31
その日の朝、敦は、納得の行かない顔で部屋から出て来た。
向こうの端の部屋の光が、同じように廊下へと出て来て、いつものように険しい顔で皆を見回している。敦は急いでそれを見ていなかったふりをして、脇を見た。そこには、死んだ孝浩の向こう側、13の部屋から出て来た薫が居た。
薫は、敦の顔を見た時一瞬鋭い目をしたが、すぐにいつものように表情を緩めて、言った。
「敦も、健吾も出て来たねえ。で、誰が居ないの?」
敦は、その間延びした言い方に心の中で毒づいた。狂人が、しゃしゃり出るんじゃない。
賢治が、自分も貴子も無事だったことにホッとしたような顔をしていたが、出て来ていない者をサッと探した。もう、人数が減って来ているので、それは一目で分かる。出て来ていないのは、美奈と、学だった。
「…じゃあ、お前は学を。オレは美奈を見て来る。」
光が、そう言うと部屋の中へと入って行く。
しらじらしい、と敦はそれを睨みつけて見ながら黙っていた。健吾も、じっとして居られないのか出て来ていない者達の部屋の方へと歩いて行く。
薫が、敦と並んで立ちながら、小さな声で言った。
「機嫌直しなよ。狐が死んだんだよ?あんただって馬鹿じゃないんだから、これが必要なことだったって分かってるんじゃないの?僕はいい気味だと思ってる。僕を騙しとおせると思ってたところがイラつくからね。」
そう言い置くと、自分も美奈の部屋の方へと微かに微笑みすら浮かべて歩いて行く。
敦は、それをただじっと見つめてその場に立ち尽しながら、このゲームが始まった始めからのことを思い出していた。
敦は、今回のサークルの合宿には後ろ向きだった。
本当は、ネットでこのゴールデンウィーク中は他のオンラインゲームを仲間とする約束だった。だが、人数が足りないと言うし、本当なら辟易して面倒だと思っているサークル女子達の他に、光が同級生女子を連れて来るという。
いつも女子に取り囲まれても綺麗にいなして、誰の事も全く眼中にない光が、女子を連れて来る。
敦は、俄かに興味を持った。
女子達もいっせいに色めきだったが、光が言うにはただの友達で最近は疎遠だったが、人が足りないというから声を掛けたのだ、とあっさりしたものだった。
そもそも、光なら誰に声をかけてもイエスと言って連れて来られるんじゃないのだろうか。
それなのに、わざわざその女子を選んだというのが、敦には気になっていたのだ。
なので、急遽自分も参加することにして、蓋を開けてみると16人もの大所帯で驚いた。
いつも、集まって人狼をした後に打ち上げをする駅前の「太鼓判」という居酒屋で、敦はその、光の友達だとかいう女子が来るのを楽しみに待っていた。
待っている間の、女子達の会ったこともない相手に対する罵詈雑言は聞いていて気持ちのいいものではなかったので、健吾や学達とそれらとは離れて座っていると、光が、その美奈という女性を連れてやって来た。
小柄で可愛らしいという印象のその女性は、とても緊張しているようだった。
大人しいというわけでもないようだったが、それでも初対面の者達の間で心細そうだ。
何より、そんな美奈を連れて来ておいて、光は名前だけを皆に言うだけで、美奈を他の女子から離れた場所へ誘導し、自分はその女子の群れの中へと行ってしまった。
通常光は、そんなことはしないのだが、その日は興が乗ったのか楽し気に皆を話していて、こちらには見向きもしない。
元より女子達は美奈のことを煙たがっていたので、こちらから呼ぶこともなく、美奈はぽつんと座っていた。
なので、敦は気の毒になって、容姿が自分好みであったのも手伝って、美奈と話しをするようになったのだった。
美奈は、思った通りおとなしい気質ではないようだった。
それでも、他のサークルの女子達に比べたら控えめで敦は好感を持った。
新しい女性と出逢うなどここのところなかった敦にとって、美奈は新鮮で何より好みだったので、ラッキーだったと心の中で思っていた。
ゲームの中で庇って好感度を上げようとほくそえんでいると、それを美津子に見透かされて面倒な思いをしたが、美奈もそう悪くない反応だったので、本気で考えようと力を入れていた。
そんな中で、あの人狼ゲームが始まったのだった。
役職配布が始まり、緊張して見たうでわには、こう出ていた。
『あなたは、人狼です。仲間は1、8です。』
敦は、そちらを見なかった。経験上、ここで仲間を見てしまってはバレる可能性が高い。
なので、わざと視野を広くとって椅子の背にそっくり返ると、皆を見渡せるようにした。
すると、美奈が視界の端で美津子を見たのがわかった。美津子はと言うと、そちらは見ずにそれは険しい顔をしている。
何か引いたな、と敦は思ったが、あえて口を開かなかった。この時はまだ、それが大きな意味を持つなど思ってもみなかったからだ。
その日の夜は、人狼同士は一応、顔合わせというか、通信だけをした。
光は、通信では言いにくいことがあるので、明日まではあまり話さないでおこう、とだけ敦に連絡してあっさりと切った。
利典は、光に同じことを言われたと不満げに敦に通信して来たが、確かに村の出方を見ないことには、こちらも動きようがない。
なので、光の言うようにしよう、ということで話はまとまった。
朝になって、鍵が開くのを見て急いでドアを開いたが、他にも数人が同じように廊下へと出て来ていた。
その中には、利典も光も居たが、敦は怪しくない程度に皆に紛れて挨拶を交わし、階下へと一緒に降りて行った。
ほぼ全員が降りて来て、そうして自然に議論が始まったのだが、美奈が居ない。
さすがにそれではまずいと思った敦は、美奈を呼びに行くことにした。
美奈の呑気さは、どう考えても村人のような気がしていた。そうなると、人狼の敦からしたら信用を取り付けて票を反らすのにちょうどいい。
その上、心象が良くなったらこの合宿の後アプローチがしやすそうだと考えた。
なので、敦は徹底的に美奈を庇おうと思っていた。
議論は、ソファでの安穏とした感じから議論用の椅子へと移っても、まだ村人は光や利典の意見に翻弄されていた。
敦にとって仲間である利典と光の意見がうまく村人に浸透したところで、投票テーブルに座っての議論は終わり、敦はホッと一息ついていた。
所々で、何人かが集まってたまに軽く議論している。
正確には、大きく二つに分かれているような状態で、人狼仲間である光と利典の二人があちらで居るのを見た敦は、空気を読んで自分はこちらの穏やかな集まりの方に居た。
何より、こちらには疑われて縮こまってしまっている美奈が居る。
その美奈も、少し空気に慣れて来たのか、貴子と真理と話をするようになっていて落ち着いて来ているようで、敦は少し胸をなでおろしていた。
普通のゲームでは、貴子と真理はおとなしい方なのでいつも回りの意見に押されて吊られてしまうことが多い子達だったが、今はそれが美奈を安心させているらしい。
何より、さっきの議論であれだけ皆に疑われ続けたのだから、さっさと部屋へと逃げ帰ってもおかしくはなかったのに、こうしてリビングに居続けているのにも好感が持てた。
人狼の自分目線、美奈は確実に白なのだ。
狐の可能性も確かにあったが、確率からして低いのだし、出来る限り庇ってやろうと敦は思っていた。
敦は健吾、賢治や薫と一緒に美奈達が居る場所に合流して、出来るだけ穏やかに話していた。そうしていると、美奈が結構調子が出て来たようで、意見を言えるようになって来て表情も活発になって来た。
敦がそう思って見ていると、賢治も同じように思ったのか微笑んで口を開いた。
「そうか、段々慣れて来たじゃないか、美奈ちゃん。最初はカチコチだしどうなるのかと思ったけど、結構考えてると思うよ。考察進んで来た?」
美奈は、頷いた。
「ええ。みんなと話せるようになって来ると、リラックスして回りが見えるようになって来たの。占い師だけど…みんなは、誰が狐だと思う?」
真理が、小首を傾げた。
「分からないなあ。だって、まだあんまり話してないもの。美奈さんはどう思うの?」
美奈は、少し考えた。そして、小さな声で言った。
「私…美津子さんじゃないかと思う。」
賢治が、少し驚いた顔をした。敦も、意外だったので片眉を上げる。
「…どうしてそう思う?」
自然、声を落としてしまった。
美津子は、キッチンの方で光や利典、孝浩、学、そして留美と佳代子といったメンツで立ち話なのにかなり真剣に議論を交わしているようだった。こちらの声まで、届きそうにない。
美奈は、言った。
「私…知っての通り、昨日役職を見た後、どうしたらいいのか分からなくて美津子さんの方を見てしまったわ。でも、別に美津子さんが仲間っていうのではなくて、頼れるのが美津子さんだけだったからなの。女の人だし、年上だし。でも、あれからすごく睨まれたり、きつく当たられたりするの。自分に関心が向くのが嫌みたいな感じ。占い師なら、あの人の姉御っぽい気質なら、もっと任せておきなさい、って感じに自信満々になるのかと思うんだけど、なんだろう、さっき話しているのを聞いていても、言い訳に聞こえちゃって。ピリピリしてるっていうのかな…占い師で、あんな感じになると思う?」
それを聞いた真理と貴子は、顔を見合わせた。そして、貴子が答えた。
「確かにそう。あの人、村人の時はすっごく強いんだけど、ほんとに頼りになるのよ。でも、人狼とか狐だとまるでなんだ。だって雰囲気が変わるんだもん。言われてみたら、ピリピリしてるよね。」
薫が、落ちて来るサラサラの髪を邪魔そうに掻き上げて言った。
「ねえ、じゃあそうなのかな。オレは占い師だけど、相方が誰なのか全く分からないんだ。学だったらいいなって思ってたから、そうなら嬉しい。」
こちらも小声だ。賢治が、言った。
「意外だな。美奈ちゃんと美津子さんが繋がってるんじゃないかって向こうじゃ言われてて、」とチラとはた目を気にせずガンガン言い合っている向こうの面々を見てから、またこちらを見た。「ほら、美津子さんは関係ないって弁明してるところだ。まあいくら言ってもどうにもならないんだけどね、占わない限り。」
敦は、聞きたくなくても聴こえて来るその声に耳を澄ませた。美津子は、利典に対して美奈が怪しいと押して居る。自分は怪しくない、美奈を吊れということだろう。
利典は人狼で、あれほど目立ってはマズいのではないのかと敦は思ったが、光も止める様子はないし、利典のことだから何か考えがあってやっていることだろうと眉を寄せるだけにとどめた。
敦があちらの議論に気を取られている間に、美奈が何かを決心したような顔をした。何事だと美奈を見ると、美奈はごくりと唾を飲んで、言った。
「あのね」美奈は、更に声を落とした。「ここに居る人…信じてるんだ、私。みんな、こんな私の話を聞いてくれるもの。だから、言うよ。私、霊能者なの。」
そこに居る6人は、一瞬息を止めた。
霊能者…本当にそうなのか?!それとも狂人…まさか…狐?!
敦は、自分の心の中に巻き起こる感情の渦の中で、どうか狐だけではないようにと心の底から思っていた。




