15.違和感
オリアーナ様と別れ、私もレオと共に馬車に乗り込もうとしたその時、パタパタと走ってくる足音が聞こえてきた。
見れば、それはエイミー様だった。
エイミー様は私に向かって走り寄ってくると、慌てたように言った。
「ご、ごめんな、さい、急に、呼び止めて、しまって」
「いえ、私は大丈夫だけど……、エイミー様、少し休みましょうか?」
私は馬車から一旦降り、近くにあったベンチに座るよう促す。
エイミー様は腰を下ろすと、そのベンチの隣に私も座るよう促してくれた。
レオは何か言いたげだったけれど、私は大丈夫、と小声で言い、エイミー様の隣に座った。
「……落ち着いたかしら?」
エイミー様の息遣いを確認しそう問えば、エイミー様は「はい、お陰様で」と朗らかな笑みを浮かべて言った。
「それで、私に何か用がおありだったの?」
「はい、先程のカップの件で、謝りたいと思って」
エイミー様は深々と頭を下げる。
私は慌てて言った。
「え、エイミー様、お顔をお上げになって。
私は気にしていないわ。
それに、わざわざその後、すぐに変えて下さったのだから、お礼を言うのはこちらの方だわ。
有難う」
「!」
その言葉に、エイミー様は少し……、複雑そうな顔をしたものの、「いえ」と笑ってみせた。
(……?)
先程から感じる違和感が気になってしまう私だったが、そんな私には気が付いていないようで、エイミー様は少し考えるような素振りをした後、やがて意を決したように「あの」と口を開いた。
丁度その時、チリンと遠くで鈴の音が鳴ったのが私の耳に届いた。
その瞬間、エイミー様の表情が凍りついたのを、私は見逃さなかった。
「……エイミー様?」
「っ! ……い、今の鈴は叔父様が私を呼んでいる合図です。 ご心配には及びません」
そう言ってベンチから立つと、もう一度私に向かって頭を下げた。
「すみません。 こちらで失礼させて頂きますね」
「え、えぇ。
あ、今日はとても楽しかったわ。 お招き有難う」
その言葉に、エイミー様は嬉しそうに笑い、「こちらこそ」と言って行ってしまった。
珍しく走って屋敷に戻るエイミー様の後ろ姿をなんとなく目で追い、その後レオを見れば、レオもエイミー様の後ろ姿をじっと見ていた。
私はベンチから立ち上がると、そんなレオに向かって声をかける。
「……レオ、行きましょう」
「はい、お嬢様」
そう言って今度こそ、馬車に乗り込み、帰路に着いたのだった。
☆
「……やっぱり、何か引っかかるわね」
私がそう顎に手を当ててそう言えば、レオも頷く。
「お嬢様も、そう思われますか」
「えぇ。 ……エイミー様、何処か今日は様子がおかしかった気がするわ」
お茶会中も、先程呼び止められた時も。
談笑中は一切見受けられなかったのに、ふとした瞬間に見せる悲しげな表情や戸惑うような表情。
あれは一体、何を物語っているのだろうか……。
「……今まではそんなこと、あまりなかったはずなのだけれど」
「……調べてみますか?」
レオの言葉に、私は頷く。
「えぇ。 ……何となく、他人事ではないと思うの。
……私の思い過ごしなら良いのだけれど」
「……」
私の呟きに対し、レオは何も言わずに窓の外に目を向ける。
(……レオも、今の時点では分からないようだものね)
彼で分からなかったら、私にも分からないことだろう。
とりあえず調べられるところまで調べてもらって、そこからどうすべきか考えなくては。
(……それにしても、あのオリアーナ様まで私と同じように、婚約者になるために残ったのではないと知った時は驚いたわ)
オリアーナ様は、レオの先輩にあたる従者の方に恋をした。
そして、結婚したいと思っている。
(……なら、私は?)
「……ねぇ、レオ」
「? はい、何でしょう」
私は、さっきから疑問に思っていたことを口にする。
「先程、オリアーナ様とお話をしている時に言われたの。
“貴女も、いずれ私と同じ道を辿ることになる”って。 あれは、どう言う意味かしら……って、レオ、どうしたの」
何だかレオの様子がおかしいことに気が付き首を傾げれば、レオは深くため息を吐いて前髪をかきあげて言った。
「……それは、自分でお考えになった方がよろしいかと」
「!? 貴方、分かるの!?」
これだけの内容ですごい!と拍手をする私に、レオは「貴女は時々残酷な方ですよね」と何故だか口にし、続けて言った。
「それにしても、貴女方は一体何のお話をされていたのです。
……というか、その口振りからしてまさか、私とお嬢様と付き合っているのは“フリ”だと、バレたのではないでしょうね?」
「……あ」
そういえば、そんなニュアンスだったような……。
私の顔を見て確信したレオは、先ほどより長いため息を吐いて言った。
「……次にもしバレたら、恋人のフリの件は即終了に致しますからね」
「え!?」
……やっぱりレオは、私に対して手厳しすぎると思うの私だった。
(エイミー視点)
「お、お呼び、でしょうか?」
叔父様に呼ばれ、慌てて部屋に向かえば、腕組みをしていつにも増して怖い顔で私を睨む叔父様に背筋が凍りつく。
「お呼びでしょうか、ではない!
呼ばれたら早く来いといつも言っているだろう!」
「も、申し訳ございません」
私がそう謝れば、叔父様は苛立ったように言った。
「全く、お前は本当に使えない。
……後もう少しで、あの憎い奴の娘を始末することが出来たのに」
「……っ」
忌々しげにそう語る叔父様に、私は返す言葉がなく思わず俯いてしまう。
それに気付いた叔父様が私を睨みつけて言った。
「何だ、何か文句でもあるのか?」
「い、いえ……」
そう言った私に、叔父様は私にに近づいてくると、胸倉を掴んで怒鳴った。
「良いか!? 今度私の邪魔をしたらただでは済まさないからな……!」
「っ! は、はい」
そう返事をしてようやく解放された私は、自室……とは言っても、前とは違い暗い廊下を進んだ隅の部屋に入ると、バタンとドアを閉め、ベッドにそのまま横になった。
「……っ」
(このまま叔父様のすることを、黙って見ていろと言うの……?)
私はベッドのシーツを握りしめ、唇を噛む。
(……それでも、私には止めることは出来ない……)
私には、味方が誰もいない。
ここから……、この家から、私は抜け出すことが出来ない。
「……誰か……、助けて……っ」
そんな私の叫びは、虚しく夜の闇に溶けていった。




