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それからのことは、あまり詳しく覚えてはいない。
光が道具を片付けておく、と言って一階へ降りて行ったのを見送ってから、明らかに顔色が悪い利典を部屋へと入るまで見送り、そうして自分も部屋へと帰って、朝までまんじりともせずにベッドに座っていたのを覚えている。
次の日の朝は、皆大騒ぎだった。
昨晩、散々に心の中で反芻し続けた敦は、顔色は悪かったかもしれないが、それでも冷静で居ることが出来た。
思った通り女子は大騒ぎで、元々メンタルが弱い賢治は何度も吐いてとても議論など出来そうにない。
光が、医師らしくさっさと処置をして部屋へと落ち着かせたが、光が居なければ脱水症で大変だったことだろう。
一度部屋へと帰るように言われて戻ってから、敦はまたどんどんと頭が冷静になって来るのを感じていた。真理は死んだ。明日は自分が吊られて消えるのかもしれない。どうあっても、負けるわけにはいかない…。
そう思って自室で座っていると、腕輪がピピピと音を立てた。光が指示でもした来たのかと画面を見ると、8、利典からだった。
「もしもし?」
敦がエンターキーを押して出ると、意外にも落ち着いた声が流れて来た。
『敦?今いいか。』
敦は答えた。
「ああ、一人だ。どうした?」
利典の声は、あくまで淡々と言った。
『オレ、今夜吊られようと思う。』
敦は、驚いて思わず前のめりになった。まだ黒を打たれたわけじゃないのに今?
「何を言っている?人狼三人で出来るだけ生き残ってた方がいいんだぞ。黒を打たれても、村がお前が白いと判断したらむしろ占い師が吊られるぐらいだ。諦めるのは早い。」
利典の声は、首を振ったようだった。
『敦、オレは耐えられないんだ。まさかここまで精神的に弱いと思ってもみなかった。だが、オレは昨日の襲撃を、毎晩するのは無理だ。そのうちボロを出すかもしれない。お前達に迷惑を掛けないためにも、今日吊られた方がいいと思ってる。気を失うだけなんだろう?あっちでお前達が起こしてくれるのを待ってるさ。だから、明日霊能が黒を出すことを考えて、お前もオレに投票しろ。投票していれば、白くなる。こんな風に命が懸かってるとなると尚更だ。光にも、同じことを言った。光は目立ってるから、お前が最後の砦になるんだ。がんばってくれ。』
敦は、その声に有無を言わせない決意を感じて、仕方なく頷いた。利典は、楽になろうとしているのだ。自分が吊られることで、光と敦を白くして、そして勝利を託して待つことで。
「…わかった。お前に入れるよ。必ず勝つ。だから、待っててくれ。だが、村人がお前を選ばないかもしれない。その時は一緒に戦う覚悟をしろよ。」
利典は、そうはならないと思っているようだ。あっさりと答えた。
『ああ。じゃあな。』
そうして、通信は切れた。敦は、ため息をついた。確かに、自分だって逃げたいのは確かなのだ。光に全てを託して、さっさと眠って待ちたい。だが、そういうわけにはいかないようだった。もしかしたら、最悪自分だけが残るかもしれないのだ。
それが、ただの予測では無い事は、その後議論へと階下へ降りて行って知った。
賢治が、満足げに揃った皆を見回して、言った。
「よし。じゃあ早いけど揃ったから、議論を始めようか。」
皆が、固唾を飲んだのが分かった。賢治は、もう占い結果を知っているのだ。敦は、自分も占われている可能性があると緊張気味に待っていると、シンと水を打ったように静まり返った中、賢治は手元のノートを見ながら、言った。
「じゃあ、占い結果を言う前に、霊能者だが」賢治は、最初に美奈を見たがそこからぐるりと視線を動かして、言った。「昨日の結果が黒だった時のみ、出て来てくれ。白だったら、襲撃を避けるためにも出て来ないで欲しい。じゃあ、準備はいいか?せーのっ!」
誰も動かない。
賢治は、流れ作業のように頷いた。それを見た敦は、先に通信して結果を聞いていたな、と悟った。
「じゃあ佳代子は白だな。」
全員が、暗い顔をした。白を吊った…佳代子に投票した人達は、責められるのでは、と案じているのだろう。
しかし、光が言った。
「白でも妖狐だったかもしれない。佳代子の様子は完全にいつもの人外だっただろう。佳代子は、村人か、妖狐。村人が確定したわけじゃない。」
相変わらず、皆に賛同を得るような言い方をする、と敦が感心していると、皆がうんうんと頷く。賢治もそれに同意しながら、言った。
「じゃあ、占い結果を言おう。」その場の空気が、一気に固まるのを感じる。賢治は、勝ち誇ったように続けた。「薫は留美を占って白だと。だが、学と美津子さんが黒を引いた。利典と、光だ。」
皆の視線が、一斉に二人に向いた。
敦は、心の中で驚愕した…なんだって?!光?!指定されてなかったのに…?!
しかし光は、特に慌てる様子もなく落ち着いて応じた。
「ありがたいな。それでオレ目線偽物が早くに分かるというものだ。オレに黒を打ったのは誰だ?」
賢治は、こちらも取り乱すこともなく答えた。
「美津子さんだよ。」と、美津子をチラと見た。「敦と貴子を二人指定したのに、そのどちらも占う気持ちになれなくて、主導権を握りがちな光を占ったんだそうだ。それで黒だと。」
美津子が占ったと聞いて、敦はああ、と納得した。賢治が落ち着いているのも、間違いなく信じていないからだ。昨日の時点で、光は全く疑われていなかった。それなのに、それほどに白い光を占って黒だということで、美津子には何のメリットがあるのだろう。
敦は、それを考えたが、すぐには答えが出なかった。
すると、だんまりだった健吾が口を開いた。
「信じられん。」皆の視線が健吾に集まる。健吾は物怖じしないでその視線を受けた。「光は誰よりも白いと感じた。占うにしてももっと終盤で良かったんじゃないかと思うし、共有の言うことも聞かずにもし、呪殺が起きていたらどうするつもりだったんだとも思う。こんな勝手なやり方をされたんじゃ、真占い師の特定に支障をきたす。指定以外を占っていいなら、呪殺が起こった時、実は自分が占ったとこじつけるだろうが。本当のことを言っていても信用出来なくなるんだ。そんな村の判断を乱すようなことをする奴は、人外と考えていいだろう。」
敦は、村はそう感じるのだと思った。こうして思考の流れを見ていると、健吾は狐ではなく完全に村側だろうと思えた。
これは美津子は確実に狂人か狐だなと敦が美津子を睨みつけるようにして見ていると、美津子が唸るように反論した。
「私は村に貢献したわ!黒を引いたのよ。共有の指定はてんでおかしいもの。私の判断で占い先を変えたからこそ見つけられたのよ。感謝されても、疑われるなんておかしいわ!」
ここでこの狂人か狐か分からない女を消しておこうと、敦は口を開いた。
「何のための指定なのかってことだ。健吾の言う通り、それじゃ呪殺が出た時特定出来なくて困るんだと言ったろう。オレを占って黒でも出す方がよっぽど良かったんじゃないのか?いや、昨日美奈ちゃんを庇ったオレとやり合ってるんだから報復かと思われてやっぱり疑われるのか。」
利典は黙って静観している。その利典を占った学は黙っているし、薫は珍しく真面目な顔で話を聞いていた。
光は黒を打たれたとは思えないほど落ち着いていて、貴子はハラハラと皆を見回していた。留美は白を打たれたのでホッとしたのか肩の力が抜けていて、孝浩はチラチラと光と利典を見比べていた。
美津子は、口元をブルブルと震わせていたが、ヒステリックに叫んだ。
「何よ!あんたも昨日から私にばかり突っ掛かってきて!」と、美奈を指した。「あんた、この子を庇ってばっかだったじゃないの!やっぱり仲間同士で守ろうとしてるんじゃないの?!利典も合わせてあんた達が人狼なんでしょう!私の相方は学なんだわ、きっと!」
敦は、まためちゃくちゃな論理だなと思って反論しようかと思ったが、それには、学は首を振った。
「オレはそうは思わないよ、美津子さん。」美津子は、学の落ち着いた顔に、少したじろいた。学は続けた。「オレだって指定以外を占いたいと思ったりもしたが、共有の指定の意図は知ってるしその中から占った。美津子さんだってそれは知ってるはずだ。それなのに光を占ったり…正直、信じられないよ。オレは今日は自分の黒を吊って欲しいと思うな。」
それでも、学の黒の利典は黙っている。美津子は、学を睨んだ。
「あなたが偽物なの?黒の光くんを庇ってるのね?狂人?」
賢治が、息をついて割り込んだ。
「待ってくれ。」皆の視線が賢治に集まる。賢治は美津子を見つめて続けた。「今の話はおかしい。美津子さん、あなたが最初に言ったように学が真占い師で利典が黒だったとして、あなたの黒の光、そして敦、美奈ちゃんで人狼の数は四人にならないか?この村には人狼3人だろう。仮に美奈ちゃんが陣営同じで狂人だったとして、人狼には最初から狂人が分からないし、狂人からも分からないのに庇うのはおかしい。それに人狼は狂人が疑われても放置する。庇ったりしない。吊縄消費するのが狂人の役目だって美津子さんだっていつも言ってるじゃないか。オレはむしろ、美津子さんが狂人なんじゃとか思ったりしてるんだよね。だって、この行動は吊られに行ってるとしか思えないじゃないか。」
狂人だったとしても、切るけどな。
敦は心の中で思いながら苦々しい思いだった。
美津子は、目を見開いてブンブンと首を振った。
「そんなはずないじゃないの!どうして私が狂人なのよ!狂人だったら、初日から黒を打ったりしないわ!誤爆したら大変だもの!」
健吾が、口を出した。
「だから光が白いから黒を出して自分が狂人だ、だから噛むなって人狼にアピールしてるんじゃないのか。占い師が呪殺を出さないうちは村人も議論で占い師には手を掛けないと思って。それに黒が出たら吊るのがセオリーだから、そいつを吊ってる間は自分は吊られずに済むしな。」
敦は、それを聞いて光は間違っていなかったのだと思った。美津子は、間違いなく狐なのだろう。狂人だとしてもこんなお粗末な狂人なら居ない方がマシだ。恐らく人狼に気取られて占い対象や吊対象にならないように、安易に考えて光に黒を打ったとしか考えられなかった。
狂人だとしたら、誤爆しているし、どちらにしても面倒だから消してしまいたかった。
「うーん、でもここまで怪しいと確かになあ。人狼ではなさそうだし、狂人の線が一番強いように見えて来たよ。」賢治が言うのに、美津子が反論しようとしたが、賢治はそれを遮った。「いや、この議論は後で。先に黒の精査をしなきゃならないから、学の黒のことを考えよう。利典、さっきから黙ってるが何かあるか?」
利典は、それは穏やかに落ち着いてフッと息を吐くと、やっと口を開いた。
「まさか自分が黒を打たれるとは思ってなかったから、混乱してるが仕方ないな。もちろん、オレは人狼じゃない。光ばかりが白いと言われてるが、お前達が今狂人扱いしてる美津子さんと、オレは昨日あれだけやり合ってるんだぞ?確かに人狼から狂人は分からないが、オレが人狼だったら初日から敵を作るようなことをすると思うか?あんなに派手にやり合う人狼なんて居ないと思うが。」
敦は、あまりにあっさりと吊られたら怪しいと判断したのか、淡々と村人なら言いそうな弁明をした。それも、スラスラと何の後ろ暗い所も無いように、覚悟を決めているからか黒を打たれた人狼の様子には全く見えない。
同じように思ったのか、賢治は、顔をしかめた。
「まあなあ、言われてみればそうなんだが。しかし黒が2つ出ている以上、どちらかを吊って明日色を見たいというのがオレの考えなんだ。それによって占い師の真贋もついて来るかもしれないし。二人占い師が居る村で、3人の占い師が出て、二人が黒を打ってる。少なくとも、一人は黒じゃないかと思いたいんだ。でないと占い師が欠けてることになるじゃないか。」
光は、黒を打たれている張本人であるにも関わらず、すぐに頷いた。
「賢治の言う通りだ。占い師の内訳を知るためにも、どっちかを吊るのが正しい。早く真占い師を特定できないことには、狐まで居るこの村はヤバいんだよ。昨日の佳代子が白だったことを考えても、少なくとも人狼は吊れていないし、死体が一つだったことから見ても、狐は2匹居る。現在12人で後5縄。それでこれから人狼3人と狐2匹を始末しようと思ったら、狐は呪殺頼みになるんだ。真占い師にだけは生き残ってもらわないと困る。」
それを聞いた村人の顔色は、賢治を含めて緊張した面持ちになった。つまり、今日騙りに落ちて人外以外を吊ってしまったら、それからは呪殺を出さなければ絶対に村は勝てないことになるのだと、今気付いたのだろう。
敦は、その事実を知って、光が言っていたことが脳裏をかすめた。やはり、狐なのだ。狐が残っていたら、これから先面倒なことになる…。
「…だったら、偽物が打った黒を吊ってる場合じゃないだろう。」敦が、焦ったように身を乗り出して言った。「ほんとに怪しいのは誰なんだ!美津子さんは昨日からみんなに疑われてる。光はどう見ても白い。じゃあ利典か?だがその怪しい美津子さんとあれだけやり合ってたじゃないか。そうなって来ると学まで怪しく見えて来る。誰を疑ったらいいんだ!」
敦は、パニックになりそうなほど、最後の方は早口に段々とヒートアップした口調になって言った。我ながら、うまく演じられたと思う。賢治が、急いで言った。
「落ち着け、焦っても駄目だ、落ち着いて考えよう!確かに今日人外以外を吊ってしまったら村は苦しくなるが、占い師が生きてる間はまだ勝てる可能性があるんだ。」
じっと黙って聞いていた美奈だったが、ふと何かに気付いたような顔をした。
何を言うつもりだ、余計なことを言うな、光が襲撃先に選ぶことになるぞ。
敦のそんな気持ちも知らず、美奈は言った。
「でも…占い師の中に狐が混じっていたら?呪殺出来ないでしょう。結局最後は吊らなきゃならないことになるんじゃないの?」
それには、薫が答えた。
「あ、それ。僕、それについて賢治に話したよね?いろいろ考えたけど、占い師の中に狐が混じっていた時のためにも、相互占いをしておいた方がいいって。そうしないと、狐の思う壺だって。」
相互占いはいい考えだ、と敦が思っていると、賢治は薫に頷いていた。
「ああ、占い結果を聞きに通信した時、薫はそう言ってたな。誰かが襲撃されたり、占い師の決め打ちに失敗して真占い師が居なくなってしまわないように、今のうちに相互占いはしておいた方がいいかもしれないとオレも考えてる。」
光は、それに黙って頷いている。
孝浩は、言った。
「それで真占い師が確定出来たらこっちにとっても願ったりだろう。残りの狐はその真占い師に片っ端から占わせて探して行ったらいいんだから俄然有利になる。連続ガード有りなんだ、占い師はテッパンで守ってもらって。うまい具合に霊能は出てないんだし。」
敦は、孝浩を忘れていた、と思った。もし孝浩が狐だったとしたら、自分が一晩占われる可能性がない占い師同士の相互占いは有り難いはずだ。
だが、美津子は狐では無いかとほとんど確信に近い感じで敦は思っていた。
孝浩にしても、もし狐なら相方を失くすのはつらいはず。
孝浩は、狐ではないのかもしれない。
敦は、そう思いながら見ていた。