9.茶会への招待
「え、エイミー様の家でお茶会を?」
「はい」
あのパーティーの日から数日後の昼下がり、彼……レオが、私に招待状を差し出しながら言った。
「どう致しますか?」
「どう致しますかって?」
私の言葉に、レオは少しため息を吐いて言った。
「……最近のシーラン侯の噂で、あまり良い噂を聞きません。
お嬢様には申し上げ難いですが、貴女様が命を狙われているのは事実です。 それでも、その招待をお受けになるのですか?」
「……そうね」
私は椅子から立ち上がると、窓の外を眺めながら言った。
「……貴方、私がここで黙って大人しくしていたとして、現状が変わると思う?」
「変わりませんね」
「あら、分かっているじゃない」
私はにっこりと笑ってもう一度、机の上に置かれた招待状を手に取ると、レオに差し出しながら真っ直ぐに言った。
「これが挑戦状と言うのなら、受けて立つわよ。 レオ、付いてきてくれるでしょう?」
「……ふふ、それでこそお嬢様」
レオが私を見てふっと悪戯っぽく笑う。
私はそれに少しハッとするけれど、慌てて淑女の仮面を被って言った。
「当日のエスコート、宜しくね」
「はい、承知致しました」
レオがその招待状を手に、部屋を立ち去っていく。
入れ替わりに侍女がヒョコッと顔を出して言った。
「お嬢様、そろそろティータイムのお時間ですが」
「っ、えぇ。 お願いするわ」
「はい、畏まりました」
そう言って再度、バタンと戸が閉じるのを確認して、私ははぁーっと長くため息を吐いた。
そして、少し火照った顔に手を当てる。
(……レオ、最近笑うようになった……?)
美形の笑顔は心臓に悪い。
だからきっと、こんなにドキドキしているんだと、そう未だに胸が高鳴っているわけを結論づけたのだった。
☆
「さて、今回はどうしようかしら」
エイミー様主催のお茶会に招かれたのだ、この前より気を引き締めて作戦を練らないと。
そう考えた私は、夜、職務を終えたレオを呼んで作戦会議を開いた。
レオは温かいホットミルクを私に差し出してくれながら、私の向かいのソファに座った。
「……結局、この前はあの方のせいで、お嬢様はそれどころではなかったですからね」
「ははは……、ま、まあエドも仕方なかったのではないかしら。
流石に絞らないと、彼もお嬢様方の相手から何から大変だったでしょうし」
「全く、早く決めてほしいものです」
そう言いながら、彼はブラックコーヒーを口にした。
(……レオだって、エドと同じ歳よね?
そろそろ、縁談の一つや二つ、来ているのではないかしら)
「レオは、結婚する気は無いの?」
「っ、は、はぁ!?」
レオは予想外だったのか、むせる前に慌てて口に含んだコーヒーを飲み込み、驚いたように私を見る。
これには私も驚いて口を開く。
「ごめんなさい、 驚かせるつもりはなかったの。 だけど、貴方ももうエドと同じ歳でしょう?
そろそろ、グラント家の方にお話が行っているのではないかなぁと……あら」
「……そのお話は今はやめて頂けますか」
レオの顔が完全に殺気立っているのを感じ、私は内心ビクッと震える。
(……粗方、お父様とやりあっているところね。 それと、こういう話は彼にとって地雷、と)
「ごめんなさいね。 少し気になってしまったから聞いてしまったけれど……、今のは忘れて」
レオは深くため息をつき、再度コーヒーを飲んだ。
(……本当、レオは昔からこういう恋愛話とかそういったものが嫌いというか、嫌がるのよね。 興味がないのかしら?)
レオはモテるが、あまり女性と話している姿を見たことがない。
女性嫌いなのだろうか。
(だから私にも冷たいのかしら?)
なんて考えていると、レオは怒ったように口を開く。
「お嬢様。 眠いようでしたらお暇致しますが」
「ね、眠くないわ! そ、そうよね、作戦を考えないと」
私はんー、と少し間を置いて考える。
(この前のパーティーでは、レオと私が恋仲のフリをしたら、お嬢様方は卒倒されるか睨まれるか羨望の眼差しか、のどれかだったわね。
……羨望の眼差しはまあ置いておいて、また敵を作ってしまったことには変わりはない、と)
主にエドよりレオ派の方々が、とチラッとレオを盗み見てから再度考える。
(……なら、一旦レオと距離を置いて、私達に関しての噂や評判がどう広まっているか、他の御令嬢方にそれとなく聞いてみようかしら。
それと、エイミー様にも良い機会だから、この前のお話の続きも兼ねて、彼女がどう思っているのか聞きたいわね)
「……決めた。 今回は、“情報収集作戦”よ!」
「情報収集?」
「えぇ。 ……貴方は知らないと思うけれど、女性間の噂話や情報網は、計り知れないのよ……!」
「は、はぁ」
レオはついていけない、というような口ぶりで返答する。
私はそれににっこりと笑って言った。
「まあ、今回は私に任せて。
貴方は当日のエスコート、それからなるべく私のそばで護衛してくれるだけで良いわ。
……あっ、この前みたいな謎の演技は禁止ね!」
「謎の演技、とはこういうことですか?」
「へ?」
レオは突然立ち上がると、机を挟んで座っている私に手を伸ばし……、何を思ったか、私の髪を手に取り、チュッと口付けを落としたのだ。
「〜〜〜!?」
「……ジュリア様にはまだ、刺激が強かったでしょうか?」
「っ、貴方ね! 人をからかうのも良い加減に……!」
そこで私の言葉が途切れる。
それは、レオが私の口を手で塞いだからで。
そしてレオは、至近距離で私の目を真っ直ぐと見て言った。
「お嬢様だって、人をからかっていてはいけませんよ」
「か、からかうって、何を……っ、いだっ」
レオはあろうことか、突然私の額にデコピンをしたのだ。
軽くとはいえ、主人に向かって何てことをしてくれるのだ、と私は怒ろうとしたら、それより早くレオが言った。
「貴女様が悪いのです。 一体今何時だと思っているのですか。
こんな夜遅くに男を部屋に入れる意味……、貴女なら分かるでしょう?」
「っ!!!」
私はレオの言っていることを察し、言葉を失ってしまう。
そんな私に、レオは「分かってくれれば良いんです」と言いながら立ち上がると、会釈をしてその去り際に一言、本当に小さな声で言った。
「……私以外の男と、部屋に二人きりになんてならないで下さいね」
「!? え、ちょ……!」
私が呼び止める前に、バタンッと扉が閉まる。
私は声にならない悲鳴をあげながら、ソファに寝転がった。
(っ、な、なんて心臓に悪い……! レオはいつからあんなに、キザになったの!?!?)
あんなレオ、今までに見たことがない。
(こ、恋人役だからそれが効いているのかしら? いや、でもそこまでするのかしら?
あーでも、レオに限ってそういうお役目とか、全うするタイプだから……ってもう、何でレオにこんなに振り回されなくてはならないの……!)
私がこんなでは、作戦どころではなくなってしまう。
私は首を左右に振ると、お茶会のことだけを考えようと、淹れてもらったホットミルクを飲みながら、夜遅くまで作戦を練ったのだった。




