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敦は、0時になった途端に閂が回るのを感じ、自分の扉の、二重ロックのうち自分が管理していない方が開いたのだと知った。
そして、それと共に急いでノブを回すと、廊下へと飛び出した。
すると、同じように利典も飛び出して来ていて、光は、端の部屋からゆっくりと落ち着いた風に出て来た。
「一階へ行こう。」
光は、普通の声で言う。なぜか足元の廊下に、何かの工具箱のような箱があったが、光は何の疑問も感じていないように、それを持ち上げた。敦と利典は、いくら防音が完璧だと言われていても気になったので、ひたすらに黙って頷くと、光に従って螺旋階段を降りて、誰も居ないシンと静まり返ったリビングへと入って行った。
念のためリビングの扉を閉めた敦は、いきなり光に向き直って、言った。
「光、お前何を知ってる?!佳代子はどうなったんだ、梨奈は、留美は?!吊られた先じゃ、どうなってるのかお前知ってるのか?!知ってるなら、全部話せ!」
矢継ぎ早にそう叫ぶと、敦はゼイゼイと息を上げた。光は、落ち着いた風に白いソファに座っていて、フッと軽く息をついた。
「まあ座れ。オレ達は仲間なんだ、落ち着いて話そう。」
敦は、その落ち着いた様子にイラッとしたが、しかし確かに仲間に違いないので、憮然としたまま光の前に腰掛けた。利典も、黙ってその横へと座る。光は、二人を前に、前のめりになって膝の上に腕を置いて、言った。
「まず、最初に言っておく。オレは、このゲームに参加するのは初めてじゃない。」
利典も敦も、驚いた顔をした。光は、二人の反応を見て、息をついた。
「何も好きでこんなものに参加してるんじゃないぞ。今回だって、ここへ来て初めて、またはめられた、と気付いたぐらいだ。オレは、前にドイツでこれと同じ手法で戦わされたことがある。同じようにリアル人狼だった…まあ、あの時は13人村で狐は一人、狼は三人だったがな。オレは、今と同じ人狼陣営だった。」
敦が唖然としていると、利典が横から言った。
「それは…一度経験して、生き残ったってわけだな?光、つまりは、みんな殺されていないと?」
光は、長々と息をつくと、首を振った。
「いや。分からない。勝った同じ人狼陣営の奴らと、知らずに襲撃した狂人は生きて戻って来た。だが、村と狐がどうなったのかは知らない。あの時は、知らない奴らばかりがどこからか意識を失って集められていて、こんな風に自主的に出向いて来たわけじゃなかったんだ。だからあの監禁されていた場所から帰されると、他の奴らに会うことは無かった。もう何年も前のことだったし、忘れかけていたんだが…。」
敦は、それを聞いて段々に頭が動き出し、絞り出すように言った。
「じゃあ…人狼陣営が何をすべきかも、知ってるんだな?そして、勝てば間違いなく生きて帰ることが出来るってことも、お前は知ってるってことか。」
光は、慎重に頷いた。
「ああ。勝てば、どれほど酷い状態で死んでたって生きて帰って来る。まるで、何事も無かったかのように。オレは最後まで吊られなかったが、吊られた仲間が言うには、椅子で連れ去られる時に気を失って、次に気が付いた時にはオレが勝ったと言って揺り起こしていたそうだ。つまり、何の痛みも苦しみもなく、ただ眠っていた気持ちだったと他の奴らは言っていたな。つまり、みんなその状態だと思っていいと思う。」
敦は、こんな状況なのに、体からホッと力が抜けるのを感じた。人狼である自分達は、襲撃されることはない。つまり、吊られるしかここから退場することはない。吊られるとは、気を失うだけなのだ。ならば、自分の陣営の勝利のために貢献して吊られるのも、そう怖いことではないではないか。むしろ、何としても人狼陣営には勝ってもらうよりないのだから、喜んで戦略として死んで逝くべきだろう。
利典も同じように思ったのか、幾分ホッとしたような表情で光を見た。
「勝てば、問題ないのが分かっただけでも気が楽だ。負けた他の陣営がどうなったのか分からないから、お前はみんなにその情報を開示しないんだな?」
光は、頷いた。
「そう。誰だって死にたくないだろう。それに、オレがその時何の役職だったのか問い詰められたら答えなければならなくなる。人狼の襲撃がどんな風なのかとか、恐らくみんな聞くだろう。それを知らせることが、オレ達に有利になるとは思えない。だから、黙っていた。これからも言うつもりはない。」
利典は何度も頷いた。
「オレ達は三人しかいない。情報で武装して身を守るしかないからな。占い師が二人も居る今、村にこれ以上考える材料を与えてやる必要はない。」
敦は落ち着いて来てソファにもたれかかり、肩の力を抜いた。
「だな。で、今夜は誰を襲撃する?狩人狙いか?」
利典が、それを聞いて光を見た。光は、二人の寛いで来た様子を見ても、姿勢を崩さなかった。
「いや。狐狙いだ。守られているはずのない位置の当たり障りのない話をしているヤツ。そこを噛んで見て、消えればラッキーだし生き残れば狐だ。三人でいろいろな方向から攻めて吊られるように持って行くか、占い師に占おうと思わせるようにするんだ。狂人の位置もまだはっきりしない…ここは狐を何とかする方へ持って行こう。」
利典は、首を傾げた。
「狐って、今は一人でも村人を減らす方へ持って行った方がいいんじゃないか?占い師が脅威なのはオレ達より狐だろう。二人も居るんだ、早々に呪殺が出るとオレは見たぞ。」
光は、首を振った。
「前のゲームで、狐が一番厄介だったんだ。相手も必死だし何とかして生き残ろうとする。前回は騙されてもう少しで狐が勝つところだった…役職に出て来て、狂人のふりをした。人狼のオレ達をいち早く気取って白を打ち、こちらを庇って村を追い込んだ。村人だって馬鹿じゃない、黒を打って仲間を吊って来るし、終盤になってから騙されたと分かっても襲撃も出来ないし今まで共闘していたヤツを皆に疑われずに吊り誘導するのは並大抵の労力じゃない。最後村人を何とか騙して票を入れさせて処理したが、狐ほど面倒な相手は居ないとその時思った。オレは、今回は狂人も犠牲にするつもりだ。こっちからは狐か狂人かなど判断のしようがないからな。」
「襲撃をしない限りはな。」敦が、先を続けた。「分かった、じゃあ狐を探して噛んで行こう。占い師と一緒に狐を処理して、後は村人との対決だ。じゃあ、お前は今夜は誰だと思ってる?」
光は、敦を見てにこりともせずに、答えた。
「真理、孝浩、美奈、留美、貴子、健吾のうちの一人だが、今日は占われないと決まっている真理、孝浩、美奈、健吾のうちの一人だな。」
敦は、そこでハッとした。そうだ、美奈が霊能COしているのを話していない。それを言ったら美奈が優先的に選ばれるだろう。
しかし、美奈が狂人の可能性もないわけではない。
敦がどうしようかと悩んでいると、利典が言った。
「女子の方が感情で動かしやすいから、残した方がいいんじゃないか。光なら票誘導などお手の物だろう。孝浩か健吾なんかいいんじゃないか。」
光は、利典を見た。
「女は最後の最後で裏切るぞ。特に自分が生き残りたいとなると平気で嘘をつく。あっちもこっちも繋がって置いて、自分に有利そうな方へと簡単に鞍替えする。狐だったりしたら最悪だ。オレは美奈か真理で行きたいと思ってる。」
敦は、顔をしかめた。あっさりと自分が連れて来た美奈を犠牲にする話が出来る光に、人として抵抗感があったのだ。
「だが、お前は美奈ちゃんと幼馴染なんだろう?いいのか、そんな簡単に襲撃してしまって。」
光は敦を見て、初めて表情を崩して、フフンと笑った。
「なんだ敦、美奈をほんとに好きになったのか?あいつが霊能COしているのは知ってるぞ。どうしてここでそれを言わない?美奈を噛もうと言うところだろうが。」
利典が驚いたように目を丸くした。敦は、やはり聞かれていたかと椅子の背から背中を放して、首を振った。
「別にまだ会ったばかりだし、庇うとかじゃないぞ!ただ、それを知っているのがこっちのグループだけだったから、噛んだりしたらオレが疑われると思ったからだ!それに、まだ真霊能だと決まったわけじゃないだろう。結果を出すのを見てからでもいいんじゃないのか。」
光は、崩した表情をまた険しくした。
「分かってないな。今言っただろう、別に狂人だろうと真霊能だろうと関係ないんだよ。後で寝首をかかれないためにも、仲間だと確信出来ない奴らは消して行く。お前はまだ分かってないんだ…勝たなきゃどうなるか分からないんだぞ。」
敦は、光の目に本気だ、と悟った。一度このゲームを経験している光には、このゲームを仕掛けた奴らの狂気が見えている。だからこそ、なんとしても勝たなければと思っているのだ。
利典が、同じように険しい顔をして、頷いた。
「そうだな。占い師が二人も居て村以外の陣営は不利なんだ。ましてオレは、占い指定されている。佳代子が吊られた今、今夜は学に占われる事は確定だ。あいつが真占い師だったら、オレは黒を打たれる。狂人や狐だとしても何を言い出すか分からない。オレが早々に吊られることになる可能性は高い。オレは抵抗せずに吊られるつもりだ。敦、お前にしっかりしてもらわないとヤバいんだよ。」
敦は、黙りこんだ。利典の言う通りだったからだ。光は、息をついた。
「とにかく、役職者の内訳を早めに知るために努力しよう。敦が噛みたくないなら、今夜は美奈ではなく真理を襲撃しよう。美奈は占わせる方向で行く。まあ美津子さんが恐らくは狐だろうとオレは見ている。それとあれだけやりあった上、役職にまで出てきた美奈は狐目は薄い。とりあえず今日は残して、明日以降考えよう。もし狩人がお前たちの居たグループに居たら、あいつを守ってる可能性もあるしな。真理で行こう。」
敦は、なぜかホッと胸を撫で下ろした。確かにあの中に狩人が居たなら、人狼が混じっていた事を考えて美奈を守る可能性もある。利典が、緊張気味に光を見た。
「それで、襲撃はどうするんだ?腕輪に打ち込めば終わりか?」
光は、それこそグッと眉を寄せて、頷いた。
「ああ。打ち込んだら、その相手が狐ではなく尚且つ守られていなければ鍵が開く。」
それを聞いた敦と利典は、一斉に息を飲んだ。もしかして…。
「まさか…」利典が、乾いてくる唇を舐めた。「まさか本当に襲撃するのか?」
光は、一気に老け込んだ顔をして、また頷いた。
「ああ。」と、足元に置いてあった箱を指した。「道具はある。これで息の根を止める。」
二人は、絶句した。
光は、その箱を無言で開いた。




