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賢治は、ノートを出した。
「普段はメモなんか取らないんだけど、今回は長丁場だし取らせてもらうね。じゃあ、何から聞こうかな…」と、ボールペンの背をカチンと押した。「そうだな、占い師の内訳。意見はあるか?」
「普通に考えたら真・真・狂だな。」利典が、低い声で言った。わざとそうしているのではなく、元々そういう声らしい。「二人も占い師が居るんだから。だが、役欠けが出たから狐が混じっててもおかしくはないとは思う。」
賢治は、ノートをめくって何かを探し、それを書きとめている。どうやら、一人ずつのページを作って、そこに発言を書き残すつもりらしい。
「そうだよな。16分の2が欠けたんだし難しいよな。それだけに、狼か狐が混じっててくれるんじゃないかって、期待もするけど。」
「今はそんな期待は脇へ避けた方がいいんじゃないか。」そう言ったのは、光だった。「占い師だって欠けた可能性があるんだと、最後まで心にとめておいた方がいい。基本占い師は信じないし、呪殺を出したら信じようと思う。」
利典は、光を見た。
「光は、内訳をどう見てる?」
光は、三人の顔を代わる代わる見た。
「そうだな、オレは狐が二匹も居るんだから、黙ってるとは思えないんだ。だから、狐が混じっていると考えてる。真・真・狐、真・狂・狐、真・狼・狐がオレの考えだ。占いに出たら占われるのを遅らせられる。生き残る可能性が高いから、狐にとっては格好の位置だろうと思う。」
健吾が言う。
「つまり光は絶対に狐が出ているだろうって思うってことか?」
光は、健吾を見て頷いた。
「ああ。もしオレなら出るからな。一人なら潜伏が強いだろうが、二人居るんだ。どっちかが生き残ればいいわけだから出て来るだろう。」
賢治はひたすらにメモっている。そんなことは気にしないように、健吾は考え込むように言った。
「確かに…そうなると今回は一斉出ししたから、狂人が出ないことは考えられないし、占い師が欠けた可能性も追えるってことだな。真・狂・狐ってパターンだ。」
佳代子が、こちらから首を振った。
「でも、普通のゲームじゃないのよ?狂人だって命が惜しいし、潜伏狂人しようって思うかもしれないじゃない。占われても白なんだし、生き残るだけならそっちの方が有利じゃない?」
敦が、顔をしかめた。
「まあ確かにそうだ。でもそうなると、セオリーが通用しないことになりそうだな。普通ならこう、ってのが出来ないじゃないか。例えば、黒打ちされたら即吊りで色を見るのが妥当だけど、簡単に信じられないから吊れないとかならないか?」
孝浩が、息をついた。
「それは違うだろう。ゲームを進めなきゃならないのに、そんなことを言ってたら身動き取れないじゃないか。村人なら申し訳ないがその時は勝利のために犠牲になってもらって、後で絶対取り戻すって感じでないと。」
美奈は、それを聞いていて気付いた。これは、普通の人狼ゲームじゃない。つまり、普通のゲームだと思わない方がいい。普通のゲームでも、吊られたり襲撃されたらショックだったのだ。これは、本当に死ぬ可能性がある。戻って来れると言っているが、推測でしかないのだ。本当に戻って来れるのかどうかは、疑問だった。
つまり、村人でも自分が生き残ろうと必死に抗う可能性があるということだ。
普通の村なら諦められることも、今回の村では諦める=即死亡なのだ。村人が、怪しい行動をし始める可能性もある。
美奈は、急に不安になった。思えば、自分は吊り位置として絶好だ。村に意見を落とす訳でもなく、役職もなく、光以外の知り合いも居ない。女子達の過半数は邪魔だと思っているだろう。約半数が女子である今、簡単に吊られてしまうかもしれない。
どうしたらいいのかと急に怖くなったが、口に出すことも出来ずに居ると、敦が言った。
「陣営勝利を考えて、いつも通りにやるしかない。ここでブレたら、人狼と狐の思うつぼだ。共倒れするのが嫌だったら、おとなしく黒打ちされたら真占い師確定のために吊られてもらおう。共倒れするよりマシだろうが。一時の命が惜しいって変な動きをしたら、吊るって決めたらいいじゃないか。生存欲が強いのは、いつもなら敵陣営だって吊ってたんだからな。」
確かにその通りなのだが、素直に頷いた人は少なかった。賢治がノートから顔を上げた。
「敦の言う通りだ。セオリーは崩さずに行こう。負けるわけにはいかないんだ。村人は全部で10人なんだぞ。人外は5人と1人。だったら一番いいのは村が勝つことだ。で、村の方針なんだが、狐は呪殺の方向でいいな?」
全員が頷き、利典が言った。
「真占い師確定のためにもそれがいいだろう。指定占いさせよう。噛み合わせを考えて、一人につき二人の指定を募るんだ。」
美奈は緊張したが、それを表に出さないように必死だった。みんなは、いつものパターンなのか、簡単に頷いた。
「それがいいな。じゃ、夜までに占い師達には誰を占うのか考えてもらうってことで。で、人狼探しなんだが…」と、賢治は皆を見回した。「今の時点じゃ分からない。だが、時間はたっぷりある。だから一人一人意見を聞いてくってので、どうだ?」
美津子が、頷いた。
「賛成だわ。占い先をしぼれるし、助かるわ。この様子だと占い指定以外からグレランのパターンね?」
賢治が、美津子に頷いた。
「よっぽど怪しくない限りはそうなるな。まだ占い結果もないしね。じゃあ、1番の光から、今の時点でどう考えてるのか言ってくれ。」
番号順だと分かって、美奈は慌てた。
「え、判断する材料がないんじゃ…。」
それには、利典答えた。
「あるよ。昨日の役職配布の後の様子とか、それに絡んで占いCOの人がどうとか。それぞれが見てるから、違う情報を持ってるはずだし、それをみんなで共有するのは大事な事だ。役に立つ情報を落とせる人は、吊らない方が村のためだしね。」
つまり、役に立たないと村でも吊られるのだ。
美奈は、黙って頷いた。そして、昨日から何も見ていなかったことを悔いた。何とか、光が話している間に何か考えなきゃ…!
しかし、光の話は、あっさりしたものだった。
「オレの考えはさっき話した。役職確認の時、お互いに視線を交わすなんて馬鹿なことをする奴は居ないだろうし、オレは自分の役職が出るのに必死だったからな。すまないが、あれ以上の意見は今のところない。」
賢治は頷いて、美奈を見る。美奈は、焦った。本当に何も分からない…みんな、そんなに早くゲームに入るなんて思ってもいなかったし、今日もどうしたらこれから逃れられるのかとか、そんなことを話すものだと思っていたからだ。
だが、皆の視線は待ってはくれない。美奈は、仕方なく口を開いた。
「…私は…考えが甘くて。今朝も、きっとここから逃れることとか、そんなことを話し合うのだと思っていて、ゲームのことなんかまるで考えてませんでした。ここへ来て、ゲームを進めるのだと知って、焦って皆さんの考えを聞いていたぐらいで。」
隣りの敦が、心配げに美奈を見た。
「でも、占い師の内訳とかは?何か考えたことがあるだろう。」
美奈は、首を傾げた。美津子が妖狐なのは知っている。だからといって、それを匂わすようなことは絶対に言えない。
「そうですね…占い師は二人居るんだから、真・真・狂じゃないかって思いました。占い師は二人とはいえ、16人も居る中の二人なんだし、昨日の二人に混じる確率って少ないんじゃないかなって思って。」
賢治が、顔を上げた。
「君はこの中に狐が居るとは思わないんだね?」
美奈は、首を振った。
「分かりませんけど、もし私が狐だったら、きっと潜伏したいと思うと思うんです。確かに二人も狐が居る村なんて初めてなので、よく分からないんですけど、狐って潜伏してたら強いですよね。それで生き残る狐が多かったように思って。」
賢治は、うーんと唸った。
「まあ一人だけの場合は、真占い師に占われない限り、逃げ切ることができやすいよね。真占い師が誰なのか分からなくて、偽に占われて白でも出されてたらラッキーで、最後まで行く狐が多いのはオレも経験あるよ。気付いた時には、もう手遅れって感じ。」
横から、佳代子が言った。
「でも、それは人数が少なくて占う回数が少ないからでしょう。今回は14人居るし、占い師は二人。潜伏は危ないよね。出て来なかった方の狐を犠牲にして、出た狐が生き残ろうと思っている可能性はあると思うよ。」
美奈は、ハッとした。そうか、だから美津子は出たのか。
占い師が二人居るこの村では、長くグレーとして残ることは難しい。明日になって吊りと襲撃で二人減り、霊能者もCOし始めたら、グレーの幅が一層狭まるのだ。そうなると、潜伏すること自体が自殺行為になる…。
それには、孝浩が頷いた。
「だな。だから早めに相方の狐を占ったふりして囲えたら、それが間に合ったら二人とも生き残れるって算段だろう。だが、二人も真占い師が居たら、すぐに次は確白を作る方へシフトするだろうから、自分が囲った狐を呪殺される可能性がある。そうなると、自分の正体がバレるから、狐も悩むところだろう。村はそれが間に合ううちに、狼も狐も見つけておかなきゃならないってことだ。」
美奈は、孝浩を見て頷いた。
「そうですね…私、考えが浅かった。この村でも潜伏のリスクは半端ないし、やっぱり占い師に狐が出ているって考えが正しそうですね。」
賢治は頷いて、学を見た。
「じゃあ3番は学だけど、お前占いCOしてるしまた後でだな。で、4番がオレで、5番が死んだ典子だから6番…ああ、これも占いCOの美津子さんか。で、7番が同じく死んだ梨奈だから、次8番、利典に意見を言ってもらおうか。」
利典は、少しも慌てることもなく、淡々と頷いて口を開いた。
「まず占い師だが、オレは真・真・狐、真・狂・狐、真・狼・狐だと思っている。光と同じだな。霊能者が出てからここらはもっと絞られて来るだろうと思う。で、人外だが、敦は庇うがオレは美奈ちゃんが怪しいと思っている。だから必然的に、美奈ちゃんと昨日から接している敦、美津子さん、健吾…は違うかな、流れで話している感じだったし。美奈ちゃん、敦、美津子さんが怪しいと感じてる。どういう理由からでも、敦は美奈ちゃんを誰より庇っているし、美奈ちゃんは世話好きの美津子さんを頼ってるんだろうとは思うけど、それが何らかの繋がりだとしたらって考えてしまう。そんなわけで、オレが今の時点で怪しんでるのはこの三人かな。」
美津子が、利典を睨んだ。
「ちょっと、それってあたしは損よね。疑われてる人から頼られるから疑われるって。その理屈だと、光くんにべったりの子達はどうなの?留美と佳代子が特に光くんと離れないじゃないの。」
二人が、顔色を青くして困惑したように視線を動かした。利典は、首を振った。
「あれは前からじゃないか。私情だろう。あの二人が特に光を狙ってるのは回りがみんな見ていて知ってることだ。だからオレは今は疑ってない。これからは分からないけどな。それより、昨日の役職確認の後、美奈ちゃんが美津子さんを見たように思ったんだよね。共有かと思ったが、今日出たのは賢治だった。だから違う。ということは、狐か狼か、と昨日フッと思ったんだよ。」
美奈は、途端に鼓動が激しくなるのを感じた。やはり、昨日の様子を見ている人が居たんだ。
美津子が、憎々し気に言った。
「…あたしは気付かなかったわ。そんなことで疑われちゃ、たまったもんじゃないけど、仕方ないわね。でも、あなた達も知っているかと思うけど、あたしはそんな分かりやすいことはしないわ。美奈ちゃんは人狼ゲーム初心者だから、あたしに何か聞きたかったのかもしれないけど、迷惑な話よね。」
敦が、大袈裟なため息をついた。
「あー経験者の中の初心者って、普通じゃ考えられない動きをするから村でも疑われて吊られるんだよなー。オレもあまりにも不憫だから庇ってただけなんだけどね。だって、光に連れて来られたってだけで、女子からは総スカンだったじゃないか。でも、実際光と話してるところなんか、ここへ来てから全然見てないし、理不尽だなと思ったんだよ。疑うのも分かるけど、占ってからにしてやってくれ。オレのことも、占ってくれていいしさ。もちろん、疑われてる美津子さん以外の占い師にね。」
利典は、それを聞いてじっと黙った。何かを考えているようだ。
賢治が、割り込んだ。
「そうだなあ。今は意見を聞いてる段階だし、これが村の総意でもないんだから、そこまで心配することはないと思うけど。あくまで、利典はそう考えたんだ。でも、それを発言することで、いろいろ情報が落ちたじゃないか。敦は占ってもいいと言ってるし、美奈ちゃんも誰かの占い対象に入るかもしれない。もちろん、一緒に疑われてる美津子さん以外の占い師のね。それじゃあ、次、9番の貴子の意見をどうぞ。」
おとなしそうな貴子が、顔を上げた。