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獣は密かにヒトを喰む  作者:
美奈
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30

全員が必死に階段を駆け上がると、敦が賢治に追いついてその腕を掴んで廊下で立ち往生していた。

光が先頭で歩み寄って行くと、敦が賢治に諭すように言っていた。

「待て、賢治。今は夏だし、エアコンが利いてるとはいえ死んだ奴らが普通の状態とは思えない。開けない方がいいぞ。」

賢治は、首を振ってドアのノブを掴んだまま言った。

「こいつらだって、本当は死んでないのかもしれないじゃないか!確認しておかなきゃならないんだ!オレだって、今夜にも襲撃されるかもしれないのに!」

そういうことか。

美奈は思った。賢治は、貴子も出て来た今いつ襲撃されるか分からないから焦っているのだ。

狩人が生きていると思いたいが、今のところ狩人の護衛が成功したのかどうか分からない状態だ。もし役欠けが狩人だったら、狼がチャレンジ噛みをして来た時点で共有者は噛み放題になってしまう。

賢治は、怖いのだ。吊られる心配はないが、襲撃の心配は一番ある位置だからなのだ。

「だからって、寝る前に隣りに腐乱死体があるなんて誰も知りたくないだろうが!落ち着け賢治!」

敦がそう言って腕を離さないでいると、光がその敦の肩に手を置いて、言った。

「いい、敦。賢治が気が済むようにしてやれ。確かに賢治は危ない位置なんだ。もしもってことがあるだろうが。」

敦は、顔をしかめて光を見た。

「光…だが…。」

光は、頷いた。

「見た方がいい。どうなっててもな。」

敦は、迷っていたが賢治の腕を放した。賢治は、光に頷きかけてから、じっと扉を睨んで構えていたが、その、襲撃を受けた真理の死体がある、11の扉を勢いよく開いた。


美奈は、思わず息を詰めた。

間違いなく、嗅いだことのない匂いが襲って来ると思ったからだ。

だが、回りを見ると、誰もが怪訝な顔でじっと開いた扉と賢治を見ていた。賢治は、不思議そうに中を伺いながら、照明のスイッチを入れた。

「…匂いが、全くしない。」

そう言われて、美奈も意識して息を吸い込んでみた。

だが、思っていたような不快な腐敗臭は全くしなかった。それどころか、あの時感じた鉄錆のような本能に訴えかけて来るような、嫌な臭いも消えていた。

賢治が入って行くのに、光も続き、敦も戸惑いながらも光について入って行く。

それを見た健吾も、後ろから進み出て中へと入って行った。

「居ない…!誰も居ない!」

賢治の声が、部屋の中から聞こえる。薫が、別人のような険しい顔で他の扉へと向かった。

「学はそっち見て!僕もこっちを見るから!」

学は、おろおろとしていたが頷いて手近な典子の部屋、梨奈の部屋と扉を開いて行く。

美奈も、美津子の部屋へと歩み寄り、思い切って扉を開いた。

そこも、全く匂いはしなかった。照明をつけてそろそろと奥へと入って行くと、そこにあったのは、綺麗にベッドメイクされた、誰も乗っていない新しいシーツをまとったベッドだった。

「居ない…美津子さんも居ないわ!」

美奈が、思わず叫ぶ。廊下から、薫が叫んでいる。

「こっちもだよ!学もそう言ってる!どの部屋ももぬけの殻だ…!」

廊下へ出ると、光と賢治と敦、健吾が真理の部屋から出て来て、訳が分からないといった顔で言った。

「何もない。ベッドも新しいし、あれだけ飛び散っていた血しぶきすらきれいさっぱりなくなっている。いったい、みんなどこへ連れて行かれたんだ。」

光が言うのに、敦が横から言った。

「多分、ベッドごとどこかへ連れて行かれたんだ。そういう造りになってるんじゃないのか。」

賢治が、興奮気味に言った。

「じゃあ、あいつらも生きているかもしれない!どこかで、蘇生されてるんだ!きっとそうだ!死んでない!」

だが、健吾が眉を寄せたまま言った。

「…だが、確実に死んでいたぞ。オレはあれから何か人狼が痕跡を残してないか調べに入ったが、少なくともその日はそこにあったんだ…真理の遺体は。そんなに長いこと放って置いて、蘇生出来ると思うか?いくら何でも、そんなことは出来ないだろう。楽観的にならない方がいい。敦も言っていたように、ここにずっと置いておいたらゲームどころでない匂いが充満するから、撤去しているだけとも考えられる。」

落ち着いて言う健吾に、賢治は掴みかかった。

「なんだと?!お前はあいつらが死んでてもいいって言うのか!やっぱりお前が人狼なのか!」

側に居た敦と光が、急いでそんな賢治を抑えた。

「落ち着け、賢治!健吾が言うことは間違ってないんだ。オレ達だって、呪殺かどうか調べるために、何度か孝浩と美津子さんの部屋へ行ったが、二人とも間違いなく死んでたし、少なくともついさっきまではここに遺体はあった。真理や梨奈とか前に死んだ奴らは今日は見てない。時間が経ってたしどうなってるのか分からないしさすがに勇気はなかったからな。夜に死んで、そこから結構な時間放置されてたのに、蘇生出来るなんて医者のオレから見てあり得ないんだ。」

賢治は、目に涙をためて、光を見た。

「じゃあ、いったい何を心の支えにしたらいいだよ!」賢治は、まるで泣き叫ぶように言った。「自分が襲撃されても村が勝てばいいんだって、思えないんだよ、今のままじゃ!共有者として出て来たオレは、犠牲になるつもりなんてなかったんだ!オレだって生き残りたい!死にたくないんだ!」

賢治は、そう言い置くとまるで逃げるように自分の部屋へと駆け込んで行った。

美奈は、賢治の気持ちが痛いほど分かった。仲間のために自分を犠牲にするなんて、そんなことが出来るのはゲームの上だけだ。本当の命を懸けて救いたいほど、仲間を思ってはいない。それは、きっとここに居る皆に共通することだろう。

重苦しい空気の中、静まり返った廊下で、光がため息をついた。

「…仕方がない。今日の投票先はオレがメモって来よう。飯も食わなきゃならないぞ。もう、部屋へ入る時間も近いんだ。下へ行こう。」

そこに残された全員が、何を言う気力もない状態で、またリビングへと戻って行ったのだった。


階下には、まだ貴子がじっと投票のテーブルに座っていた。美奈は、それを見てそういえば貴子は来ていなかった、と初めて知った。

「投票先を書いておこうと思ったんだが。」

光が声を掛けると、貴子は意外にも落ち着いた風で言った。

「もう、書いたわ。後で、私が賢治くんに渡しておく。」と、光を見上げた。「それで、死んでいたみんなは?」

光は、首を振った。

「居なかった。どこかへ連れ去られたようだ。」

貴子は、それでもこくんと頷いた。

「そう…。」

賢治のように、取り乱すこともない。

美奈は、それが逆に危ういように見えた。それは光も同じなようで、貴子の顔を覗き込んだ。

「貴子?だが賢治はまだ死んでるとは思ってないようだったぞ。どこかで蘇生されているかもしれないと言っていた。」

貴子は、フッと笑うと、首を振った。

「だって、確かに死んでいたのに。蘇生って、そんなに長く死んでても出来るものなの?」

光は、顔をしかめた。貴子は、思ったより頭の中は冷静なようで、賢治より現実が見えているようだ。

答えられないでいる光の横から、敦が言った。

「分からないよ。ここの連中が何を考えているのか、何がどこまで出来るのかも。確かに普通じゃない奴らだし、もしかしたらってオレも思いたいけど…でも、医者の光から見て、そんなことは考えられないみたいだ。」

美奈は、それは言わない方が良かったのでは、と思い、ハラハラしながら見ていたが、貴子はただ頷いて、立ち上がった。

「分かってるわ。平気よ。私は、共有者として出た時から、そうなるかもしれないって覚悟はしてた。賢治くんは私が出るのを嫌がって仕方がなかったんだけど…結局、自分が危険にさらされるのが嫌だっただけなのよ。私にはそれが分かったから、しばらく黙っていたけれど、投票対象になると言われたらさすがにね。それでも出そうとしない、あの人には私も愛想が尽きた気持ち。このノートを持って行って、私は私の考えで動くって話すことにするわ。」

それには、光も気遣わしげに言った。

「だが、お前達は間違いなく村人の共有者なんだぞ。お前達がそんなじゃ、村が混乱する。」

貴子は、それでも頷くことはせずに、ノートを手に階段へと足を向けた。

「村人だって分かるだけでも村には有益なはずだと思う。それじゃあ。」

そうして、貴子はそこを出て行った。

誰も、それを呼び止めることは出来なかった。



美奈は、食べる気持ちも起こらないパンとペットボトル飲料を手に、部屋へと戻って来た。

あれから、誰もろくに話さなくなって、唯一話しかけてくれたのは敦ぐらいのものだった。

その敦も、さっさと挨拶を交わすと部屋へと帰って行ってしまい、美奈は自分を疑われている嫌疑を晴らせたとは思えなかった。

明日からの議論で、間違いなく自分の真贋も話し合われるだろう。

その時、どうやったら自分の白さを主張できるのかと、そればかりを考えていた。

それには、まず明日、留美の色をどう言うかだった。

留美が人狼であったかどうかなど、美奈には分かろうはずもなかった。薫は狂人で、それが出した白なのだから、信じられるはずもない。

当の薫も、分かっていないのだ。

だが、美奈は留美は人狼ではなかったのではないかと思っていた。今日の投票にしても、綺麗に割れたのだ。人狼同士は、ここまで来たら票を合わせて来るのではないだろうか。見たところ、3票でギリギリで吊られそうになった敦は、恐らく人狼ではないだろう。だが、留美は、4票だった。光は、2票。これを見た限り、光が一番怪しい…人狼が、二人きりになると分かっていて、票が集まりそうにない光に入れるとは思えないからだ。

つまり、票が集まりそうな敦と留美に入れた中に、人狼は居るのではないか。

だが、分からなかった。これでグレーは吊られ、残ったグレーは光、敦、健吾。役職に学、薫、美奈。この中に、人狼は二匹、確実に居る。狐の美奈目線知っているのは、薫が狂人、学が真占い師、美奈は狐。ならば、光、敦、健吾の中に二狼。

やっぱり、光は人狼…?でも、今日光はあんな接戦の状態で敦に入れている。なら、あれほどに白い健吾が、仲間の人狼ってこと?

美奈には、わけが分からなかった。だが、自分の知識を総動員すると、そういうことになる。

どちらにしろ、生き残りたいなら、人狼と村人を把握しておく必要があった。狐は、どちらが勝ってもいいが、自分が生き残っていなければならない。有利そうな方の肩を持って、生き残って行くのだ。

…黒と言おう。

美奈は、決意していた。

黒と言って、薫を切る。恐らく薫と自分の対抗になるかもしれないが、その黒が間違いだったなら、人狼は狂人の可能性を考えて美奈を一応残すことを考えるのではないか。

今日の襲撃が成功したなら、明日は6人。その中に、恐らくはまだ人狼二人、狂人一人、そして狐の自分が一人残されている事実を、村人は知らない。もちろん、人狼も知らない。明日上手くやらないと、薫が狂人だとCOでもしたら、半分が人狼陣営になって面倒なことになるだろう。薫を、早く始末してしまわなければ。だが…。

美奈は、じっと鋭い目で手元を見つめた。人狼の、勝利を目指した方がいいのだろうか。薫に指示して、恐らく人狼ではないだろう敦を、吊るように票を合わせるようにしたら…。敦に票が集まりそうだとなったら、人狼も嬉々として票を合わせて来るだろう。そう、光と、健吾だ。それで、票は4票。村人の敦が吊られ、そして夜、賢治か貴子が襲撃を受けて、残るのは光、健吾の人狼二人、狂人の薫、狐の自分、村人が二人。そこで、薫に村人の誰かを吊らせるように票を合わせるように言う。もし薫が公にCOして美奈が人狼ではないと知ったとしても、美奈は情報を得ようと思って嘘を言っていた、と村人に弁明して人狼に投票しようと呼びかけ、投票の時は人狼に合わせれば簡単に人狼勝利に出来る。そして、残っていた狐の自分が勝利となる。

美奈は、そこまで考えて、拳を握りしめた。よし、これで行こう。とにかく明日は人狼には狂人と思われるように動くのだ。そうして…。

美奈は、突然にチクリと腕輪の辺りに痛みを感じて、何事かとそちらを見た瞬間、目の前が真っ暗になった。

自分の体が、力なくベッドの上に倒れて投げ出されるのが分かる。

目は開いているはずだったが、全く何も見えず、そしてそのまま、どこかへと落ちて行くような気がして何も分からなくなった。

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