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工具箱が、足元に置いてある。
敦は、それを無言で持ち上げた。
廊下の端の部屋からは、光が出て来て敦に頷きかけた。
「持って来てくれ。とりあえず、下へ。」
敦は頷いて、光についてリビングへと降りて行った。
昨日のように取り乱すこともなく、たった二人きりになった人狼の二人は、リビングのソファで向かい合って座って顔を突き合わせていた。
「…利典が吊られた。だが、黒だと偽であっても言うだろう。というのも、そうなると学と対立することになるからだ。学は、恐らく明日呪殺を出して最も真占い師に近い位置になる。狂人なら疑われても白を言う可能性もあるがな。明日の美奈の結果に注目だな。」
敦は、頷いた。
「それで、今日はどうする?学が真占い師確定することを阻止するか?嚙合わせるのか、それとも他を噛むのか。」
光は、敦を見つめた。
「噛み合わせ?いや、今は潜伏している狐が居るかもしれないと考えて、ほぼ真占い師だろう奴の占い先は噛まない。一人ぐらい真占い師が確定したって別にいいし、この役欠けありの村では確定は出来ないんだ。そういう風に持って行く。」
敦は、片眉を上げた。
「どうやって?」
光は、フフンと笑って、工具箱を開いた。
「今夜は、孝浩にする。健吾でもいいが、孝浩が何かCOしたがっていたのは分かるだろう?人狼でないのは確かなんだから、あいつは霊能か狂人か狐。狩人は絶対に守らない位置だ。疑われだしたのは明らかだし、人狼が吊縄消費のために残すと考える。噛めば、あいつが狐かそうでないかの区別がつくだろう。薫の占い先って事もある…それで、考えがある。」
敦は、首をかしげた。
「考え?いったい、何の?」
光は、工具箱の中から、紐を取り出した。
「これだよ。村を混乱させる。今夜は、この紐で絞殺する。」
敦は、身震いした。また苦しそうな方法を。
「それ…何か意味があるのか?」
光は、紐を二本手に持って敦に見せながら言った。
「こっちは、今夜孝浩を襲撃するのに使う。もう片方は、オレが明日まで持っている。」
敦は、仰天して手を振った。
「そんな!全く同じ紐なのに、見つかりでもしたらそれこそ人狼だとバレるぞ!工具箱に返した方がいい!」
光は、苦笑して首を振った。
「持ってると言って、明日の朝までだ。まず、今夜は確実に美津子さんが呪殺されるだろう。呪殺は、体に印は残らないんだ。運営している奴らが、腕輪から薬品を流して殺す。つまり、違う形で死体が残るんだ。」
敦は、頷いた。
「それで、村人は呪殺だって知るわけだな。」
光は、頷き返した。
「そうだ。だが、村人は知らないんだ…呪殺がどんな風なのか。今の時点で、呪殺は一件も起きてないからな。」
敦は、悟った。つまり…
「美津子さんを、絞殺死体に見せかけるのか?!孝浩も同じように殺して、どっちがどっちか分からないように?」
光は、頷いた。
「そう。恐らく、明日も死体を確認に行くのはオレだろう。皆怖がって入って来ないからな。ここの部屋の構造上、扉からはベッドの上が見えない。オレは先に美津子さんの部屋へ入って、首に縄を巻く。巻いたままにして置いたら、首に絞めた跡が無い事など確認しないだろう。臆病な奴らだから、遺体に触れたりしないんだ。それからもし、美津子さんが呪殺されなかったとしても、絞殺された死体が一体残るだけだ…村人にはなんのことやら分からない。孝浩が狐で噛めなかったとしても、恐らく今夜は薫が孝浩を占う。狐なら溶けるし分かりやすい。まあ、薫が真占い師ならだがな。」
敦は、それを感心して聞いていた。光…経験者だけあって、このゲームならではのことを利用することに長けている。これは、本当に勝てるかもしれない。利典は吊られてしまったが…。
敦は、立ち上がった。
「利典のためにも、村を混乱させて勝ち残ろう。今夜は…オレも、手伝う。」
光は、立ち上がって満足げに頷いた。
「ああ。もしオレが吊られでもしたら夜はお前一人でやらなければならないからな。打ち込んでくれ。行こう。」
敦は頷いて、サッと14と孝浩の番号を押した。
そうして、光と二人で二階へと速足に向かった。
孝浩の部屋の扉は、あっさりと開いた。
つまり、孝浩は狐ではなかったということだ。
部屋の中へと進んで行くと、昨日の真理と同じように、孝浩はぴくりともせずに上を向いて眠っていた。
光と二人でベッドへと歩み寄ると、光が紐を孝浩の首へと巻き付ける。そうして、片方の端を持って、もう片方の端を敦に放って寄越した。
「そっちを持ってくれ。いっせーのっで思い切り引くんだ。」
敦は、手伝うと言ったものの手が震えて来るのを止められなかった。なので、両手でその紐を掴むと、頷いた。
「わかった。やってくれ。」
光は、そんな敦の様子に微かに苦笑したが、言った。
「じゃあ行くぞ。いっせーのーでっ!」
敦は、目を閉じて思い切り紐を引いた。
グイと肉に食い込む紐の感触を手に感じるが、がむしゃらに紐を引っ張り続けた。
どれぐらいそうしていたのか、気が付くと光が、敦の腕を掴んで、言った。
「もういいって。終わったよ…孝浩は、死んだ。」
そう言われて初めて孝浩を見ると、もう孝浩は呼吸をしていなかった。
首には、自分が今握っている紐が巻き付いている…敦は、思わず放り投げるようにその紐を放した。
「何の抵抗も感じなかった…寝てても、少しは抵抗するのかと思ったのに。」
敦が言うと、光は扉へと足を向けながら、答えた。
「麻酔みたいなものだからな。ほとんど仮死状態になる薬のようだ。本人は何の苦しみも感じてないから気にしないでいい。帰って来た狂人が言ってたから間違いないよ。」
孝浩の部屋から出て、敦はふと、美津子の部屋の方を見た。何の音もしないので分からないが、呪殺は成功したんだろうか。美津子は狐だったのだろうか。そして、美奈は狐ではないのだろうか…。
次の日の朝、敦は早くに起きて、その瞬間を待っていた。
そして扉の閂が回るガチンという音で、顔を引き締めて、精一杯村人を演じて扉を開いた。
思った通り、皆が廊下へと一斉に出て来る中に、美津子も、孝浩も居なかった。
ここからは何が起こったのか分からない村人を演じなければ。
敦は、皆の動向を冷静に伺った。
みんな、お決まりの生存確認をしあっている。
「ま、学くんっ?」
美奈が声を上げている。学はうんうんと何度も頷いた。
「ああ、無事だったか。」と、美奈の背後を見た。「光も無事だな。まあ当然か、黒打たれてるし。他は?」
美奈は出て来ている全員を見回している。そうして、うろたえたように叫んだ。
「え…少なくない?襲撃っ?また襲撃なの?!」
それを聞いた賢治が言った。
「美津子さん?孝浩も居ない?ちょっと待て、まだ寝てるのかもしれない。薫、そっち頼む、お前孝浩と隣りだろう。オレは美津子さんを。」
薫は、あーあと伸びをしながら自分の隣の部屋の孝浩のインターフォンを押している。敦は、あっちは光に任せようと、自分も薫へと近づいた。
「応答あるか?」
薫は、ゆっくりと首を振った。
「無いねえ。」
そのおっとりした様にイラっとした敦だったが、薫は真占いかもしれないので、息をつくだけでドアノブに手を掛けた。
「開いてる。孝浩?入るぞ。」
そして、中へと足を踏み入れた。
この時のために、寝る前昨日の事は忘れるのではなく何度も思い出して耐性をつけて、自分なりに備えて来た。
敦は、演じる自分を崩さないように慎重に足を踏み入れると、そろりそろりと進んで行った。後ろから、薫も面倒そうについて来る。
そうして、孝浩と再会した。
「…孝浩?」敦は、歩み寄った。「ああなんてこった、首に縄が!」
少しわざとらしいかと思ったが、声を上げた。薫が、途端に険しい顔をして、敦を押しのけて孝浩の顔を覗き込み、そうして、シーツを避けてその手首をつかんだ。
「…うーん、死んでるねえ…。絞殺か。これは、襲撃なのかな?」
その様子に、敦は眉を寄せた。死体を前にして、薫は落ち着き過ぎているように見える。
敦は、自分で精一杯のうろたえたようなふりをして、廊下の方へ向かって、思い切り叫んだ。
「賢治!賢治どこだ、来てくれ!孝浩が!」
賢治の声が、あちらの余裕がないように叫び返している。
「こっちもなんだ!孝浩はどんな風なんだ、敦!」
薫が、それを聞いて敦にはお構いなく廊下へと出て行った。そして、今死体を見て来たとは思えないほど落ち着いた声で言った。
「死んでるよ。オレ、昨日孝浩を占ったのに。孝浩は白だったんだ。なのにさあ、こんな簡単に首絞められてさあ…。」
賢治は驚いたような顔をして、こちらの部屋へと走って来た。
「なんだって?!そっちもか?!」
敦は、賢治が来たので黙って道を空けて、自分は廊下へ出た。光が美津子の部屋の奥から出て来て、眉を寄せたまま言った。
「美津子さんもなんだ。」そこに居た、学と貴子、美奈が目を丸くすると、光は続けた。「美津子さんも一見何でもないからと側へ行ったら、首に縄が巻き付いていた。死んでいる。」
美奈は、口を押さえた。そして、その場に気を失ってバッタリと人形のように倒れた。
それを見た光は、息をついて美奈に歩み寄り、側の貴子に言った。
「部屋へ運ぶ。ついててやってくれないか。オレ達は、とりあえず下へ行って議論して来る。後で賢治に内容は報告させるから。」
貴子は、おろおろしながらも頷いて、美奈を抱き上げて歩き出す光について行った。
敦はそれを見送ってから、孝浩の部屋の方へと視線を向けた。賢治が、一気に老け込んだような顔で出て来て、敦を見上げた。
「…死んでいた。絞殺だ…美津子さんと同じ。」
敦は、深刻な顔をして、頷いた。
「とにかく、議論をしよう。昨日の占いの事や霊能結果も聞かなきゃならない。それで、話を進めて行くんだ。これ以上犠牲が出ないためにも、早いとこ状況を把握しないと。」
賢治は、力なく頷く。美奈の部屋から出て来た光が、合流して来て言った。
「さあ、材料が出たんだ、議論しよう。これを早く終わらせるためにも。」
賢治は、光を見た。
「美奈ちゃんは?」
光は、階段をもう降りて行きながら答えた。
「ショックで気を失っただけだ。貴子が見てくれてるから、後で議論の内容を報告に行ってやってくれ。さあ、時間がもったいないぞ!行こう。」
賢治は、光に一括されて、首を振って頭を冷静にしようと努力してから、思い切ったように階段へと向かう。
それをじっと見たこともないほど真剣な顔で見ている薫を背後に感じながら、敦は光を追って階段を降りて行った。