伐採予定 ~おつまみホラー~
大きな森林公園を通りかかったときのこと。
小径のはしの木に、『伐採予定樹木』という張り紙が、ビニールひもで括られていた。
どこかが折れたり枯れたりしている様子もない。太くて立派な木だ。
道の邪魔になるわけでもない。
はて? と首をひねる私の気持ちを代弁するかのように、張り紙にひとこと黒いマジックで、『何故に?』と落書きがされていた。
近隣住民が書いたのだろうか?
崩し方が個性的なのに、妙な読みやすさがある。
子供が書いたような可愛らしさと、古めかしさや威厳も持ち合わせるような、不思議な文字だった。
木の処遇に異を唱えたくなるのも無理はないが、わざわざ落書きまでして問いただすほどのことだろうか?返答が期待できるようなものでもない。
それに、伐採されるのも仕方がない面があるにはある。
なにせ少し前の大風の日に、公園のそこかしこで木がバタバタと倒れ、遊具や施設に被害が出ていたのだから。
どの木も、まさか倒れるとは思えないような立派なもので、目の当たりにしたときはわけもなく興奮してしまったほどだ。
きっとこの木も、見た目は丈夫そうでも中が腐っていたりするのだろう。
特に愛着があるわけでもないが、切り倒されてしまうのは寂しいことだな。
そう勝手に納得した私は、張り紙をなんとなくスマホで撮って、その場をあとにした。
後日、またそこを通りかかった。
落書きのことなどすっかり忘れていたが、張り紙はまだあった。
しかし様子が少し違う。
公園の管理組合の誰かだろうか、「倒木の恐れがある為です」と、老人の達筆な字が足されていた。
無視してもよいようなものに親切なことだなあと思いつつ、たまさか出会った、おそらく面識のないもの同士の文字でのやりとりを面白く感じて、足を止めた。
自分もこどものころ、通学路の電柱で同じようなことをしたなあと思い出しつつ、今のネットの書き込みも似たようなものかと思いを巡らせていると、張り紙に違和感を見つけた。
『何故に?』の文字が、前と違うように思えるのだ。
こんなに怖い文字だったろうか?
そうだ写真! とスマホに保存してあった画像と見比べると、やはり明らかに前と違う。
柔和な石仏が怒りをあらわにしたような変化がそこにあった。
思わず身震いしてしまう。
恐る恐る近づいて見てみても、一度消したような痕は見て取れない。
何だこれは?
理解が追いつかないためか、視線があちこちにさ迷う。
いやだめだ、そんなことをしたら気づいたことに気づかれてしまう。
何を馬鹿なことをと思う気持ちもあったが、とっさに浮かんだその感情に支配され、しばし金縛りのようにそこに立ちすくんだ。
池から流れてくる風も、心なしかひんやりとしている。
しかし冷静になってみれば、前回との間に張り紙が交換されただけ、それだけの話なのだろう。
タネに思い至ればどうということはない。
ふっと息を吐き、苦笑いをしてしまう。
が、ほんのいっときとはいえ、肝が冷える体験だった。
これは飲みの席でのバカ話にでも使えるぞと、スマホを取り出しカメラを向ける。
と、『倒木の恐れ』の上に重なるように、大きく『無し』の文字が。
スマホを取り落としたことで気づかれてしまったので、足早にそこを離れた。
以来その公園で張り紙のたぐいを見ることはなく、色付きのビニールひもを木に巻きつけることで区別をつけることにしたようだった。
公園側にも誰か気づいたひとがいるのだろう。
どのビニールひもにも、真っ赤な組み紐が蛇のように巻き付いていることが気がかりだが、これ以上関わり合いになるのはやめておこうと思った。
初投稿です。
よろしくお願いします。