相当厄介ね……)
「それに、シーラン侯爵邸に侵入した人もまだ見つかっていない、ということでしょう?」
「……あぁ、それは」
レオは少し目を見開いた後、またいつもの無表情……より幾分か少し笑みを浮かべながら言った。
「それなら、お嬢様の心配は無用に思います」
「……まさか、貴方何か知って」
「まあ、その件については粗方見当は付いておりますよ。 ……エイミー様の部屋に侵入し、エイミー様が無傷の時点で、犯人はすぐにわかりますよ」
「??」
(え、どうしてそれだけで分かるの?
……というか、侵入者がエイミー様の部屋に入ったなんて情報は聞いてな)
「そんなことよりお嬢様。 今何時だと思っているのです」
「? ……あら、もうこんな時間なの!?」
壁にかかっていた柱時計を見れば、とっくに夜の21時を回っていた。
「……はぁ。 全く。 貴方は何度言わせれば気が済むのです。 好い加減、自覚して下さい」
「自覚って……っ」
口を開いたその途端、レオの端整な顔が目の前にあって息が止まりそうになる。
椅子に座っていた私は退こうとしたけど、レオはそれを阻むようにトンッと両手をソファについた。
……要するに、逃れることが出来なかった。
そんな至近距離の状態のまま動けずにいると、レオは真正面から私をじっと見つめて言った。
「こういうことです」
「〜〜〜!?」
“こういうこと”。 言われなくても分かってしまった私に、レオはすっと体を退けてドアの方へ歩く。
「ほら、お分かりになったのなら、早く部屋に戻って仕度をして寝て下さい。
……お嬢様?」
「っ」
レオにそう呼ばれるまで、私は椅子に座ったままの状態で固まってしまっていた。
そしてようやく我に返った私はすくっと立ち上がると、足早に歩き……、ドアを出た所でクルッと振り返ると、レオに言った。
「……バカ」
「!」
私はそう捨て台詞のように吐いてから、今度は自分の部屋へと猛ダッシュしたのだった。
((さっき/今のは……))
「「反則よ/ですよ……」」
本当に遅くなってしまいすみません…!
作者休みが終わり多忙なため、亀更新が暫く続きそうです…><申し訳ございません。
把握のほど、宜しくお願い致します。




