時は金なり
『貴方の時間を買い取ります』
そう書かれた立て札の前に男は立っていた。
見るからにして胡散臭い、どうせ詐欺の類に違いがない。……しかし、買取の詐欺などあるのか?騙して売るのなら納得いくが、騙して買うとは納得がいかん。……一周まわって詐欺じゃない気がしてきた。
商店街の往来の中、男は腕を組みながら立っていた。その怪しい看板のある店の隣、電気屋の店主が男を不思議そうに見ている。
ますます気になってきた…店の外観も見るからに怪しいが話だけなら大丈夫だろう。どうせ予定なんてないし、家にいてもゴロゴロするだけだし…あ、電気屋のおっさんが見てる。目が合った。
気恥ずかしそうに電気屋の店主に会釈をしながら、男は怪しい店の戸を開けた。
「ごめんください」
店の中は薄暗く、壁には沢山の時計が掛けてある。時間の取引というだけ合って時計は重要なのだろうか。そんな事を思っていると。
「いらっしゃい」
店の奥からしゃがれた声と共に老人が出てきた。よれたスーツを着ている。胡散臭さを身にまとっている感じだ。
「外の看板を見て、来たんですけど。時間を買い取るって…。」
「……こちらにどうぞ。」
老人は椅子を指して言った。椅子の前にはテーブルが置いてある。受付カウンターのようなものだろうか?
「時間を買い取るってことは、お金貰えるんですよね?」
座るや否や男は問いかけた。老人はゆっくりと向かい側の椅子に座る。
「えぇ、ちゃんと支払いますよ。…お金に困ってるんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど。時間を買い取るなんて、SF小説のようなこと本当にありうるのかなって。」
困っている訳では無いけど、正直お金は欲しい。できれば大金が。
「まぁ怪しがる気持ちもわかりますよ。…説明します。あなたがこの先生きるはずの時間を、寿命を私が買い取ります。その売る時間が多いほど、当然金額も多くなります。」
「はあ。」
正直よくわからなかった。もっと具体的なシステムについて聞きたかったのに。
「それで。いくら欲しいんです?」
「え……?……100万……?」
「それなら2年程になりますな。」
ちょっと待て。これはもう時間を売る流になっていないか?
「ちょ、ちょっと待ってください。お金、ほんとに貰えるんですよね?」
男は慌てて尋ねる。
「えぇ、支払いますよ。なんなら先に払いましょうか?」
そう言うと老人はゆっくり席を立った。
男は思う。お金が貰えるならいいか……。システム云々は自分で体験してわかるかもしれない。でも、健康状態とかは大丈夫なのだろうか?臓器を売り払われたりしないだろうか……。
「お待たせしました。」
ドンッっと老人は札束をテーブルに置いた。男はそれを手に取ってまじまじと見る。
「では、2年売っていただけるということでよろしいですか?」
「あ、あぁ…売ります。どうせ時間なんて無駄に使っちゃうんだ。今までだってつまらなかったし。お金になるならいい。」
大金を目の前にすると人間の思考というものは呆気なく脆くなるようだ。
「こちらの紙に、今日の日付とお名前を記入してください。」
男は紙とペンを受け取って、カレンダーを見る。今日は……2018年、7月26日。男は、書き終えると老人に手渡した。
「それでは奥の部屋へご案内します。」
男は、札束を鞄に入れながら老人の後をついて行く。
「こちらです。」
老人が扉を開ける。その向こうにはベッドと大きな機械が置いてある。
「このベッドに寝てください。」
男は言われた通り、ベッドの上で仰向けになった。
「その機会で時間を僕から取るんですか?体に変な影響とかないですよね?」
「えぇ、この機械を使います。体に悪影響はありません。」
機械みたいに淡々と老人は告げる。そして、機械に繋がっているヘルメットのような物を男の頭を覆うように付けた。
「お、おお……ドキドキしてきた。」
「これから始めます。少し時間がかかるので寝ていても良いですよ。」
老人は機械を作動させた。
寝ないようにしよう。システムを解明するんだ。そう男は決意した。目を閉じながら。
「終わりましたよ。」
しゃがれた声で男は目を覚ました。
「寝ちゃった……。」
「もう帰っていただいてよろしいですよ。」
軽くショックを受けている男をよそに老人は告げる。男は小さく欠伸をしながら、ベッドから降りる。そして鞄を持つ。一応中も確認する。100万円がある。にやけ顔。
男が店から出ると、商店街がやけに賑わっていた。今日は祭りの日だったか?周りを見渡しても屋台は出ていない。というか人が集まってるのは電気屋の前だけだ。一体何があるんだ。
男は人混みを割って店先を覗く。そこにはテレビがあった。男はその画面を見て思わず目を剥いた。
『2020 東京オリンピック』
そう表示されているのだ。訳がわからなかった。男は自分のスマートフォンを確認した。確かに2020年のようだ。2年経っている。売った年数と一致する男は慌ててさっきの店に向かった。
しかし、そこは空き家だった。夢だったのか?慌てて鞄を見る。確かに金はある。どういうことだ……?
俺は2年間寝ていたのか……?
そう結論が出た。2年間、何もせずただ眠り続けていたのか。何ていう時間の使い方をしたんだ俺は。ただ、不思議と時間を無駄に遣ったとは思わなかった。鞄には100万円。にやけ顔。
いかがでしたでしょうか。初めての投稿でドキドキしております。感想などコメントしてくれると嬉しいです。