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薫は、技術のある光と力のあるガッツリした健吾相手に適うはずもなく、一階の投票用椅子まで引きずって来られて、そこへ縛り付けられていた。
縄など簡単に見つからなかったので、貴子と敦が必死にカーテンを裂いて紐を作り、それで椅子の背に体を、足を椅子の脚に縛りつけてある。
いつの間にか外は暗くなって来ていて、長い時間格闘していたことが分かった。
もはや薫は黙っていたが、それでもじっと、目の前の4の椅子に座る賢治を睨むように見ていた。
賢治は、見つけた手紙を何度も読み返していたが、それを机の上に置いて、言った。
「これは、どういうことだ?占い師達へ、と書いてあるが、これは学が持っていた。学に来たってことか。」
薫は、フンと鼻を鳴らした。
「オレに来た。だからオレが学に持って行って相談したんだ。手紙の存在を共有者に知らせたら襲撃されるって書いてあるだろう?だから、オレはお前達にそれが見つかったらマズいと思って取り返そうとしたんだ。他に意図はないよ。」
だが、いつもののんびりとした言い方ではなく、鋭い言い方にそこに他意が無いなど誰も信じていなかった。
「それでも、今日は言うべきだっただろう。」光が、険しい顔のまま言った。「もし人狼が二匹居たら今日人狼以外を吊ったら村はマズいんだぞ!人狼だって噛み先に悩むし、健吾が狩人の可能性だってまだあるんだ。守ってもらえば良かったじゃないか!こんな、人狼の言葉を間に受けるなんておかしいぞ。」
健吾が、隣りで何度も頷いて薫を恫喝する勢いで言った。
「お前、昨日美奈ちゃんを占ったって言ったじゃないか!呪殺が起きたからお前を真占い師だと信じたのに、美奈ちゃんを占ったのは学なんだろうが!真だったらお前は光の色を知ってるだろう。なんで黙ってた!」
薫は、じっと健吾を睨み返していたが、フッと笑った。それには、健吾も敦も、賢治も貴子も驚いた顔をする。光だけが、鋭い視線で薫を見ていた。
「あーあ、お前に言われたくないよ、健吾。もう、どうでもいいや。オレを吊りたきゃ吊りなよ。オレは狂人なんだ。人狼は残ってるぞ。オレを吊ったら、村は終わる。生き残りたきゃ人狼を吊ったら?」
敦は、仰天した。狂人CO?薫は、ここに来て吊られるのが嫌になったのか…?
だが、光はただじっと黙っている。賢治が、口をパクパクさせていたが、やっと言った。
「じゃ、じゃあ、この手紙は、お前が書いたのか?人狼に指示されて?」
薫は、賢治を小馬鹿にしたように胸を反らした。
「そうだよ。人狼に言われてオレが書いたんだ。学はまんまと引っかかって美奈ちゃんを占った。呪殺したんだ。人狼が何人残ってるかなんか知ってるはずないじゃないか。連絡係のヤツだけしかオレに接触して来ないし、情報なんかあっちからくれない。せいぜい考えて、誰か吊ったら?」
健吾が、歯ぎしりして薫に掴みかかろうとした。
「お前ーーっ!!」
手前の光が、急いでそれを止めた。
「待て、健吾!冷静になるんだ、よく考えて投票しないと、今日ほんとにヤバイかもしれないんだぞ!しっかり考えろ!」
健吾は、光に羽交い絞めにされてもがいていたが、そう言われてフッと、力を抜いた。そして、まだ薫を睨んだまま、どっかりと自分の椅子へと座った。
「…じゃあ、お前は誰だって言うんだ?!敦は白い。わざわざ調べようと言い出したのは敦だった。オレ目線、お前しかいない。なのにお前まで白い!わけが分からない!」
すると、じっと黙って聞いていた、貴子が言った。
「これ…薫くんじゃない…?」みんなが、貴子を見る。貴子は続けた。「だって、なんでわざわざ狂人だって言うのよ。狂人だったら、今日吊られた方がいいんじゃないの?もし人狼が二人残ってたら、それで勝つのよ?今の状態だったら、きっとどう見ても白い敦くん光くん健吾くんのうち二人が今日明日って吊られちゃうわ。狂人吊ってる暇はないから。でも、もし薫くんが人狼だったら、それって願ったりなんじゃないの…?」
その場が、シンと静まり返った。
皆が、一斉に薫を見る。薫は、見る見る顔色を変えて言った。
「違う!」薫は、椅子を床から引き剥がさんばかりの勢いで髪を振り乱して叫んだ。「オレは狂人だ!人狼は他に居るんだ!オレを吊ったら村は終わりだぞ!これを外せ!こんな所に縛り付けやがって!!」
敦は、驚いた。
薫のこんな姿は見たことが無い。口から泡を吹きながら叫び、拘束する紐から逃れようと一心不乱に暴れる。いつも飄々としていて、こちらを小馬鹿にしたような余裕のある様しか見て事の無かった敦は、その姿に圧倒されたのだ。
薫は、本気なのだ。本気で、陣営を勝利に導いて生き残ろうとしている。人狼を生き残らせようとしているのだ。
薫の渾身の演技は、村人達に圧倒的支持を得て、彼は黒だと、皆に思い知らせたのだった。
投票時間までの間、敦はこれまでよりもずっと時間を長く感じた。
薫は、もはやぐったりと頭を垂れていて、ぴくりとも動かない。
そんな薫に、時々健吾が小声で悪態をつくが、光がやめろ、と止めて、それも無くなった。
そうして、みんながみんな黙りこくったままの状態で、投票の時間がやって来た。
「なあ、最後に教えてくれないか。」健吾が、10分前のカウントダウンが行なわれている時に、口を開いた。「お前が襲撃してたのか?あれは、みんなお前がやったことか?」
薫は、その声にも反応せず、ただじっと頭を垂れたままだ。皆は待ったが、とうとう薫は皆の投票が終わるまで、全く動くことはなかった。
『№13が追放されます。』
いつもの声が告げる。
その途端、全く動かなかった薫が、乱れた髪の間から、顔を上げた。
ハッとしてそちらを見ると、薫はニッと笑った。
「なあ健吾、オレが知るはずないじゃないか。だってオレは、狂人なんだから。」
「え?」
パッ、といつものように照明が落ちた。
「最後の最後になんだ?負け惜しみか?」
真っ暗な中で健吾の声は、その言葉の内容とは裏腹に不安そうに揺れている。
いつもの機械音が響き渡り、吊られるとどうなるかなど知らないはずの薫は、知っていた利典と同じように、全く声も上げずに、追放作業は終わった。
そして、いつものように、照明が着く。
薫は、そこに居なかった。
全員が何も言わずにただお互いの顔を見つめていると、機械的な女声が言った。
『№13は追放されました。それでは、夜時間に備えてください。』
いつもの内容だ。
「終わらない…?」敦は、わざと言った。「人狼はまだ居るのか?つまり、薫ともう一人ってことか?」
光は、敦を見た。
「落ち着け。終わってないってことは、どっちにしろ人狼はあと一人ってことだろう。残念だが…オレは、お前か健吾を疑うしかない。」
健吾が、横で首を振った。
「オレ目線だって同じだ!お前か敦ってことじゃないか!」
賢治が、激しく首を振って割り込んだ。
「もういい!とにかく、明日になってからだ!健吾は、しっかり考えてオレか貴子を守ってくれ。それで、人狼の襲撃が失敗したらお前を真狩人と信じて、明日は光か敦を吊る。だが、護衛失敗したらお前も吊対象にするぞ。」
健吾は、グッと黙った。光は、わざと派手にため息をつくと、ズカズカと音を立てて階段を上がって行く。
敦も、戸惑うようなふりをしながら、同じように部屋へと足早に戻ったのだった。
敦は、薫を突き放すような態度を取ってしまっていたことを、後悔していた。
結果、薫は陣営を勝利に導いた。こうして夜が来たのは、狩人が生き残っていたからだろう。だが、今日狩人は護衛に成功しない。なぜなら、狩人自身が襲撃されるからだ。
賢治は、勘違いしている。人狼が今日は共有者を必ず噛んで来ると思っているのだ。確かに、明日が来るなら怪しまれる位置である健吾を必ず残すと考えるだろう。だが、明日は来ないのだ。
今夜の襲撃の成功で人狼二人、村人二人の同数になり、狼陣営の勝利となる。この状況を最後の最後で作り上げた、薫にはあっぱれだというより他ない。もし、生きて会うことが出来たなら、必ず礼を言おうと敦は心に決めていた。
襲撃の時間が来て、光と敦は、部屋から出た所でもう、工具箱を開いて、ナイフを手に取っていた。
お互いに、何も言わなくても分かる。光は黙って健吾の番号である16を入力した。
そして、静まり返っているその廊下を、一番端の部屋まで来て、扉に手を掛けた。
扉は、スッと開いた。
狩人は、自分自身を守ることは出来ない。
健吾は間違いなく、狩人なのだろう。ここまで、生き残ったことは敵ながらよくやったと思う。だが、それもCOしてしまうまでのこと。吊られると必死になって思わず言ってしまったのだろうが、それが今の人狼勝利への道筋を確かなものにしてしまったのだ。
健吾は、椅子にもたれて目を閉じていた。恐らくは、明日以降のことを考えて、眠る事も出来なかったのだろう。
「オレがやる。」敦は、自分から進んで言った。「薫も自分を犠牲にしてくれたんだ。これぐらいなんでもない。」
光は、少し驚いたような顔をしたが、黙って道を空けた。敦は、昨夜と同じように進み出て首筋に触れると、脈を探った。そして、まるで職人のようにそこへ指をあててナイフの刃を当てると、何のためらいもなくグッと突き刺した。
初日の、光の姿が脳裏に過ぎる。
敦は、冷静に血が飛び散る方向を読み、そちらへと身を寄せると、ナイフを抜いた。
血が噴き出すのを感じる。
辺りにそれまでには無かった何とも言えない生々しい鉄錆の匂いが充満し始め、ホースから水が噴き出しているような音が聞こえるのだ。
そして、傷口からはピュッピュと笛のような音までした。敦は、光を振り返った。
「これで、終わりか?」
光は、頷いた。
「ああ。ゲームがいつをもって終わりになるのかは奴らの気持ち次第だが、とにかくこれで、オレ達の勝ちだ。今夜は、ゆっくり休め。ほら、ナイフを洗って、さっさと寝よう。」
敦は、頷いた。背後の健吾が死んだか死んでいないかなど、今の敦にはどうでもよかった。それよりも、自分達を信じて吊られて行った、利典と薫を取り返したかった。背後の健吾も、賢治も貴子も、今の敦にとっては、もう敵でしかなかったのだ。
敦は、そんな気持ちになっている自分を、おかしいとも全く思わなかった。
光は、そんな敦の肩をポンと叩いてから、自分の部屋へと帰って行った。
敦はそれを見送って部屋へ帰ったが、光の言うように眠れるはずもないじゃないかと思っていたにも関わらず、気が付くとぐっすりと、眠りの世界へと落ち込んでいたのだった。