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結局敦は、あれから部屋へ食べ物を持ってきてくれる女子達にも必死で訴えたが、みんな困ったように遠巻きにウンウンと適当にいなして、出ていってしまっていた。

誰も、何も覚えていない…それどころか、光の存在すら完全に忘れてしまっている。

敦は、混乱した。あれは、夢だったのか?オレは酒のせいで夢を見て、本当の記憶が曖昧になって現実とごっちゃになってしまっているのか…?

さっき、賢治が来て美津子にバスの運転手に連絡させたと言っていた。明日の朝、早めに迎えに来てくれるのだという。

敦は、もう誰も何も信じてはくれないので、黙って頷いた。もはや自分のことすら信じられなかったのだ。

真理の首に微かに残る薄紅色の線のようなものを確認したが、確かにこんな数日で傷が治り、尚且つ死んでから長い間放置されていた彼女が、元気に生きていることから説明ができなかったのだ。

いつの間にか夜になっていたが、敦は眠ることなど出来なかった。なので、何か飲もうと階下へ降りて行った。

時刻は、0時を過ぎていた。最後の夜ではあったが、みんな昨日の事もあって部屋へ引き上げて寝ているらしく、誰も居ない。

敦はため息をついて、冷蔵庫から缶コーヒーを出して、タブを起こした。

「…お前も、オレと同じ体質だったか。」

いきなりリビングの奥から聞き慣れた声がして、敦は慌ててそちらを見た。

光…!

光は、投票テーブルの向こう側からこちらへ歩いて来た。

「光…!」敦は、コーヒーを放り出して駆け寄り、その腕を掴んだ。「やっぱり光か!夢じゃなかったんだ、オレ、みんなに話したのに誰も彼も知らないの一点ばりで…!」

光は、苦笑した。

「だろうな。お前だってそうなるはずだった。なのにお前には、記憶を改ざんする薬が効かないんだ。何人かに一人、そういう奴が居る。オレもそう。そしてそういう体質の奴は、総じて違う薬が効くんだ…人狼になるための。」

敦は、一瞬訳が分からなかった。人狼になるための…なんだって?

「何の話だ…?」

光は、笑って自分の腕を掴んでいる腕を放した。

「説明するより、見た方が早い。」

そう言った後、光の体はすーっと形を崩して行った。

敦は何が起こったのか分からず、思わずその場から飛び退った。

「うわ…っ!!」

気が付くと、そこには光の服をきつそうに着た、大きな犬…いや、見たことがなかったが、狼が居たとしたらこれだろうと思われる、獣が四つ足をついてこちらを見上げていた。

「ひ、ひ、ひか、光…?!」

その獣は、笑うようにグルルルと喉を鳴らすと、またスーッと形を変えて、再び直立したヒトの姿へと戻った。そうして、ズレた服の肩を直しながら、笑って言った。

「ハハハハ、何だその顔。だが、これでオレが嘘など言っていないと分かるだろう?オレは、人狼だ。研究所で作られた薬品でこうやって細胞の配列を変えて姿を変えられる、人狼なんだよ。少し前は、オレみたいな適応体を探すためにこのリアル人狼ゲームをやって、本当に人狼にしていたんだが、それでは効率が悪くてな。精神に異常をきたして病院から出られないもの、自分の意思で変化するしないを制御できない者など色々出て来たこともあって、今では新しい人狼は調べてから作っている。だから、オレは聴覚が異常にいいし、実は嗅覚もいいんだ。」

敦は、開いた口が塞がらなかった。今の変化を見ていなかったら、何を言っているのかと思ったことだろう。そんなことは、実際に起こるはずのないもののはずだった。

だが、目の前の光は存在し、それを自分の目の前でやって見せた。

そうして、殺されたはずのみんなは、ああして生きて帰って来て、全てを忘れ…。

敦は、ハッとした。そうだ、みんなのことは。

「光、みんなどうしたんだ?記憶の改ざんをする薬なんてものがあったのか。映画の中だけだと思ってた…すっかり、忘れてしまっているなんて。」

光は、息をついた。

「まあ理解できるかどうかわからんが、研究所の責任者のジョンいわく記憶など曖昧なもの。なんとでも出来るのだということだ。それを更に改ざんしやすくする薬が、研究所では開発されてある。ちなみにお前が聞きたいだろうからついでに答えておくが、連中は死んでから24時間以内なら簡単に死者を復活させてしまうんだ…特別な薬品を、死ぬ前に投与していたらの話だが。今はこの人狼ゲームを主催するのは、見世物として高額な見物料を支払うクライアントの希望と、その死者を復活させる薬の実験のため。記憶を消すのは、その時に感じた恐怖と面倒を失くすため。そして」と、敦の方へとずいと顔を近づけた。「あわよくば、お前のような体質のヒトを見つけるため。」

敦は、思わず足を後ろへと踏み出した。

「ま、まさか…オレは、人狼になる薬に適合するってことか?だから…人狼にされてしまうのかっ?!」

敦が、一気に怯えたように微かに震え出したので、光はフッと表情を緩めた。

「無理に人狼にしたりしないさ。何しろ、こうなると遺伝子がどうなるかなどまだ研究段階で、子孫を残すのは諦めるよりないのかもしれない。将来的には可能かもしれないが、今は確約出来ないと言われている。だから、お前はオレのように人狼になるか、それとももう一度記憶の改ざんを受けて、綺麗さっぱり忘れてあいつらと一緒に穏やかに帰るか、二つに一つだな。」

敦は、選べると聞いて少しほっとしたが、しかし疑問に思った。オレの記憶の改ざんは、出来なかったのではなかったか。

「…お前は、オレにそれを聞くために、そうして人狼のことを話してくれたんだな。もしオレが帰ると言っても、記憶を消したら今の出来事も全部忘れるから、何を言っても良かったのは分かった。だが、オレには記憶の改ざんのための薬が効かないと今さっき言ってたよな?それなのに、もう一回するって?出来るのか?」

光は、途端に険しい顔をした。敦がなぜか不安になっていると、光は言いたくなさそうに言った。

「…薬は、一種類じゃない。いろいろな種類があるんだ。今回使ったのは研究所でも一般的なもので、これがあればほとんどのヒトの記憶の改ざんが出来る。だが、段階がある。段々に強くなる…最後は、真っ白になって恐らくは廃人になるだろう物もな。」

敦は、ショックを受けた。つまり、これも効かない、これも効かないとなると…。

「…最後には、廃人になるってことか。」

光は、渋々と言った風に頷いた。

「ああ。いくらオレ達のような体質でも、最後のヤツはとても代謝し切れず脳は脳幹や基本的な生きる機能の部分だけ残して活動を停止するだろうと言われている。だが、この薬でないとオレ達の脳を完全に蹂躙することは出来ないんだ。」

つまりは、オレが帰ると言っても、オレとして帰れるわけではないのだ。

敦は、それで悟った。穏やかとは、「無」になってもはや何も分からなくなるという意味だったのだ。

敦は、その場にへたり込んだ。どちらかを選ばなければならない。人狼になるか、廃人になるかを。

光は、じっと敦が葛藤している中、待っていた。最終的に敦がどちらを選ぶかは分かっているようだったが、それでも敦の中で決心がつくまで、余計な口は挟まずにいようと思っているようだ。

敦は、そのまま実に数十分は座っていた。

実際には、時間の流れは分からなかったが、ハッと我に返って時計を見ると、もう午前1時近かった。

見上げると、光はまだ黙ってこちらを見下ろしたいた。敦は、その目を見て、頷いた。

「…分かったよ。オレは、人狼になる他無いってことだ。オレがオレであるためには、人狼としてその、研究対象ってのになるよりなんだろう。この記憶を、消せない限り。」

敦が言うと、光は、ゆっくりと頷いた。

「ああ。どうあってもヒトのまま死にたいというのなら、オレは止めないつもりだった。オレ達は、世間の裏で活動している。だから、記憶を持ったまま世間に返すことがどうしても出来ないんだ。恨むなら、自分の体質を恨んでくれ。」と、敦に手を差し出した。「さ、行こう。時間はかからない、薬品を投与して、数時間で細胞は変化を完了する。明日の朝には、オレと同じさ。オレが細かいことは教えるよ。」

敦は、思い切ってその手を握ると、立ち上がった。

自分だけ、覚えているあのゲームの記憶。それは、光の頭の中にもある。これからこれをもし、忘れてしまえるとしても、自分は忘れたくない…。

そうして、敦は光に促されて、そんな所にあったと知らなかった隠し扉から裏の世界へと入って行った。

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