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敦は、ため息をついた。
「どういうことだ…どっちが人狼だ?確かに貴子が言ってることももっともだし、健吾が言ってることも分かる。真っ直ぐに考えたら光なんだが、光はそんな単純な狼にはならないだろう。吊縄消費に生かしておいたってことも考えられるしな。これは…もう、共有同士で意見をすり合わせてもらうしか手立てはないな。」
お手上げだと脱力感した風を装ってみた。光は、敦を見た。
「オレは人狼じゃない。役職も無いし分かってもらえないかもしれないが、これまで村のために発言して来たんだからそれを思い返してくれたら分かるだろう。」
敦は、困ったような顔をした。賢治も、同じようにおろおろしているようだ。
しかし、そこで健吾が、思い切ったように言った。
「その必要はない!」本当にびっくりした敦がそちらを見ると、健吾は皆の視線を受けて言いきった。「オレは、狩人だ!昨日守ったのは貴子。これまでの護衛先だって言える!人狼は光だ!」
狩人が、生きていたのか!
敦も賢治も息を飲んだ。
だが、光は涼しい顔で言った。
「一度も護衛に成功していない狩人だって?誰がそんなことを信じるって言うんだ。人狼が吊り逃れのために狩人COしたって見苦しいぞ。」
健吾は、ブンブンと首を振った。
「嘘じゃない!これを見てくれ。」健吾は、ズボンのポケットからヨレヨレになった紙を引っ張り出した。「一日目から書いてある。これが証拠だ!」
賢治は、それを黙って受け取った。敦は、横からその紙を覗き込む。
『一日目 美奈 二日目 賢治 三日目 貴子』
…そうか、昨日は貴子か。初日の美奈護衛は、霊能を狙って来る狼を考えてのことだな。
敦は、そう思って見ていた。確かに、思い付きでCOしていたならこれを持っているはずはないので、もし騙りでも事前に考えていたんだろうと村目線は思うことだろう。
もちろん、人狼目線狐が居らず、狂人が出ている以上、健吾は真狩人なのだが。
賢治は、それを見て言った。
「占い師が、一度も守られていないじゃないか。学なんか真占い師だろうとほぼ確定だったのに、昨日貴子だなんて。」
批判気味な色を含んだ声に、健吾は焦ったように言った。
「占い師は二人居る。だからもしものことがあっても大丈夫だと思ったんだ。学は守られていると思われて襲撃しないだろう。だが、出て来たばかりの共有者の貴子は、人狼にとっても脅威だと思った。だから守った。」
貴子は、横から頷いた。
「そうよ。学くんを守れなかったからって責めるのは間違いだわ。こうして書いて持ってたんだから、私は健吾くんが真狩人だと思う!」
賢治は戸惑っていた。
「だが昨日から怪しまれていたのは確かなんだ、健吾がもしもの時には狩人COしようとメモを持っていたということも考えられる。まだそう言い切るのは間違いだ。だが…狩人には、護衛成功させて自分の真を証明することが出来る。健吾には、一日猶予を与えよう。」と、光と敦を見た。「今日は、光か敦から吊ろう。間違えたら大変だ、もし人狼が二人残っていたら、必ずこのうちの一人だし、これで終わらなければ、明日は必ず健吾を吊る。…まあ、明日が来ればだが…。」
どちらにしても、人狼だ。
敦は、心の中で毒づいた。どっちを吊っても終わらない。だが、明日まで生き延びたら健吾を吊れるかもしれない。しかし、今日の噛み先を間違えて護衛を成功されたら、残りの一人も吊られることになる…。
今夜の健吾との読み合いに挑まなければならないのは、自分か、光か。
敦は、光に残って村を言いくるめて欲しかった。
だが、このままでは光の方が吊られるような気がしてならなかった。
午前中の議論は皆何となく黙るようになって終わり、黙々と食事をとった。
その後、また誰が言うでもなく皆自室へと引き上げていく。
そういう流れでここ数日来たので、全員が全員この時間になると考えをまとめたいと思うようだ。
敦は、部屋でぼうっとしていても始まらないと、飲み物でも取りに行こうと廊下へと出て行くと、ちょうど薫が部屋へ入ろうとしているところだった。
「今、下には貴子と賢治が言い合ってたよ。やってられないから戻って来た。飲み物でも取りに行くの?」
敦は、薫がどうも疎ましくてその目を見ずに行った。
「ああ。だが、そう喉も渇いてないしだったらいい。戻る。」
また出て来た扉へ取って返そうとすると、薫がその背に向かって叫ぶように言った。
「オレ!」敦は、うんざりしながらチラと振り返る。薫は、驚くほど真剣な顔をしていた。「勝ちたい!運ゲーなんて真っ平だ。…学の、部屋の机を調べろ。みんなで。分かったな!」
そう吐き捨てるように言うと、自分の部屋へと足早に入って扉を音を立てて閉めた。
敦は、訳が分からなかった。学の、部屋の机だって?どういうことだ…?
『…行こう。』部屋へ帰って腕輪で光に事の次第を話していると、光は言った。『薫には、考えがあるんだ。あいつが敵なら、このまま黙ってオレ達が吊られるままになっていたら良かっただろう。だが、そんなことを言って来た。お前は下へ行って賢治達に言え。そして、オレと薫と健吾を呼ぶんだ。そうして、全員で学の部屋へ。まだ死体はあるはずだ。』
敦は、それでも懐疑的だった。薫が、いったい何を考えついたと言うんだ。
「本当にあいつの言う通りにしていいのか?あいつに何が出来るって言うんだ。」
光の声は、鋭く言った。
『狂人には狂人にしか出来ないことが出来るんだ。あいつは優秀な狂人だったんだよ。オレの想像でしかないが…このままじゃどっちかが吊られて護衛成功をどうあっても避けなきゃならないんだぞ。そして、明日健吾に票を集めるんだ。オレには出来る自信があるが、それがお前に出来るのか。』
敦は、ムッとして言い返そうとしたが、出来なかった。確かに、難しい道になる…。
「分かった。」敦は、渋々答えた。「あいつの言う通りにやってみよう。」
そうして、敦は階下へと降りて行ったのだった。
一階では、険悪な空気が流れていた。
どうやら、貴子と賢治の意見が合わないまま平行線らしい。
敦は、そこへわざと必死な感じを装って入って行き、息を切らせながら言った。
「賢治、貴子!一緒に来てくれ、学を調べてみよう!学なら、何か残してるかもしれないじゃないか。あいつは真占い師だったんだ。しかも、机で死んでいた。オレ達は学をベッドに運んだだけで、机は調べてないじゃないか!行こう!何かヒントがあるかもしれない!」
賢治と貴子は、顔を見合わせた。そして、意外にも貴子の方が先に立ち上がった。
「そうよ、学くんは机に居た。何か書いてるかもしれないもの!どうしてそれに気付かなかったのかしら。行きましょう!」
賢治も、顔をしかめながらも立ち上がった。敦は、二人がついて来るのを確認しながら再び螺旋階段を上がり、光や健吾、薫も部屋から引っ張り出して回った。
薫が、うんざりしたような顔をした。
「え~?そんなの、面倒だよ。ボクは占ったら分かるんだからさあ。今日どっちか吊って明日残りを占ったら色がはっきりするじゃないか。今更死体のある部屋になんか入りたくない。」
貴子が、首を振った。
「なんでもいいから情報が欲しいの!薫くんも協力して。真占い師なんだから、それぐらいいいでしょう?無駄な犠牲を出したくないの。」
薫は、貴子の必死な目に嫌そうな顔をしたが、頷いた。
「わかったよー。女の子の頼みだものねー。」
そうして、3の部屋へと入って行く。
血の匂いがまだ濃く残っていたが、最早みんなそんなものでは怯まなかった。
光が、賢治と貴子に言った。
「オレが学の遺体を調べる。お前達は机を調べろ。」
二人は頷いて、メモやらでごたついている上に、飛び散った血しぶきで分かりづらい机の上を、恐る恐る探り出した。
賢治がゴソゴソとメモを避けて一枚一枚めくっている。貴子は、血にまみれた手帳のようなものを、摘まみ上げた。
「あら、これ。手帳じゃない?」
敦は、それを見て頷いた。
「ほんとだ。中身は?日記とかつけてないか?」
貴子が頷いて血に触れないように気を付けながら、指の先でつまむようにして中を確認しようとする。
すると、薫が、割り込んで来て言った。
「ちょっと、死んだ人の私生活覗き見るようなこと、しない方がいいんじゃない?日記なんか誰にも見られたくないよー。やめてあげたら?」
しかし貴子は、薫を不満そうに見て言った。
「誰も進んで見たいなんて思わないわ。でも、このゲームに勝ちたいって学くんだって思っていたはずだもの。きっと読んで欲しいと思うわよ。」
薫は、首を振った。
「駄目だって。オレが預かっておく!学がかわいそうだよ!」
敦は、突然に薫が激しく近寄って来て血まみれにも関わらず手帳を鷲掴むのを見て、思わず割り込んだ。
「おい、薫!どうしたんだよ、お前おかしいぞ…、」
その時、その手帳の間から、何かの紙がヒラリと落ちた。
「え?」
敦が言う。薫がその紙を見て顔色を変えて拾い上げようとした。
「待て!」
光が、いつの間にか背後に居てそんな薫を押さえつけた。
「やめてよ!」薫は叫んで光から逃れようと暴れた。「それ、オレの!プライベートだぞ!」
暴れている薫と押さえつける光に賢治も貴子も健吾も茫然としている。
敦は、薫が必死に拾おうとしているその紙を手に取って、開いた。
…これを、見つけさせたかったのか…!
敦は、それを開いた瞬間、固まった。
それは、昨日学が人狼から手紙が来たとか言っていた、その手紙本体だと思われた。
両脇から覗き込んでいた、賢治と貴子が同時に叫んだ。
「人狼からの、手紙?!」
床に押さえつけられたままの薫は、睨むように皆を見ている。
敦は、薫が本当に狂人だという事実を、この瞬間に悟った。
薫は、自分を吊らせようとしているのだ。




