0.プロローグ
(……よし、誰もいないわね)
煌びやかな会場とは打って変わり、点々と蝋燭の光が照らし出す薄暗い廊下の先に誰もいないことを確認した私は、思いっきり伸びをした。
「ん〜〜〜っ! はぁ、疲れた〜……」
私の名はジュリア・リーヴィス。
リーヴィス侯爵家の一人娘である。
今日はそんな私の誕生日が開かれているため、さっきまで煌びやかな会場の中心で、お客様……貴族の方々の接待をしていたところだ。
(……とはいっても、毎年毎年、どうにかならないものかしら……)
この国では、跡継ぎの誕生日の度にパーティーを開く、というしきたりというか見栄の張り合いというか、まあそのようなものが最近では続いていた。
……以前はそこまで酷くはなく、普通は家族や身内だけでお祝いをするだけであったのだが。
(今では権力の誇示みたいな“○○家主催のパーティー”というもの自体がもう、私は好きではないわ)
……そうよ、私のことを本当の意味でお祝いしてくれる人なんて、お母様だけだったわ。
(……そのお母様も、今は……)
無意識に、肌身離さずつけているブレスレットに手を添える。
(……ううん、くよくよなんてしてられないわ)
私も今日で18歳。 早く身を固めるための準備をしなければ。
「……あっ、そういえば、レオは何処にいるのかしら?」
レオ……、正式の名はレオン・グラント。
グラント辺境伯家の三男である彼は、今はワケあって4年程前から私の従者兼護衛騎士として仕えてくれている。
無口で無愛想、話すときでさえ辛辣なくせに、矢鱈女性陣にモテる彼。 ……何故なのかさっぱり分からないけれど。
まあそれはともかく、いつもなら私の側から離れない彼が、今日はあまり姿を見かけない。
(……全く、今日の主役でもある主人を置いて何処へ行ったのかしら)
主人に何も言わずに側を離れるだなんて言語道断よね。
(仕方がない、粗方彼の居る場所は分かっているし、文句の一つや二つ言わないと気が済まないわ)
私はドレスの裾を持ち上げると、誰も居ないことを良いことにスタスタと歩き始めたのだった。
☆
さっきも言った通り、レオが居る場所に心当たりはある。
それは、私の側にいる以外は彼が大抵そこにしないからだ。
(……ほらね)
私が向かった先……私の隣の部屋であるレオの部屋からは、明かりが漏れていた。
(? それにしても変ね)
レオの部屋は少しだけドアが開いていた。
いつもなら絶対、そんなことはないはずなのに。
私は不思議に思いながら、部屋に近付いたところで足を止めた。
それは、部屋の中から思わぬ言葉が聞こえてきたからだった。
「なぁ、レオはどっち派?」
(?? どっち派?)
盗み聞きは良くないと分かっていても、何となくその言葉が気になった私は、そっとドアの隙間から中の様子を伺った。
そこにいたのは、白銀の髪の男性の後ろ姿……レオと、何処かで見たことのある、確かレオの友達(?)がいた。
二人は私が見ているとは知らずに、話を続ける。
「俺はジュリア様には悪いけど、やっぱりエイミー様派かな」
(……あっ、なんだ。 その話ね)
エイミー様と私の名が出てきたところで、私は“何派”の意味が分かり、深くため息をついた。
エイミー・シーラン様。
彼女は私と同じ侯爵家の御令嬢の一人で、この国……クウィントン王国の第一王子であるエドワード殿下の婚約者候補である。
ちなみに、私もその内の一人。 そして、それが“派閥”と言われる原因の一つでもある。
それは何故かというと、私達は特に、数多いるエドワード殿下の婚約者候補の中の“最有力候補”と言われているのだ。 家柄だけではなく、私の場合はエドワード殿下の幼馴染(腐れ縁)、そしてエイミー様の場合は美貌でそう言われているのだ。
私はともかく、エイミー様は本当に可愛いらしい方で、周りからもとても評判が良い。
それに対して私は、ただ殿下とは腐れ縁なだけなのに、勝手に最有力候補と噂されているのだ。
(あまり興味がなかったけれど、裏では結構皆言いたい放題なのよね……)
現に今目の前で従者と話をしているこの友達も、普通に話しているのだ。
皆さんお暇なのね、なんて考えていると、その友達の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「まあ、俺はただ、殿下が誰を選ぶか傍観しているだけだけど、お前に一応報告しておくべき噂が流れてきたから伝えておこうと思って」
「……何だ」
相変わらず相槌ですら辛辣に聞こえる従者に思わず苦笑いを浮かべる私の耳に、とんでもない言葉がまた飛び込んできた。
「……リーヴィス候がこれ以上力を伸ばさないようにと、近々エイミー様派の一派が暗殺者を雇うそうだ」
「は?」
(は?)
……あ、危なっ、危うく声が出てしまうところだったわ。 ……代わりにレオが言ってくれたみたいになってしまったけれど。
そんな私を他所に、レオのお友達は言葉を続ける。
「この国では珍しいことではないだろうけど、これからはもっと、ジュリア様のお命が危なくなると思うから、お前も用心した方が良いぞ」
「……」
レオは何も言わなかった。
私もこれ以上聞いてはいけないと判断し、小さく後ずさると、自分の部屋へとそっと向かう。
隣の部屋ではあるけれど、流石にレオの部屋の前を通るのは気が引けたから迂回して、自分の部屋に戻って扉を閉じ、ベッドにダイブして……、叫んだ。
「好きでもない王子の婚約者候補にされただけで殺されてたまるかぁぁぁあああ!!」
この国の人間はすぐに暗殺家に頼んで人を簡単に殺そうとするんだから、本当、物騒な国よね……!
(それに、今までどんな思いで私が、なりたくもない“王子の婚約者候補”になったと思っているのよ……!)
殿下やお父様の手前、下手な真似は出来ない。 だからといって、下手な真似をするつもりはない。
全てはリーヴィス家の為に、辛い淑女修行だってここまで必死に耐えてきたっていうのに……!
(婚約者候補にされたってだけで暗殺!? 絶対に嫌よ!)
「絶対、ぜーったい!! エドワード殿下の婚約者候補なんかやめてやるーー!!」
「お嬢様、何を叫んでいらっしゃるのです」
「!」
ガチャッと、閉めたドアが開き顔を出したのは、さぞ面倒臭そうな顔をしたいつも通りの従者……レオの姿だった。
その姿を見て、私はハッとする。
(……そうだわ! レオに頼めば……!)
「ねねねねね!」
そうと決まれば、とベットから飛び出し、レオに凄い勢いで近付いた私に、珍しくギョッとした顔をしたものの、一瞬で冷え切った瞳で私を見下ろし「何ですか」と答える従者。
いつもなら無礼極まりないと怒るのだが、今日は別。 だって、彼が手伝ってくれなければ出来ないことなんだもの。
「レオ、今日から私の恋人になってくれない!?」
「……はぁ?」
そんな私の言葉から、私と彼との華麗なる(?)“脱婚約者候補作戦”の幕……全てが、始まったのである。