10.従者と殿下の約束
「……お嬢様」
「? 何?」
朝。 いつもより少し遅れて起きた私に、レオは怒ったように言った。
「一体いつまで起きていらっしゃったのです? 目の下に隈が出来ているのですが……?」
「ひっ……! い、いや、ちょっとね。
少し、いつもより眠りが浅くて……」
「浅くて、ではありませんよ。 貴女の部屋から夜遅くまで光が漏れていたことはお見通しです。
……全く、お嬢様が夜更かしをしていらっしゃると知ったら、旦那様に何と言われるか……」
「お、お父様には言わないで頂戴!」
というか、お父様が過保護すぎるだけよ!
それに、何故レオは私が遅くまで起きていたことを知っているの……!
「……はぁ。 “作戦会議”とやらも、程々にして下さいよ。
はい、お嬢様に頼まれていた件、まとめておきました」
「! あ、貴方こそ、これ頼んだの数日前よね!? もう出来たの?」
「これくらい朝飯前です」
何とでもない、と平然と言うレオに、私は恐ろしいと内心思ってしまう。
(いや、レオは仕事が早いとは常日頃から思っているけれど、彼、私の護衛だけでも大変なのに、いつも動き回っていると言うか仕事しているわよね……? この人の体、一体幾つあるのよ!?)
「? お嬢様?」
「う、ううん! 何でもないわ。有難う。
早速、目を通させてもらうわ」
私はパラパラっとその紙をめくる。
そして、レオに向かって口を開いた。
「っ……本当、凄いわね。 貴方、この情報網何処から手に入れたの?」
「それは秘密です。 ……それに、私が一番得意なのは、“情報取集”ですから」
「!」
(……お、お嬢様方からの情報より、レオの方がずっと情報収集に長けているのではないかしら……)
「? お嬢様?」
「な、何でもないわ」
レオは首を傾げながらも、旦那様に呼ばれていると言って出て行った。
私はもう一度、紙の束に目を通す。
「……本当に、レオは恐ろしいと言うか、絶対に敵に回したくないタイプね」
頭が切れすぎだわ、と感心しながら、私は紙にこれでもかと書かれた文字に目を通していくのだった。
☆
「なーに読んでいるの?」
「わっ!?」
突然不意に声をかけられ、私は驚きのあまり声を上げる。
そして視線を向けた先には、いつものようににこやかな笑みを浮かべるエドの姿が。
「……お、驚いた。 驚かさないでと言っているでしょう、全く」
「いや、ごめん。 ちゃんとノックはしたんだけど、反応がなくて勝手に入ってきちゃった」
「……勝手に入ってきちゃったって貴方ねぇ……」
その時、バタンッとドアが開く。
「あら、レオ」
「……またここに居らっしゃったのですね、エドワード殿下」
そう明らかに怒っているレオ。
……最早、何度目か分からないこのやりとりに、私は呆れて口を開いた。
「今いらっしゃったわ。 レオも大変ね」
「そんな、人をお荷物みたいに。
俺はただ、婚約者候補に絞られてから変わりないかなーと思ってこうして顔を見にきたのに」
「それならしっかりと、旦那様にお嬢様とお会いになる旨を、伝えてからにして頂けないでしょうか……?」
(はは……レオ、完全に怒ってるわね)
これにはエドも引きつり笑いを浮かべ、話を逸らそうと私の手の中にあった書類を覗き込んできた。
「そ、それよりジュリア、何をそんなに熱心に読んでいたの?」
「あぁ、これ? これは、レオに頼んでいた、貴方の婚約者候補に残った御令嬢方の情報よ」
「え、そんなこと頼んでたの!?」
驚いたように言うエドに、私はため息をついて言った。
「だって、今度あのシーラン侯の家でお茶会があるのよ? そこにお呼ばれしたお嬢様方は、エイミー様を入れて10人。
……つまり、貴方の婚約者候補に選ばれた御令嬢方だけなのよ」
「っ、え!? シーラン侯の家でお茶会!?」
「あら、知らなかったの?」
てっきり、レオに聞いているかと思った。
エドはレオに少し掴みかかるように言う。
「っ、どうして教えなかった!?」
「言いましたけど。 ……殿下、まさか覚えていらっしゃらないのですか?」
「……き、聞き流していたのか……」
エドが頭を抱えたのを見て、私は「まあまあ」と言葉を発する。
「大丈夫よ。 常にレオには、私のそばに控えてくれるようお願いしたし。
レオがいれば安全でしょう?」
「「!」」
「? 二人とも?」
同時に顔を見合わせたレオとエドに、私は首をかしげる。
すると、レオはそっぽを向き、エドは笑い出した。
「……何、私面白いことを言ったかしら?」
「いや、レオ、頼りにされてるなぁって」
「……五月蝿いですよ、エドワード殿下。
お嬢様、お気になさいませんよう」
「は、はぁ」
よく分からないが、私が笑われたわけではない(?)ようなので、ここはスルーしておこう。
そう判断し、私は再度お嬢様方の情報に目を通す。
そして、エドも一頻り笑い終えた後、私の手元に視線を落として言った。
私はその視線に気付き、何となくその紙の束を隠す。
「? 何故隠すの?」
「これは女性間の秘密よ。 殿下には字の情報より、きちんとその目でお嬢様方の中から、婚約者を決めて頂かないとね」
「その通りですよ、殿下」
私の言葉にレオは頷き、エドの腕をがっちりホールドする。
え、と私とエドが驚いている間に、レオはズルズルとエドを戸まで引っ張っていく。
そして、エドを扉から出し、一旦戸を閉めると、クルッと私を振り返って言った。
「……お嬢様。 たとえエドワード殿下といえど、二人きりにならないで下さいね?」
そう有無を言わさない笑みを浮かべられ、私は昨日レオに言われたことを思い出す。
そして、パタンと言うだけ言って締められた扉に向かって、私は思わずクッションを投げつけて言った。
「〜〜〜今日のは不可抗力よ……!」
☆
(レオン視点)
「……本当に、シーラン侯の元へ行くのか?」
エドワード殿下にそう問われ、俺は頷く。
「あぁ。 ジュリア様が、それをお望みだから」
『……貴方、私がここで黙って大人しくしていたとして、現状が変わると思う?』
『これが挑戦状と言うのなら、受けて立つわよ。 レオ、付いてきてくれるでしょう?』
「……っ、はは、ジュリアらしいな」
「俺もそう思う」
エドのその言葉に、俺も同意する。
すると、エドは驚いたように俺を見て言った。
「レオ、最近笑うようになったよね」
「っ、は?」
エドの予期せぬ言葉に、今度は俺が驚く番で。
……笑っている? 俺が?
「……え、その顔、まさか無意識?」
俺は黙って頷けば、エドはくすくすと笑う。
「そうか。 ……何か、寂しいなぁ」
「は?」
エドは再度笑った後、「いや、何でもない」と言ってから、ふっと真剣な表情になった。
「……何度も言うようだけど、伝えておく。
婚約者候補を絞った今、ジュリアに矛先が向いているのは確かなことだと思う。
君も知っての通り、良からぬ噂が横行している。
……シーラン侯の家で何が起きるか分からない。 君もジュリアも、用心するように」
「! ……はい、決して、ジュリア様には指一本触れさせません」
そう俺が口にすれば、エドは少し驚いたような顔をした後、俺の肩に手を置いて口を開いた。
「馬鹿、お前もだ。 ……絶対に、無茶なことはするなよ」
「……お任せを」
そう言い残して、エドを乗せた馬車は発車する。
「……ジュリア様を守るためなら、形振りなんて構っていられるものか」
俺は小さくなっていく馬車に向かってそう呟き、自分の胸に手を当ててお辞儀をした。
(……必ず、ジュリア様を守ってみせる)




