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白い大きなソファは、多人数で埋まっていた。
脇に開いたスペースに、敦に促されて並んで座った美奈に、若い男子が話しかけた。
「ええっと、美奈ちゃん。オレの自己紹介まだだったっけ。田村学っていうんだ。学でいいよ、18歳でかなり年下だから。あのね、とにかくゲームを真剣に進めたほうがいいってことになってね。ガイドに乱すなって書いてあっただろう?で、もう議論は結構進んでるんだけど、今から役職COを募るんだ。」
隣りに座っている、賢治が頷いた。
「そう。で、オレは共有者。さっきCOしたんで、場を仕切らせてもらってる。相方は潜伏。これまでの議論では、まずは妖狐を探そうってことになって、このままじゃ埒が明かないから、占い師のCOを募ろうってことになった。」
美奈は、ごくりと唾を飲み込んで頷いた。美津子の方は、絶対に見ない。
賢治は、皆の方を見た。
「じゃあ、今から占い師に一斉に出て来てもらいます。自分が占い師だという人、手を挙げてください。せーの!」
年下だが、賢治はまるで学級委員長のようなしっかりとした感じだ。サッと、三本の手が上がった。
向こう側に座っている、光は動かない。美奈は、ホッとした…妖狐にとって、占い師が何よりも脅威で、敵だったからだ。
賢治が、神妙な顔をした。
「三人か…占い師は、二人のはずだから、確実に一人は偽物だよね。」と、隣りの学が手を挙げているのを見て、最初にそっちを見た。「じゃあ学。占い師なら、今夜誰を占う?」
学は、頷いた。
「そうだなあ。もう少し話を聞いてからでいいか?まだ分からない。美奈ちゃんだって、今来たばっかりだし。」
賢治は、頷いた。
「そりゃそうだ。じゃあ、他の二人もそうかな?薫と、美津子さん。」
美奈は、びっくりして顔を上げた。美津子さん…占い師で出たの?!
美津子の方を極力見ないようにしていたので、まさか手を挙げているのが美津子だとは思わなかった。
しかし、美奈が不必要に激しく動いたので、賢治が怪訝な顔をした。
「美奈ちゃん?何か問題でも?」
美津子の顔が、険しくなる。美奈は、慌てて首を振った。
「いいえ。あの…三人も出るなんてって。私、占い師が一人の村しかしたことが無かったので、こんなにたくさん出て来るのは初めて見るの。」
賢治は、首を傾げた。
「そうかな?オレは結構見るんだけど。人狼と狂人が、同時出しの時はお互いに出るか分からないから、とにかく出るってパターンが多いんだよね。」
皆、うんうんと頷いている。美奈は、急いで手を振った。
「私は、ガチで人狼なんてやったことないから!学生同士の軽い人狼なんです、多くて9人ぐらいの小さな村で。」
それを聞いた賢治は、ああ、とやっと表情を緩めた。
「だったら、無いかもね。難しかったら、回りの人に聞いてくれたらいいよ。人数によっていろいろ変わって来るから、セオリーとかもさ。」
やっと皆の視線が美奈から離れた。美奈は、ホッと胸を撫で下ろした…本当に、少しの動きでも監視されているみたい…美津子さんが言っていた通りだ。
賢治は、占い師に関心を戻した。
「それで、薫と美津子さんは?誰か怪しいとか?」
薫が、うーんと見回した。
「今のところはあんまり。なんだか美奈ちゃんが挙動不審だよなあって思うけど、確かに人狼初心者みたいなもんだから、こんなもんかな。最初はテンパるもんね。」
しかし、美津子は容赦なかった。
「そうかしら?何か役職を引いてしまって挙動不審になってるんじゃないかって私は見ちゃうんだけど。」
賢治が、頷いた。
「じゃあ美津子さんは美奈さんを指定します?」
美奈は、目を輝かせた。美津子さんに占ってもらったら、他の二人からは占われないで済む!
だが、美津子はそんな美奈からスッと視線を外すと、横を向いた。
「…さあ?まだ分からないわ。もっと怪しい人が出て来るかもしれないし。最悪、夜の投票の後で誰か指定する方が良いのかもしれないわね。」
美奈は、ガックリした。占ってくれないんだ…確かに、最初から占ったら囲われてるって思われるかもしれないし…。
だが、美津子がそんな感じで美奈を占わないのでは無いかということは、美奈にも分かった。関わりたくないのだ…恐らく、最後まで占わないでおこうとしているのかもしれない。
「そんなに残念?」
美奈は、ハッとした。気が付くと、敦と反対側に座っている利典が、じっと美奈を品定めでもしているような目で見ていた。美奈は、全部顔に出ていたんだと急いで言った。
「だって、占われたら白だと分かって吊対象にならないでしょう?だから、占って欲しかったなって。すみません、自分のことしか考えてなくて。」
こちらの隣の敦が、同情したように言った。
「普通の人狼でもそうなのに、こんな人狼だったら仕方ないよ。生き残ることしか考えられないもんね。でも、白確したら人狼の襲撃が来るかもしれないから、どっちがいいのか分からないけどな。」
利典が、頷いた。
「諸刃の剣だよなあ。」
話が反れて行く。
美奈は、ちょっとしたことでも、しっかりと誰かが見ているのだとやっと自覚した。このままだと、自分が狐だとバレるのも時間の問題だ。しっかりしなくては…でも、あまりにも無表情でも疑われるし…どうしたらいいの…。
美奈は、演技をするのがつらかった。とても、ここで何日もみんなの中で隠し通せるとは思えなかった。
美奈のそんな様子を、知らない人達の中に放り込まれた緊張感だと勘違いしたらしい敦は、同情気味に言った。
「…なあ、時間はまだある。思えば美奈ちゃんは、光だけしか知らない、みんな見ず知らずの人間ばかりなんだ。そんな中でこんな事になって、誰よりつらいと思うんだよ。まず、オレ達の事を教えてやらないか?」
それにはみんな、言われて初めて気が付いたらしい。
ハッとしたような顔をすると、顔を見合わせた。
すると美津子が、口を開いた。
「そうだったわね、ゲームに必死になっちゃって。そんな事には頭が回らなかったわ、ごめんなさい。」
美奈は、慌てて首を何度も振った。
「そんな、こちらこそ。飲み会の太鼓判で、美津子さんや敦くん、健吾くんが気軽に話してくれたから、私も何でも3人にばかり言って。ご迷惑かけてると思います。」
美津子は、本心からかわからないが、微笑んだ。
「いいのよ。私はみんなの姉貴分だからね。あなたが頼る気持ちも分かるのに、私もこんな状況だから気遣う余裕がなかったわ。ごめんなさいね。」
賢治が言った。
「そうだなあ、じゃあ軽く自己紹介するか。オレ達は社会人の人狼サークルの1つ、『狼村』のメンバーでね。本当は30人ほど居るんだけど、半分はこの合宿に来れなくて、誰か友達とか連れて来てくれって言ってたんだけど、結局光が美奈ちゃんを連れて来ただけで15人になった。美津子さんはいつも集まるボードゲームの店でゲームマスターをしてくれてるから、今回招待したんだ。もちろん、ゲームマスターとして。奇数で始めるのが一般的だから、君が入ってちょうど良かっただけど、こんな事になって。」と、指を指した。「オレと、そっちの学、薫、真理、留美は、高校の同級生で社会人一年生組で18歳だよ。」
言われた数人は美奈を見て手を挙げた。
「さっき言った通り、オレは学。」
学が言って、手を下ろす。隣りの快活な女子高生っぽいかわいらしい女子が言った。
「私は川村真理。真理と呼んでね。」
そして手を下ろした。更に隣りの女子が言う。
「私は石田留美。」と手を下ろして、遠慮無く続けた。「それで、光さんとはどういう仲ですか?」
美奈は驚いて息を飲んだ。が、留美を突く。
「ちょっと留美、いきなり過ぎるよ。」
「だって、大事なのことよ?」と、美奈を探るように見た。「ただの幼馴染って聞いてますけど、本当ですか?」
他の女子も、気になるのかじっと黙って美奈を見ている。美奈はドキドキしながら答えた。
「ええ、実家が隣りだったので。今は、たまたま光がうちの会社にスカウトされて来たので、再会しただけで、部署も違うしつい数日前まで顔も合わせることがなくて。会社の食堂で偶然会ったので、声をかけてくれただけです。」
本当のことだった。美奈は実家から通勤していたが、光はどこかに一人暮らししているとかで、実家に寄り付かなかったので、実家付近で姿を見ることは全くなかった。
何人かがホッと力を抜いたのを感じる。光が不機嫌に言った。
「別に美奈とオレがなんだっていいだろう。お前らが人が少ないから困るとかゲームが盛り上がらないとか言ったんじゃなかったのか。だから、疎遠な美奈にまで声をかけて数増やそうとしたのに。自分達は誰も連れて来もしないで。」
光が憮然として横を向いたので、留美は慌てて言った。
「違うの!せっかくだから仲良くしたいじゃない。私達だって、どんな経緯で美奈さんがここへ来たのか知る権利があると思う。」
確かにそうだったが、あまりにもあからさまだ。これで、光と美奈が付き合ってでもいたなら、大変なことになっていただろう…もしかしたら、初日に吊られていたかもしれない。
光はそのままむっつりと黙っているので、躊躇いがちに残った薫がおずおずと手を下ろして言った。
「…で、オレは三木薫。薫って呼んでね。」
薫は、年下らしいかわいらしい感じの男子だった。美奈は、何やら険悪な回りの雰囲気に押されながら頷く。すると、その雰囲気を変えようと敦が言った。
「で、オレと健吾、貴子、佳代子が大学時代のボードゲームサークルのメンバーでね。社会人になってから、こっちのサークルを見つけて入ったんだ。みんな同い年の24歳だよ。」
健吾は軽く手を挙げて下げただけだったが、他に二人の女子が仕方なくといった風に手を挙げた。
「私が、三村貴子です。」おとなしそうな雰囲気だった。「貴子でいいです。よろしくお願いします。」
隣りの女子が、すぐに手を下ろして貴子と被るように言った。
「私が安井佳代子。年上でも関係なくゲームでガンガン吊るんで、しっかり話してくださいね。」
結構気が強そうな、美奈が苦手なタイプのようだった。
歓迎されている雰囲気ではなかったが、それでも軽く会釈する。
そんな様子を見ながら苦笑した賢治が、言った。
「で、後はバラバラに参加して来た人達なんだ。そっちの背の高い奴、一見結構年上っぽいけど20歳の小島孝浩。」言われた人が手を挙げた。「で、同じように落ち着いてるし孝浩と同じ年ぐらいに見えるけどそっちは28歳の高橋利典。」
利典は、軽く会釈した。話すつもりはないらしい。
賢治は続けた。
「光と美津子さんのことは知ってるよね。あと、残りは…」と、フッとため息をついた。「典子と、梨奈だけど。典子は20歳、梨奈は22歳で二人とも同じ会社の同期だったんだ。あんなことになって…みんなと話してたんだけど、ほら、ガイドに勝利陣営だったら命の保障するって下りがあっただろう?だから、もしかしたら死んでるように見えるけど、今はまだ仮死状態かなんかで、戻って来れるってことじゃないかって。役職の振り分けはどうしようもないから、人狼だって狐だって悪くないんだけど、村人は村人として生き残るのを目指そうって決めたんだ。で、人狼と狐だった人のことは、あのモニターの声の主に頼んで、戻してもらおうって。そもそも、こんなに大人数をどうにかしようなんて思ってないと思うし、本気でゲームさせるための、脅しなんじゃないかなってのが、今の村の総意なんだ。」
美奈は、ただ頷いた。確かに、村人の人数が圧倒的に多いのだから、そうなるだろう。人狼陣営も狐陣営も、それに対して異議など唱えられるはずはない…自分が敵だと吊られる可能性があるからだ。
そんな話し合いや駆け引きが早朝からあったのにも関わらず、呑気に寝ていた自分が不甲斐なかった。しかも、自分は妖狐陣営なのだ。
賢治は、みんながシンと黙っているので、見回して言った。
「じゃあもういいだろう。話し合いの続きをしよう。」




