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「馬鹿、貴子!」
賢治は割り込んだが、しかしその言葉は皆に聞こえてしまっていた。貴子は、キッと賢治を見た。
「いつまで黙ってるつもり?噛まれるからって黙っていたけど、今言わないと縄が無駄になってしまうわ。あなたは自分が噛まれるのが嫌だって思っているのでしょうけど、私だって吊られたくないし、噛まれたくもないわ!自分だけ狩人の護衛が来る可能性を残して守ってもらうつもりだったんでしょうけど、ここまで減ったら私だって出るべきよ!」
美奈は、貴子を見てから、賢治を見た。確かに、二人出てしまったら狩人が迷って護衛が来ていない可能性がある。狼もどちらかを狙ってチャレンジして来るかもしれない。だが、この人数になると、貴子が噛まれる可能性がぐっと上がって来る。疑われて、吊られる可能性も。
だが、村の大半は思っていたようで、特に驚く様子もなかった。
「だろうな。」光が、皆に代わって口を開いた。「分かるよ見てたら。」
賢治と貴子は、驚いたような顔をした。
「え…分かってたのか?」
賢治が言うのに、敦も困ったように回りを見ながら顔をしかめて頷いた。
「だってさ…お前の感じで分かる。疑われてた美津子さんの占いの指定に入れたり、なのに貴子にだけは言及しなかったり、気遣ってたりするしな。消去法で考えても、留美じゃないなら貴子だろうって感じ。留美は初日の投票対象になってるし、じゃあ貴子かって。」
二人は、困惑したように顔を見合わせている。光が、息をついた。
「じゃあ、まあ共有も出て来たことだし、ここで整理しよう。」と、視線をぐるりと一周させた。「まず、役職を除いた薫のグレー。オレ、敦、健吾。学のグレー、オレ、敦、健吾、留美。この中に、人狼が一人または二人、最悪狐が一人居る。オレが思うに、役職の中に人外が最低でも一人は混じっていると思っているが、どうだ。」
それには、敦が頷いた。
「そうだな。薫と学の二人が占い師だというのは、無理があると思うんだ。オレは自分の白を知っているが、今挙げられた占い師達の両方のグレーを見ると、光も健吾も白く見えるんだよな。とはいえ、学がこの二人が繋がってるって言うし、もしかしてこの二人が、とも思うが…。」
それには、光が首を振った。
「どうやったら健吾とオレが繋がるのかこじつけてるようにしか思えないが、そう考えるとおかしいぞ。お前が言うようにオレ達が人狼だったら、狐が占い師に居ることになる。そうなると、占い師に狐が二人ということになるぞ?美津子さんは呪殺なんだろう?おかしくないか。」と、学を見た。「どうなんだ、学?薫が偽だとしたら、狐か?」
学は、それには顔をしかめた。
「…分からない。美奈ちゃんのことも信用していないが、美津子さんが狐だった以上、初日からあの突き放し方は異常だ。だから、狐ではないと思う。だったら薫がとなるが、オレとしては騙りだったとしたら薫は狂人か人狼じゃないかと思う。留美は適当に打った白か、それとも囲ったのかだろうと。真だったら、もうオレ目線狐は居ないから美奈ちゃんが真か狂人じゃないかなと。で、人狼は光と健吾。」
光は、ため息をついて首を振った。
「少なくともオレは違うな。とは言っても今日占ってもらうんだから明日信じてもらえたらいい。で、今日の吊りだが」と、賢治と貴子を代わる代わる見つめた。「どうするんだ?共有の指定投票か?」
賢治は、下を向いて、自分のノートを見つめた。美奈と学を信じるなら人狼はあと二人、狐も一人残っている可能性がある。薫も信じるなら人狼二人…。
「…楽観的にはなれない。」賢治は、薫を見た。「薫、信じてないわけではないが、孝浩が真霊能者だった可能性を考えると、まだ薫は信じられていない。今日はグレランにするが、留美も含めたグレランだ。つまり、敦、健吾、光、留美。今日の投票先を見て明日からは役職にも手を入れて行く。真占い師でも真霊能でも、しっかり考えて投票してくれ。」
美奈は、ごくりと唾を飲み込んだ。つまり、今日の投票で明日からの吊り先を決めるということだ。村に不利になるような投票をしていないか、それで知ろうとしている。
「光は、占い指定なのにか?」
敦が言うのに、賢治は何度も首を振った。
「分からないからな。吊られたら、学には他を占ってもらう。とにかく、今日はその四人からだ。」
…留美…留美にしよう。
薫が、対抗しろと言っていた。留美が人狼だろうが何だろうが、自分は留美を吊らなければならない。光に入れるのは昨日その身を案じていたのに選択肢が多い中で選ぶのはおかしい。敦は、最初から美奈を庇ってくれていたし、美奈から見てこれといった理由もないのに投票するのはおかしい。健吾は、光と同じ陣営のように言われている…確かに人外から見て面倒な男だが、票が集まるとも思えない。明日生き残った健吾に、その事で目の仇にされるのは避けたい。そうなると、消去法で薫が言ったように、留美…。
美奈は、そっと番号を確認した。留美は12番…。
今日も、鉛色のギロチンが窓の外を音を立てて落ちて行く。
投票10分前のその儀式の最中、美奈は明日はどう生き残ろうと、既に明日の事ばかり考えていた。
1(光)→15(敦)
2(美奈)→12(留美)
3(学)→12(留美)
4(賢治)→15(敦)
9(貴子)→12(留美)
12(留美)→15(敦)
13(薫)→1(光)
15(敦)→12(留美)
16(健吾)→1(光)
画面には、大きく「12」と表示されていた。
「うそ!いや!」
留美が、大きな声で叫ぶ。
敦が、ホッとしたように肩の力を抜いていた。いつもの女声が、淡々と告げた。
「№12を、追放します。」
「いやよ!」
留美が椅子から立ち上がったのは見えたが、その後いつも通り真っ暗になって何も見えなかった。大きな機械が動くような音が聞こえ、モーター音らしきものが聴こえて来るが、今日はいつもと違っていた。
「きゃ、あああああ!」
留美の声が、比較的近くで聞こえる。そう、床の、すぐ下辺りだ。
「た、助けて!助けてええええ!!落ちる!誰か引っ張り上げてーー!!」
薫の声が、戸惑いがちに聞こえた。
「え?え?どういうことっ?何も見えないんだけど!」
薫は、留美のすぐ隣に座っているはずだった。
「あああもう駄目!手が!」と留美の声がしたかと思うと、途端にその声は遠ざかって行った。「きゃあああああ!!」
ドサ、と、暗闇の遠くの方で嫌な音がした。
「きゃーーー!!」
貴子の、悲鳴が聞こえる。美奈は、驚き過ぎて声も出なかった。今の…今の感じは…。
また大きな機械が動く音がした後、何事も無かったかのように、パッと照明が復活した。
留美が居た場所には、何も残っていなかった。
全員がいきなりの眩しい光の中で身動き出来ずに居ると、いつもの女声ではなく、ここへ来た時ゲームの説明をした男性の声が聴こえて来た。
『ここで皆様にご注意を。投票の後、追放作業が行われますが、その際、椅子などから立ち上がられると大変に危険です。その場にお座りになったまま、作業終了までお待ちくださいますようお願い致します。では夜時間の準備に入ってください。』
「待て!」敦が、モニターに向かって叫んだ。「留美はどうなったんだ!」
しかし、モニターはもう、何も答えなかった。
「今の…落ちたよな?」
学が、誰にともなく言う。薫が、頷いた。
「だと思う。声しか聴こえなかったけど、なんか床の辺りにぶら下がってるみたいな感じだった。その後、落ちて…なんかが潰れたみたいな音がした。」
「やめて!」貴子が、両耳を抑えて叫んだ。「聞きたくない!」
しかし、健吾が落ち着いた声で言った。
「だが、考えようによっては良かったのかもしれない。」美奈が驚いてそちらを見ると、健吾は続けた。「危険だから立ち上がるなと言った。つまり、あちらではどんな状態かは分からないが、吊られても危害は加えられていないということだろう。確かに死体を見た奴ら以外、生きていると考えられるぞ。」
美奈は、それを聞いて確かに、と希望の灯りが灯るのを感じた。そうだ、死んでいない…吊られたら、殺されることはないのだ。
だからといって、今の留美が死んでいないということにはならなかった。結構な高さがあるような感じの音だった…その高さから落ちて、生きていられるとは思えない。
光が、頷いた。
「だな。留美が身を挺してオレ達にそれを知らせてくれたと思ったらいい。」
みんな、鈍感になっているのだろう。留美が死んだかもしれないのに、貴子以外がそれでホッとしたような顔をした。
しかし、賢治がいきなり立ち上がった。
「ちょっと待て。じゃああの死んだ奴らはどうなる?勝ったら返してくれるはずだ。そう言ったんだし、現に吊られた奴らは戻って来る希望がある。だが、襲撃されたり呪殺されたヤツは別だってことなのか?そんなことは、最初の説明でもなかったぞ!」
賢治は、いきなり走り出した。
「賢治!」
敦が、慌てて後を追う。
皆も、驚いて戸惑いながらも、賢治の後を追って螺旋階段を駆け上がった。