12.従者の推察
ケーキを食べ終え暫く談笑をしてから、私はお化粧室へ行くと言って席を立った。
私の案内にメイドさん二人が付き添いで来てくれた。
(でもこれでは、レオと話せないかも)
お化粧室を理由に退出したのは、レオと話す為だったのだが……、これでは無理そうだ。
諦めてお手洗いに行った後廊下を出れば、そこにいたのは私の従者一人だけだった。
「! あら? 付き添ってくれた方々は?」
「私が付いているから大丈夫だと説得致しました」
「……なるほど」
流石はレオ。 きっとメイド二人もこの人にメロメロになって従ったんだろう。
(そうでなければきっと、私の監視を命じられているに違いないもの)
「……それで? さっきは何故、私に話しかけてきたの?」
そんな私の言葉に対し、レオは視線を何処かに走らせてから、私の腰に手を回す。
へ、と近付いた距離に驚いていると、レオは私に耳打ちした。
「……私達の会話が聞かれる可能性がありますので、一旦外に出ます。 それまでこのままで居てください」
「え、えぇ……」
(……誰か、居たのかしら)
気が付かなかった。 ここにいては、私達は何処からでも監視されているということだろうか。
チラッとレオを見上げれば、何事もないように平然と歩くレオに、何故だか落ち着かない気持ちになる。
(……どうしてこんな密着した状態で平然としていられるのかしら)
腰に回った腕には力がこもっているのを感じ、私は余計にレオを意識してしまう。
(……いや、少し距離が近いだけよね、うん。
それに、彼と踊っているときだって距離は近いじゃない。 それと同じ、よ)
そう高鳴る心に言い聞かせたのだった。
☆
レオは何故か、この場所をまるで知っているかのように歩き続け、辿り着いた場所は薔薇園から死角になっている場所だった。
そこでレオは立ち止まり、私から離れると息をついた。
「ここならきっと大丈夫でしょう」
「……貴方、この場所を知っているの?」
何気なく聞いたつもりだったが、レオは少し驚いたような目をして私に聞いた。
「何故、そのようなことを?」
「いえ、何と無くよ。 まるでここを知っているように歩いていたから」
「……事前に、この家の敷地内を調べておきましたから。
貴女も見たでしょう、エイミー様の情報欄」
「……そういえば、書いてあった気がするわ」
エイミー様の情報欄の中に、シーラン侯爵家の見取り図が書いてあったような気もする。
……見過ごしていたが。
「……貴女、まさかまだこの期に及んで“地図が苦手”とか仰るんですか」
「っ、だ、だって仕方ないじゃない。 私、本当に極度の方向音痴だもの」
私の返答に、レオはため息をついた。
「……お嬢様。 敵地に向かうと仰っておりましたが、その敵地に向かう時に必要なのは、最悪の場合を考えることですよ。
緊急時の避難口や出口は、いつでも把握していらっしゃらないと」
「こ、今後は気をつけるわ! ……そ、それよりさっきの話の続きをして」
レオはその言葉に、「上手くはぐらかせたような気がしますけど」と文句を言いつつも口を開いた。
「……先程お声をかけさせて頂いた理由は、二杯目の紅茶に毒が仕込まれていないかを確認させて頂く為です。 ティーカップのひびの件は、不自然だと思ったので。
……それに、これは私の見解ですが、エイミー様はもしかしたら、一杯目を貴女様に飲ませたくなくて、わざと下げさせたのかもしれません」
「ひびが入っていたから、というのは口実ってわけね?」
私の言葉に、レオは頷く。
「えぇ。 それに、普通ならば食器の点検は充分に行い、ひびが入っているようなものなどは一切出さずに処分するはずです。
……それを、わざわざお嬢様の食器に選んだ」
そのレオの言葉に、私はハッとして答える。
「一杯目は、毒入りだった、ということ?」
「えぇ、おそらく」
「え、でも一杯目の時は毒味をして下さったわよね? 毒を入れることは不可能なんじゃ……」
私の言葉に、レオは首を横に振った。
「いえ、可能ですよ。 毒は何も、溶かすものだけではありません。
カップに元々つけておくことも可能ですから」
「! ……なるほど」
(……そこまで巧妙にされていたら、気が付かないわ。 エイミー様やレオが居なかったら、今頃私は……)
「……有難う、レオ」
「いえ。 ……それに、エイミー様がいらっしゃらなかったら、お嬢様を助けることが出来なかったかもしれません」
「!」
そういったレオの表情は、悲痛に満ちていて。
私は思わずレオの頰に手を伸ばした。
そしてハッとしたように顔を上げるレオに向かって口を開く。
「……いえ、私は貴方が居てくれるから心強いわ。 これからも、側で私を支えて頂戴」
「!」
レオがじっと私を見つめる。
私は少し恥ずかしくなってふっと伸ばした手を引っ込めると、踵を返す。
「そ、そろそろ行かないと。 皆様が心配するわ」
「……ジュリア様」
「え?」
そうレオに呼び止められ、私が振り返ろうとした瞬間、ふわっと暖かな温もりとともに仄かなローズの香りが鼻を擽る。
……それは、レオが私を後ろから抱きしめたからだった。
「……レ、オ……?」
「っ、申し訳ございません」
私が名を呼べば、レオはパッとその手を退かす。
驚いてレオを見上げれば、レオは少し頰を紅潮させていた。
「……!」
見たことのないレオの表情に、私は思わず凝視してしまうと、レオは怒ったように言う。
「お、お嬢様! 早く行ってください」
「は、はい」
私は素直に返事をしてそのまま薔薇園へと足を向ける。
(……いや、早く行ってくださいって引き止めたのはレオの方よね?)
そう思う私の頰も、レオよりも紅潮しているだろうことに気付き、私は頰を冷まそうとぶんぶんと思い切り首を横に振ってみたのだった。




