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ただ愕然と黙っている前で、光は冷静にその、工具箱のような箱を取っ手を持って両側へ押し開き、中にあるラミネートされた説明書のような物を手に取って、二人に放って寄越した。

「ほら。ここに決まり事が書いてある。前の時もそうだった。この中にある道具で、たった一つの傷をつけることだけ許されて、相手を殺す。つまり、心臓を一突きか、首の頸動脈を貫くか、首を絞めるか、どんな方法でもいいから下手に傷をつけずに一気に殺せってことだ。」

敦は、思わず受け止めてしまったそのラミネートされた説明書へと視線を落とした。確かに、今光が言ったようなことが書いてある。

それよりも、最後の方に書かれてあることに、敦の目は釘付けになった…『なお、故意に襲撃を行わなかった場合、陣営の全てが追放となり残った者達から勝利陣営が決まります。必ず襲撃は行うようにしてください。』

つまり、襲撃をしないという選択肢はない。今の状態なら、狼が全て居なくなれば、狐の勝利となるからだ。何もしないで、狐に勝利を譲るつもりは毛頭なかった。

「つまり…オレ達のうち、誰かがそれをしなきゃならないってことか?」利典が、微かに震えながら言った。「今から、真理を殺すっていうのか。」

光は、それにも頷いた。

「そうだ。そうしなければオレ達が勝てないから、どうなるか分からない。最悪皆殺しだ。それでもいいのか。」

利典は黙った。人としての良識が、そんなことは出来ないと言っているのだろう。敦の心の中も、同じように良心が激しく抵抗していた。だが、それをしなければ自分達は生き残れない。狐に勝利を渡したら、結局は多くの村人が犠牲になるのだろう。狐は、たった二人なのに。

敦は、思い切って頷いた。

「覚悟を決めよう。このまま襲撃しなければ、オレ達も生き残れないが、村人も生き残れない。狐が、何もしないままで勝利を収めて笑うことになる。オレは、どうせ死ぬなら最後まで戦って死にたい。」

光は、敦の言葉に少し肩の力を抜いたように見えた。二人に反対されたらどうしたらいいのか考えていたのだろう。そして、頷いた。

「その通りだ。自分が死ぬか、相手が死ぬか。他の奴らは間違いなくオレ達を殺しにかかっているんだ。良識がどうの言っている場合じゃない。」と、工具箱から、一本の小さなナイフを手に取った。「今夜は、オレがやる。お前達は何もしなくていい。オレは人体に詳しいし、一発で仕留める自信がある。相手は、麻酔にかかったように全く動かないんだ…襲撃が決まったら、どうやら何か細工されるらしい。だから、オレが吊られてお前達だけしか残らなかったとしても、安心していいぞ。」

敦は、ゴクリと唾を飲み込んで、利典を見た。利典は、もう観念したというように、がっくりと肩を落として何度も頷く。

「…分かった。確かにお前達の言う通りだ。オレは、明日にでも吊られるかもしれない。そうしてオレが人狼だったら、みんな喜ぶんだろう。そんな奴らに、同情なんかしてる場合じゃないな。言う通りにする。」

光は、頷いて腕輪を手に持ったナイフで示した。

「じゃあ、打ち込んでくれ。真理は11だ。」

利典は、そう言われて腕輪を見て、震える指で11と打った。そして、0を三回押すと、腕輪から声がした。

『入力を受け付けました。襲撃先の部屋へ向かってください。』

その声を聴いてから、光は立ち上がった。

「さあ、行くぞ。まあ、もし真理が狐だったら扉は開かないし、狩人が気まぐれに守ってても開かない。気軽に行こう。」

言われて、敦と利典は頷いたものの、暗い表情だった。そして、ゆっくりと立ち上がると、光を先頭に二階へと上がって行ったのだった。


廊下は、シンと静まり返っている。

閂がしっかりおりているので、皆が突然出て来る危険はなかったが、それでも今からしようとしていることを考えると緊張で震えて来た。

光は、前のゲームでも散々やって来たことなのか、落ち着いて11の部屋へと足を進めている。敦と利典が重い足を引きずるようにやっと光に追いつくと、光は二人を振り返った。

「さあ、開けてみてくれ。」

利典を顔を見合わせたが、頷きかけられて敦はドアノブに手を掛けた。

いっそ開かなければ…。

敦は、心の中で思った。だが、その意に反して扉はあっさりと音を立てて開いた。

気付かれたかもしれない。

敦が焦って光を見たが、光は苦笑して言った。

「だから、言っただろうが。真理は今頃熟睡だ。何をされても気が付かない。さあ、行くぞ。」

光が、先に立ってさっさと真理の部屋へと入って行く。

利典と敦は、仕方なくその後ろに続いた。


真理は、本当に眠っていた。

身動き一つせず、光がその枕元に近付いているのに、微動だにしない。

光は、真理の首筋に指を二本立てて触れていたが、当たりを付けたのか、二人を振り返った。

「この辺り。分かるか?ここなら一突きでいける。脈が強く感じられる場所だ。覚えておけよ。」

利典が、青い顔で何度も頷いている。敦は、思わず目を閉じて、ブンブンと首を縦に振って分かったと示した。

光は、そんな二人に構わずに、まるで手術でもするように、真理の首筋にぶすりとナイフを突き刺した。

一瞬、何も起こらないと思った。

だが、光が横へと足を進めてから、突き刺したナイフを一気に引き抜くと、まるで爆発でもしたかのように、真っ赤な鮮血が壁へと噴き出した。

「うわ…!!」

敦が思わず声を立てて、急いで自分で口を塞いだ。採血の時に見ているような、赤黒い色ではなくあまりにも鮮やかな赤で、それが現実の物だと認識するのに時間がかかった。光は、全く返り血は浴びておらず、手に少し飛び散った血をナイフと共にシーツで拭うと、二人を見た。

「…終わった。このナイフの」光は、ナイフの刃を指さした。「根本まで刺したらちょうど動脈だ。真理はもう死ぬ。このまま部屋へ帰って、明日は素知らぬふりをするんだぞ。オレも出来る限り演技をする。お前達も自分がこうなりたくなかったら、陣営勝利を目指して本腰入れて演じろ。それで、敦。」

敦は、まだ血を吹き出している真理から目を離せないでいたが、言われて光を見た。光は、厳しい声で言った。

「お前は、オレ達の中で一番疑いのかからない位置に居る。もしオレや利典が人狼だと疑われた時のために、議論ではオレとは逆のことを言え。所々合わせてもいい。だが、基本別の考え方であるようなふりをするんだ。そうしたらオレ達のラインは切れる。そうだ、美奈。賢治があいつを信じてるというなら、お前もあいつを信じてるふりをしろ。庇ってやったらいい。そうしたら、美奈もお前に気を許すだろうし人狼などと思わないだろう。利典が吊られる可能性が高い今、お前かオレのどっちかが生き残らないと勝てないんだ。」

敦は、急にプレッシャーを感じて俄かに緊張して来たが、それでもしっかりと一つ、頷いた。光はそれを見て頷き返すと、もう興味も無いように、真理を振り返りもせずに部屋を出て行く。利典もそれに続き、敦もついて行こうとしながらふと、真理を振り返った。

真理は、自分がどうなったのかもしらないような穏やかな姿勢のまま、血だまりの上に眠っていた。その首からは、もう血は噴き出していなかった。

それが何を意味するのか分かって、敦は急いで真理から目を反らすと、部屋へと戻って行ったのだった。

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