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部屋にお風呂があったことにホッとして入浴を済ませると、自分が持って来た寝巻用のスウェットに身を包んで、美奈はベッドの上に寝転がって考えていた。
最初は16人居た人も、典子と梨奈が死んで14人になってしまった。この中に、人狼3人と狂人、そして占い師が二人、霊能者が一人、共有者が二人、村人が4人居るはずだ。
といっても、二人がどの役職だったのか分からないので、何かが欠けている可能性もある。
自分と美津子の二人は生き残っているので、妖狐が欠けた可能性は無いが、それを知っているのは、他ならぬ美津子と美奈の二人だけで、人狼でさえも、あの死んだ二人が人狼でなかった限り、それを知らない。
明日からの会議で、気を付けなければならないことのひとつだった。
美奈は、腕輪を見つめた。
…光に、通信してみようか。
あの声は、腕輪から、通信が出来るのだと言っていた。今ここで光に通信すれば、もっと二人で話が出来るはずだ。光の役職が何であれ、それで情報がもらえるかもしれないし、そうしたら、美津子と二人で作戦を練って、早くゲームを終わらせられるかもしれない。
美奈は、そう思って思い切って1の番号を押してみた。
すると、呼び出し音が鳴らず、液晶に「通話中」の文字が出た。
…そっか…光に通信したいのは、私だけじゃないもんね…。
美奈は、それを忘れていたことにがっかりした。そうだ。きっとみんな光と話したくて、うずうずしていたはずなのだ。
はあ、とため息をつくと、いきなり腕輪が、ピピピピと電子音を立てた。
「え?!」
びっくりした美奈が、もしかして光が、と腕輪の液晶を見ると、そこには「通信・6」と出ていた。6…美津子さん!
どうして妖狐同士通信することを考えなかったんだろう。
美奈は、自分の不甲斐なさに気落ちしながらも、急いでエンターを押した。すると、腕輪から声が流れた。
『美奈ちゃん?美津子だけど。』
美奈は、見えないのを承知で頷いた。
「はい。あの、液晶画面に番号が出てたので。」
美津子の声は、矢継ぎ早に続けた。
『そう。あのね、あなた人狼ゲームの経験はある?』
いきなりだったので、美奈はしどろもどろに答えた。
「はい。ええっと、学生の時に、流行っていたのでやったことがあります。最近は、してませんけど。」
美津子は、これ見よがしにため息をついた。
『やっぱり。あのね、あなた役職配布の時、私の方を見たでしょう。あんなことをして、仲間同士だと思われたらどうするの?ちょっと観察眼の鋭い子なら、そんなことも見逃さないわ。仲間同士認識出来るのは、共有者を除いた村以外の役職って決まってるわ。人狼なら、あんな私達に気付いたら狐か共有者だと勘づくのよ。明日共有者がCOしたら、それが私でもあなたでもないんだから、人狼からは私達が妖狐だって見えるわけ。だから、軽はずみなことはしないで。このままじゃ、共倒れよ。あなたは死にたいかもしれないけど、私は死にたくないわ。みんな、普段から人狼ゲーム慣れしている子達だってことを忘れないで。わかった?』
美奈は、いきなり初対面に近い人にこんなにポンポンと叱られて、胸がどきどきして苦しくなった。だから、あの時睨まれたんだ…。
「ご、ごめんなさい。私も、死にたくありません。狼と狐だけ呪殺して吊ってゲームを終わらせるって話が出た時、絶対自分だけ死ぬなんて嫌だと思って…まさか、明日そんな話になりませんよね?」
美津子の声は、更に呆れたような色を出した。
『あなた、部屋に入ってから今まで何をしていたの?ガイドに書いてあったじゃないの。読んでないの?』
美奈は、ハッとしてドレッサーの方を見た。そして急いで駆け寄ると、そこには、ルールガイドと、その下に隠すように妖狐用ガイドが置かれてあった。
「すみません…お風呂に入っていたから。」
本当は、光に通信しようか悩んでいたのだ。
美奈が更に落ち込んでいると、それに追い打ちをかけるように美津子が言った。
『ちょっとは自覚しなさい。私、あなたを庇わないわよ。心中するつもりはないから。こんなゲームはね、ボーっとしてたら人狼にハメられて吊られるのよ。幸い奴らには私達を襲撃出来ないけど、占い誘導は出来るわ。』と、大きなため息をついた。そして、続けた。『…勝利陣営は、例え吊られていても呪殺されていても、襲撃されていても帰って来ることが出来る。勝てば、その陣営の命は保証される。そして、ゲームを乱すような行為は追放対象とされる。そう書いてあったの。全員のCOがゲームを乱す行為になるのかどうか分からない。負けた陣営のことについては全く触れられていなかったけれど、この様子じゃきっと生き残れないわ。みんな、負けるリスクは負いたくないはずよ。もちろん、妖狐に死んでくれとか頼まれたって、私は絶対に出ないけどね。あなたも、変な行動は慎むこと。だからってじっと黙って潜伏臭を出すのも駄目よ。適度に発言して、周囲に合わせるの。狐の話になっても、焦った様子は見せては駄目。分かった?』
美奈は、ガンガン言われるのにどきまぎしていたが、何とか答えた。
「はい。ご迷惑はかけないようにします。」
美津子の声は、ため息と共に吐き捨てるようだった。
『ほんとに…私もついてないわ。みんな人狼については結構詳しいのに、よりにもよって初心者ばりに挙動不審なあなたと同陣営なんて。光くんにも、自分の役職漏らしちゃ駄目よ。敵陣営なんだからね。あの子は誰よりも頭が切れるから、あなたの嘘なんかすぐに見抜いてしまうわよ。あまり話さない方がいいかもね。』
美奈は、ショックを受けた。分かっていたことだったが、確かに光は頭がいいのだ。嘘がバレる…もしかして、もうバレてる…?
美奈が沈黙すると、美津子の声が言った。
『なに?とにかく、私にみんなの前では関わらないでよ。繋がりは絶対に絶たなきゃ。どっちかが生き残ったら私達の勝ちなの。わかったわね?』
美奈は、頷くより他出来なかった。
「はい…。」
煮え切らない風な美奈に、美津子は舌打ちして盛大に通話を切った。
美奈は、仲間であるはずの美津子に疎ましがられている事実に、しばらく立ち直ることが出来なかった。
次の日の朝、インターフォンが鳴って目が覚めた。
私、いつの間にか寝てた…?
美奈は、驚いて起き上がって時計を見ると、時間は朝の7時を過ぎていた。
急いでドアを開けると、そこには敦が立っていた。
「美奈ちゃん、おはよう。もう結構な人数下に降りて来てるんだけど、美奈ちゃんが出て来ないから呼びに来たんだ。大丈夫?体調でも悪い?」
美奈は、もうみんな起きているんだ、と慌てて首を振った。
「大丈夫!ごめんなさい、寝過ごしちゃったみたい。ちょっと待ってください。」
美奈は、ドアを閉じると急いで着替えた。髪もぼさぼさで身だしなみも何もあったもんじゃなかったが、それでも人より遅れて誰かに妖狐だと勘ぐられたら困る。
それでも一応口紅だけ着けて、急いでドアを開くと、敦は待っていてくれて、微笑んだ。
「めっちゃ早いな。時間だけはあるから、そんなに急がなくても大丈夫なのに。」
美奈は、首を振って敦に並んで歩いた。
「いいえ。話し合いとか、するんでしょう?私も話を聞かないと。」
敦は、階段を降りながら苦笑した。
「今日は眠れなかったって人が続出してて、みんな6時から下へ降りて来てるんだ。議論は確かにもう始まってる。だから、君が居ないのもまずいなあと思ってね。」
気を遣って、呼びに来てくれたんだ。
美奈は、昨日の美津子の通信の後遺症で落ち込んでいたので、敦の優しい心遣いは身に染みた。それにしても、光は来てくれなかったんだ…。
ここへ誘ってくれたのは、光だった。こんなめにあっているのも、光が美奈を誘ったせいだった。だが、光の中では昨日ちょっと謝っただけで、それは終わってしまったことらしい。
美奈は更に暗い気持ちになるのをぐっと堪えて、敦についてリビングダイニングへと入って行った。




