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9時になろうかという頃、店員が店の前にマイクロバスが着いている、と知らせて来た。
やっとこの場から出られると思った美奈だったが、これからこの16人で合宿なのだ。
相変わらずの光の人気に来たことを後悔しつつあった美奈だったが、それでももう人数に入ってしまっているのだし、仕方なく、皆に促されて、バスへと乗車した。
大きなバスではなかったが、充分に16人を収容できる大きさだった。
別荘のある場所までは、ここから二時間ほど走る必要があるらしい。
隣り合わせた敦と健吾と話しながら、美奈はそれで、心細い思いをしなくて済んだことにホッとしていた。
運転手は、プロであるらしい。
暗い山道をものともせず、慣れたように進んで行く。
途中、どう見ても危ないだろうと思われる、ガードレールもないような崖横の道を通ったが、運転手は焦りもしていないようだった。
「こ、こんな場所に別荘があるの?」
街頭もないような場所を通り、ヘッドライトだけが頼りの中、美奈は思わず言った。隣りの、敦が硬い表情で何とか笑おうとしながら、言った。
「でも、誰かの知り合いの別荘だって聞いてたしさ。これだとあんまり期待出来ないかもしれないな。」
古い別荘かもなあ。
美奈は、不安になった。お風呂もないような、朽ち果てた別荘だったりしたらどうしよう。
段々に、騒いでいた皆も静かになり、最後には、みんな黙ってシンと静まり返っていた。程よかった酔いも、すっかり冷めてしまったようだ。
たまらず、前の座席に座っていた美津子が言った。
「あの、運転手さん。私達、別荘って聞いてるんですけど、ちゃんとした場所ですの?」
運転手は、その場の雰囲気にそぐわない風で、笑った。
「別荘ってのは、都会の喧騒を忘れるような場所に建てるものでしょう。私は、そこのオーナーから皆さんをそこへ連れて行くように言われているだけです。大丈夫ですよ。」
道は、まだグネグネと曲がりくねっている。
美津子は、そこで黙った。運転手の気が散って落ちてしまったら大変だと思ったのだろう。
皆の不安を乗せたまま、そのバスは暗い山道を進んで行った。
どれぐらい、そんな道を緊張して見ていただろう。
黙ってただ早く着くようにと願っていたので、時間感覚がなくなっていた。
不意に、視界が開けて、高台にある、山を開いたような広い場所が、確かにそこにはあった。
そこには、石造りで頑強に作られている大きな建物が一つ、月明かりに照らされてあった。
窓からは、いくつもの灯りが灯っていて、きちんと準備されているのが見て取れる。
駐車場はないが、それでもその辺り一帯が広場なので、どこでも置き放題だろう。
全員がホッとしてそれを見つめる中、マイクロバスは、その建物の前へと横向きに到着し、そしてドアを開いた。
「到着しました。お忘れ物がないように、順に降りてください。」
緊張が通り過ぎて、ホッと力を抜いた美奈は、美津子を先頭に次々に降りて行く皆の背を追って、そこへ降り立った。
そこは、とても綺麗な建物だった。
別荘というよりも、小さなホテルではないだろうか。
そう思わせるほど、きちんと手入れされているのが、暗い中でもよくわかった。
全員が降りたことを確認した運転手は、運転席から言った。
「では、私はこれで。また、6日後の朝にお迎えに参りますので。」
もう、入口の扉を開いていた美津子が、急いで振り返って言った。
「ああ、ありがとうございました。よろしくお願いします。」
バスのドアは閉じ、そして、ここまで乗せて来てくれたマイクロバスはまた来た道を去って行った。
去って行くテールランプに、なぜか不安になっていた美奈だったが、美津子の声でハッと我に返った。
「さ、入りましょう。ほら、中はすごい綺麗よ。豪華~。ラッキーだわ。」
その声に、美奈が急いで入口から中を覗く。
そこは、天井が吹き抜けになっている、広いホールだった。
床には、ふかふかの赤い絨毯が敷き詰められてあり、脇には大きな花瓶にドライフラワーが飾られ、作り付けの明かり取りの窓が、縦に長くあった。
正面左には、上階へと繋がる螺旋階段があって、二階建てなのが分かる。
右側には、扉が幾つかあって、そちらに部屋があることが見てとれた。
「すごいな…これが別荘なら、本宅はどんなだろうな。」
先に入っていた、若い、まだ高校生ぐらいに見える男が言う。同じぐらいの歳の男が、苦笑して答えた。
「なんだって?賢治、お前の知り合いの別荘なんじゃないのか?」
賢治と呼ばれたその男は、びっくりしたようにブンブンと首を振った。
「え、オレ?違うって!お前じゃないのか、学。」
学と呼ばれた男も、ブンブンと首を振った。
「え、オレんち金持ちじゃねえし!金持ちの親戚もいねぇ!」
最後尾に入って来た、光が入口のドアを閉めて言った。
「こんなにいい場所をただで貸してもらえるんだから、御礼を言わなきゃならないって思ってたんだよ。いい機会だ、誰の知り合いの別荘だって?」
いつの間にか、皆が向かい合うようになって円のように立っていたが、誰もがみんな、その誰かを探すように回りを見回す。
誰も、名乗り出なかった。
「…え?誰も居ないって?」
戸惑うような顔をした美津子が言った。
「おかしいわね、確かにお店に電話があったのよ。合宿に良い場所があったから、ゲームマスターとして来てもらえませんかって。男性だったけど…ごめんなさい、この中の誰だったのか、分からないわ。」
急に不安になった美奈は、光を見た。光は、険しい顔をしながら、皆を見回して言った。
「困ったな。勝手に上がり込んで泊まっていいんだろうか。もしかして、別の団体が使う予定の場所に連れて来られたとか?」
美津子は、それに首を振った。
「そのはずはないわ。城山美津子さんですか、ってわざわざ声を掛けられたんですもの。あの、運転手さんに。ほら、私が代表ってことにしてるじゃないの。」
光は、考え込むような顔をした。
「うーん…じゃあ、ここなんだろうな。でも、いったい誰の知り合いの別荘なんだろう。来なかったサークルのメンバーが、手配してくれたのか?」
光が言うのに、側に居たこれまた若い高校生ぐらいの女子が手を叩いて言った。
「そうかも!ほら、徹さんとか、来れなくてごめんって、すっごく謝ってたし、それで手配してくれたんだよ!」
そうか、サークルのメンバーはまだ他にも居るから。
美奈は、少しほっとした。ここに居ないメンバーが手配したとしたら、納得が行く。
しかし、光はまだ険しい顔をしていた。
「そうかもしれないが…」と、パッと明るい表情に変えた。「ま、とにかく遊ぶために来たんだ。とりあえず、この建物の中を探検しよう。」
「賛成ー!」
女子達が、急に元気になって光の回りを取り囲む。
美奈はため息をつきながら、その後に従って側の扉へと入って行ったのだった。




