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昨日よりはましだが青い顔をしている賢治を囲み、ソファで生き残った光、敦、薫、学、留美、健吾の合計七人は向かい合って座った。
留美はおとなしく黙って青い顔をしている。珍しく薫も真剣な顔をしていて、健吾も険しい顔をしていた。光が、賢治に声を掛けた。
「じゃあ、仕切ってくれ賢治。占い結果と誰を占ったのかが要る。それに、もういくらなんでも霊能は出さないと襲撃されるかも…いや、孝浩が霊能だったらもう失ったかもしれないぐらいだ。さっさとやろう。」
賢治は、頷いて必死に自分のノートを出した。もう、シワになっていて表紙もクタクタになってしまっている。そして、口を開いた。
「学から。昨日は、美津子さんか?」
学は、頷いた。
「そうだ。美津子さんを占って白が出た。朝になったら死んでいた…オレは、呪殺したんだと思う。」
賢治は、何も言わずに頷いてそれを書きとめる。そして、薫を見た。
「薫?結局どっちを占ったんだ?美奈ちゃんを疑って指定に入れてたけど。」
薫は、真面目な顔で答えた。
「さっきも言った通り、ボクは孝浩を占って白だった。美奈ちゃんのことは疑ってたけど、孝浩の弁明の方が怪しいと思ったんだ。美奈ちゃんは、明日占う。ボクは、きっと孝浩が狐で、呪殺したんだと思うんだけどな。占われたくなさそうだったし。」
賢治は頷いた。
「オレもそう思ってる。同じ死体が二つ出たんだし、これは呪殺なんだと思うんだ。人狼の襲撃は恐らく失敗してるんだと思う。昨日の死体を見ただろう?刺殺だったんだ。」と、息をついた。「それで、霊能者だけど、美奈ちゃんなんだよ。オレ達数人はそれを知っていて、なのに薫が占うとか言うから怪しんでいたんだ。でも、呪殺を出した以上薫も本物だろう。もう狐は居ないし、狼を探そう。」
しかし、光が鋭い声で言った。
「甘い。」その批判するような声の色に、全員が光を見る。光は続けた。「両方ともが呪殺だったとなぜ分かる。二つ死体が出た限り、恐らくは片一方は呪殺だろう。だが、両方ともとは言えない。人狼が、呪殺を見越して片一方に細工したとも考えられるじゃないか。そういう殺し方をしたんだ。この村は役欠けがあるんだぞ?残っている占い師が全て本物とは限らない。簡単に狼の思惑にのって、どちらか分からないが偽の占い師を信じるなんてことがあってはいけない。」
敦は、黙ってそれを聞いていた。光は間違ったことは言っていないのだ…人狼だからこそ知っている事実を、あえて投下して村を混乱させている。しかし人狼なら、わざわざ情報を投下したりしない。だからこそ、村人は光を信じるし、後々光が正しいと知った時、投票を避ける理由になるのだ。
賢治は、反論した。
「だが、呪殺だぞ?!どっちかは間違いなく本物なのに、どうやってそれを確かめろって言うんだ。オレは信じるぞ!学と薫が真占い師で、狐は二匹処理出来たんだ!だいたい人狼が呪殺の方法なんか知ってるはずないのに、どうやって細工するって言うんだ!」
光に噛みつかんばかりの様子で言う賢治に、健吾が割り込んで言った。
「いい加減にしろ、賢治。光が言うことはもっともなんだ。細工がどうのは分からんが、どっちかが襲撃だって可能性はある。こんなにうまいこと呪殺が出来るなんて、まず疑ってみろ。お前は何でもそのままを信じすぎてるぞ。村人の命が懸かってるんだ、もっと慎重になれ。」
賢治は、健吾を睨んだ。
「何も理由もなくこんなことを言ってるんじゃない!孝浩は昨日、占われるのを嫌がる素振りをしただろうが。狐だったからなんじゃないのか。そうでなくて役職を匂わせるメリットなんかあるか?」
健吾は、すぐに頷いた。
「ある。オレ達も妄信していたが、考えてもみろ、もし美奈ちゃんが騙りだったら?孝浩は美奈ちゃんのCOを聞いていないグループに居た。もし孝浩が真霊能者で、美奈ちゃんが騙りだったら?そういう可能性もまだあるってことだ。そもそも美奈ちゃんだって占われるとなった時うろたえたように見えたぞ。何でも根拠なく信じては勝てない。いろいろな可能性を考えて一番有りそうなことを広げて行くべきなんだ。」
賢治は、ブルブルと唇を震わせていたが、反論が思いつかないようだ。
いきなり立ち上がると、言った。
「…美奈ちゃんの気が付いたかもしれない。貴子にも、今の議論の内容を知らせて来る。」
そう言うと、誰かの返事を待つこともなく、賢治はそこを出て行った。
それを見送って、敦はため息をついて見せた。
「ほんとに…村人同士で争ってる場合じゃないってのに。なんだって賢治はあんなに頑ななんだ?光は何もおかしなことは言ってないだろう。あいつに村を任せておいて大丈夫なのか。」
健吾が、ため息をついて頷く。
「いろんな可能性を見てみないと後で大変なことになるだろう。ましてこのゲームは負けるわけにはいかないゲームなんだ。もっと慎重に考えてくれないと困る。」
光が、肩をすくめて立ち上がった。
「とにかく、朝飯でも食うか。力をつけておかないと、思考もうまくまとまらない。食うもの取って来るよ。」
それに促されて、他の者達も立ち上がってキッチンへと歩いて行く。
敦は、最後尾を歩きながら、賢治のミスリードぶりを頼もしく感じながらも、早い所占い師を始末しないと自分も危ないな、と思い始めていた。
議論も出尽くし、賢治も戻って食事を終えた頃、7人は黙ってソファに座っていた。
はっきりとした結論も出ないままで、後は霊能結果だけだ。
恐らくは黒だろうというのが、そこに居る全員の見解だった。学が呪殺を出して、出した黒を霊能者が肯定したなら、学の真はどこまでも確定となる。
それでもはっきりと確定しないのは、霊能者が本当に美奈であるのか分からないからだった。
昨日の孝浩の様子を見ても、呪殺でないとしたらもしかして真霊能者だったかもしれない。
狼から見て、それが見えたから噛んだのではないか、という意見が出ていたのだ。
ただ黙り込んで座っていると、部屋に帰っていた美奈と、それについていた貴子が降りて来てリビングへ入って来た。
美奈は、神妙な顔で近づいて言った。
「ごめんなさい、寝ている場合じゃないのに、気を失ってしまって…あの、結果を言わなきゃ。」
賢治は、力なく口を歪めて笑う形を作り、手をソファへと振った。
「ああ、座って。みんなに美奈ちゃんが霊能者ってことはさっき伝えたんだ。それで、一応聞くけど、結果は?」
美奈は、落ち着いて答えた。
「黒よ。利典さんは、人狼だった。」
敦は、じっと無表情にそれを聞いていた。この場合、状況から見て学についておいた方がいいのだ…呪殺らしい死体が出た以上、真に近いのは学なのだ。その結果が真霊能者のものだとしても、今の敦には素直に見ることが出来ず、学に媚びる狐なのか、と勘ぐって考えてしまった。
賢治は、もう疲れ切ったように、額に手を置いてうんうんと頷いた。
「だろうね。まあこっちじゃそれを前提に話してたんだけどさ。」
美奈は、ソファに座りながら眉を寄せた。
「何か問題でも?薫くんも学くんも、真占い師だって分かったんでしょう?呪殺が二人出たんだって、貴子ちゃんからも聞いているけど。」
それには、光が答えた。
「状況から呪殺だろうってだけで、片一方が襲撃でも分からないんだよ。だから、今現在は学は真占い師だろうってことになっているが、薫はまだ分からない。だが、オレはその学だって怪しいと思ってるがな。」と、美奈を睨むように見て、続けた。「美奈が真霊能だと賢治は言っているが、孝浩がそうでなかったとなぜ言える。もし美奈が騙りだったら、適当に合わせてることも考えられるし、学も確定しない。利典が白だって言った方が、まだ信じられた。状況を見て言ったんじゃなくて、本当の結果を言ってるように見えるからな。黒なんて、あまりにもこの状況に合わせた結果じゃないか。それじゃオレには信じられない。」
もはや疲れ切っている賢治を横目に見てから、ここで少し、今まで通り庇っておこうと敦が言った。
「だから、さっきから言ってるじゃないか。美奈ちゃんは初日からオレ達には話してくれてたんだよ。だから、オレ達も信じてたし、賢治もそうだ。なあ、どこかで信じるところを決めて行かないと、光みたいに何でもかんでも勘ぐってたら、村人同士で共倒れになっちまうぞ。」
光は、敦を睨んだ。
「オレは信じるにたる理由を探しているだけだ。直感だの状況証拠だのよく分からない理由など要らない。確たる証拠が欲しい。孝浩が、昨日何かを言いたそうにしていたのは確かなんだ。あれが、霊能者としての動きだったらどうする?美奈は騙りってことになるぞ。美奈が騙りでないという証拠は?あるのか、敦、賢治。」
賢治が困ったようにこちらを見るので、敦も合わせて賢治を見た。二人して顔を見合わせていると、薫が言った。
「美奈ちゃんをいじめないでよー?」薫は、茶化すように光を見た。「まあ、僕はいいよ?孝浩が呪殺でなくて人狼の襲撃で死んだんだとしてもね。学だってそうじゃない?美津子さんが呪殺じゃなくて襲撃で死んでたとしてもさ、また呪殺するからいいよね。でも、孝浩は何も言わずに死んだし、もし、で話してても仕方ないじゃないか。美奈ちゃんは最初から出てたたった一人の霊能者COしてる子なんだ。今は信じるしかないと思うけどな。」
美奈を疑っていたんじゃないのか。
敦は、そのあからさまな手のひら返しに心の中で眉を寄せた。薫は、何を考えている…?こいつは、真占い師にしては変な動きをする。あの飄々とした様が演技なのはいつものことだから知っている。あの様が真剣な顔になった時の、その腹の内を探りたい。こいつは、真であれ何であれ、確かに何か一物を持っている…?
健吾が言った。
「今は、何を信じていいのか分からないんだよ。狼が、美津子さんを噛んだのか孝浩を噛んだのか、それとも狩人が守っていた誰かを噛んでグッジョブが出てるのか、せっかく真占い師が確定するかと思ったが、死体が変な形に残ってしまって分からなくなっちまってる。これで片一方が昨日の真理みたいだったら、もう片方は呪殺だと思えたのに。」
健吾は、自分で言って、自分でハッとしたような顔をした。賢治が、見る見る目を見開いた。
「そうだ。」賢治は、健吾を見つめて言った。「そうだよ、人狼はきっと、真占い師を確定させたくなかったんだ!どっちかを同じように殺したんだよ!」
何を言っている…さっき光に反論していたんじゃなかったか。まさにその内容なのに、もう忘れたのか。それとも、議論の記憶が混乱していて今思いついたように感じているのか。
敦は、賢治の精神状態がどうなのか診断は出来なかったが、普通でない状況でおかしくなっていても驚かないと思った。
健吾は、一瞬ひらめいたような顔をしていたのに、首を振った。
「いや、だからそれはない。それは確か見つかった最初に考えたじゃないか。人狼が、呪殺された狐の様子を見られたとは思えないし、呪殺がどうなっているのか分かるはずはない。それに…これは昨日も言ったことだが、人狼陣営の奴らが手を下してない可能性がある。入力したら、ゲームマスターの奴らが分かりにくいようにわざとあんな殺し方をしたのかもしれないじゃないか。」
賢治は、がっくりと肩を落とした。
「もう、分からないよ。ただ、オレは美奈ちゃんが真霊能者だと思っているから、学が出した黒に同意しているし、学は真占い師だと思う。つまり、美津子さんが狐だと思う。薫のことは、まだ呪殺かどうか分からないから、半分信じてる感じだ。それでも限りなく真に近いと思ってるよ。美津子さんが狐だったんだから、その美津子さんが最初からあれだけ攻撃していたんだから、美奈ちゃんは白いと思わないか?」
まるで、自分に問うているような言い方だ。貴子が、賢治に頷いた。
「私もそう思う。狐の美津子さんが、あれだけ攻撃していたのよ。美奈ちゃんは、絶対に白いわ。」と、光をキッと睨んだ。「あなただって、美津子さんに黒を打たれたんだから美奈ちゃんの気持ち、分かるでしょう?どうしてそんなに美奈ちゃんを疑うのよ?昨日あなただって言っていたじゃない。自分が白いって、具体的に説明できる人なんてこの中には共有以外には居ないわ。」
光は、弱々しかった貴子が強く言うのに少し驚いたようだったが、それでも目を細めて貴子を睨み返した。
「君だってグレーだろうが、貴子。急に強く出始めて、仲間だから庇っているんじゃないかと疑うぞ。」
敦は、片眉を上げた。光、貴子が共有者の片割れだろうと知っていたんじゃないのか。
貴子は、敦の心の中など知らず、それを聞いて自信たっぷりに首を振った。
「仲間よ!美奈ちゃんは村陣営の霊能者だもの!最初から私のことを気遣ってくれているし、私は信じているわ!」
こいつも同じだな。もっと感情的にならずに論理的に考えるヤツは、村には居ないのか。
敦がそう思いながらも黙って見ていると、何かを考えていたような美奈が、急に身を乗り出した。
「…分かったわ!」皆が驚いたように美奈を見たが、美奈はお構い無く続けた。「人狼は、昨日孝浩くんが役職を匂わせたから噛んだのよ!霊能者かもしれないって思ったんじゃない?!つまり、孝浩くんは襲撃なのかもしれない!」
敦は、顔をしかめた。
「確かにそうかもしれないけど、呪殺かもしれないよね。占い師の真贋の特定はまだ出来ない。」
美奈は、ブンブンと首を振った。
「それでも、人狼はきっと孝浩くんを噛んだのよ!数を減らしたいのに、守られてる可能性が高い賢治くんを噛んだりしないと思う。狐かはわからないのに、占われても白って出るだけかもじゃない。きっと、利典さんの黒を見せたくなかったんじゃないかな。」
賢治は、美奈があまりに前のめりなので、少しひきぎみに言った。
「そうだとしても、美奈ちゃんはこうやって生きてるわけだし、無駄だったわけだよね。それがどうしたんだ?」
何がそんなに嬉しいのか知らないが、美奈は、勝ち誇ったように言った。
「だから、よ!」訳がわからない皆を前に、美奈は焦れて言った。「私が霊能者なのは、ここに居る何人が知っていたの?少なくとも人狼は、それを知らなかったのよ!」
みんな、ハッとした顔をした。
そして知っていた者達の目は、一斉に知らなかった者達へと向けられた。
学と、光と、留美だった。




