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美奈は、声が出なかった。人狼って…薫は、私を人狼だと思ってるの?だから占なうって言ったの?
「な、何を…わ、私は、人狼じゃあ…」
それに答える薫の声は、いつもの甘えたような感じではなく、別人のように厳しいものだった。
『ああ、もういいよそんなの。で、手短に言う。利典は人狼だったよね。残りの一人は、誰?』
美奈は混乱してどうしたらいいのか分からなかった。薫は人狼ではないだろう。人狼なら仲間が誰だと聞くことはないからだ。狐でもない。黒を出したいから、人狼を教えろと言ってるんだろうか。だが、知っているはずはないのだ。美奈は、狐なのだ。
「そ、そんなこと、私が知っているはず…。」
薫の声は、面倒そうに言った。
『頭悪いんだね、君って。分からない?オレ、狂人だよ。孝浩は呪殺じゃないって君は知ってるし、昨日だってオレに占われるとなったら挙動不審になった。学が真占い師だよ。美津子さんは呪殺された。その美津子さんに徹底的に攻撃されてた、明らかに人外な君は狐じゃない。狼だ。』
美奈は、思わず口を押さえた。狂人…!薫は、狂人なんだ!
ならば、占われても大丈夫だ。
美奈はいろいろと肩の力が抜けそうになったが、頭を巡らせた。狂人…なら、狐だとバレてはいけない。真霊能者でもいけない。つまり私は…。
「…人狼よ。」美奈は、そう答えた。「よく分かったわね。でも、もう一人は言えない。完全に潜伏したがってるの。言ってもいいと言われてからにするわ。」
薫は、らしくなく早口で言った。
『まあそこは人狼に任せる。セオリー通りオレが吊られてやってもいいから、オレのことは襲撃せずに君は生き残れ。狐の位置がどこか分からないんだが、狼の間では誰だと思ってる?』
美奈は眉を寄せた。そんなこと分からない。だが、必死に考えて言った。
「…留美か貴子。」
薫の声は苛立たしげに言った。
『あ?貴子は共有だろう。噛むなら次そこだって言ってやって。もう一人も馬鹿なのか?じゃあ、光じゃないな。オレは君があんまり怪しいから、もう駄目だって突き放して白く見せようとしてる人狼なのかもって思い始めてたんだけどな。じゃあ光も、もう美津子さんは駄目だから自分に黒を出させた狐って線もあるよ。一回噛んでみて教えてくれたら、オレが黒を打つ。さすがの光も二黒打たれたら吊られる。明日は光にしろ。オレは君に白を打つから。で、留美を狐だと怪しんでるんならオレを切るしかないぞ。オレと敵対して留美が怪しい方向へ持ってって、吊るしかない。じゃあな、賢治の奴が通信して来るかもしれないし、切るぞ。これ以上馬鹿やってたら怒るからな。』
「ちょっと待っ…、」
そうして、かかって来た時と同じように唐突にその通信は切れた。美奈は、まだドキドキしている胸を抑えながら、狂人を知ったという事実を反芻していた。自分はあまりにも馬鹿だったのだろう。だからこそ、薫の目には人外に見えていて、最初からマークされていたのだ。もし薫が真占い師だったなら、自分はとっくに呪殺されていたに違いない。
さっきも、美奈が学に占われると思って、自分が占うと言ってくれたのだ。それもひとえに、美奈が人狼だと薫が思っているから…。
美奈は、ここへ来て美津子に感謝した。
ああして突き放してくれていたからこそ、本当は孤立無援のはずの自分にも、狂人という助けが現れたのだ。
これを利用しない手はない。
美奈は、これまでに無いほど真剣に考えた。今日は自分は吊られないだろう。今夜は薫が自分を指定してくれるので、呪殺に怯えることもない。ならば、明日からのことを考えなければ。
今日の吊り…薫はああ言ったが、留美を怪しいと言ってくれる人が他に居ない限り、自分から言い出すのは難しい。今はみんなが美奈を疑ってしまっているのだ。だが、薫だって留美に白を打っている手前、怪しむことは出来ない。どうしたらいいのだ。一人っきりで、いったい、どうしたら…。
結局、賢治からも貴子からも通信が来ることは無かった。
薫の方はどうだったのか分からないが、それでもあちらは一応真占い師候補だと思われているので、薫が変なことをしない限り通信を受けて話をしていてもおかしくはない。
だが、美奈を人狼だと思っている薫は、恐らく美奈に不利になるようなことは言っていないはずだった。
だが、あからさまに庇ったら怪しまれるのを薫は弁えているので、上手い加減で何とかしてくれているだろうと、狐なのに狂人の薫を今この時はとても信じていた。
投票前の議論の時間が近付いて、美奈は気が進まないながらも、行かなければ何が起こるか分からないので、仕方なく重い足を引きずって、階下へと時間ぎりぎりに降りて行った。
みんな、投票の椅子へと座って待っていた。
美奈が来たのが分かると、貴子はスッと目を反らして緊張した面持ちになる。ほんのお昼に、光に向かって美奈を信じていると宣言していた貴子ですらそれなのだから、健吾などの視線はまるで美奈を貫くような、それは鋭く強いものだった。
そんな視線に気づかないふりをしながら、美奈は光の横の椅子へと腰かけた。光の横という席を選んで、本当に良かったとその時思った…真正面から、光の疑惑の視線を受け止めなくて済むからだった。
美奈が座ったのを見て、黙っていた賢治が重い口を開いた。
「…いろいろあって、オレも考えた。美奈ちゃんが真霊能者だと信じていたが、もしかしたらという気持ちも、光の話を聞いて湧いて来たんだ。だから、今はまだ確定はしない。だが、さっき光自身も言っていたのように、推測でしかない。真霊能の目から見ても、役職を匂わせた孝浩のことは、次の日対抗して来るかもしれないと警戒するだろうから、美奈ちゃんは間違ってはいないと思う。だが、念のためだ。今日は薫が占ってくれるというから、薫に任せよう。で、学は?どうする?」
学は、真剣な顔で、頷いた。
「オレは、やはり光を占う。」それを聞いた光が学をチラと見て、賢治は片方の眉を上げた。学は続けた。「光は頭がいい。さっきの美奈ちゃんのことにしても、上手く話を擦り換えられたような気がしてならないんだ。そう考えると、白いとか言われている健吾も光に乗せられやすいから、怪しい。光を占ったら、健吾の色も見えるような気がして来た。」
光は、何も言わない。しかし、健吾が言った。
「オレが?どうしてオレが怪しいんだ。光の意見がもっともだと思ったからもっともだと言ったら、それが怪しいって言うのか。」
学は、容赦なく頷いた。
「占っていないヤツはみんな怪しいんだ。どんな繋がりかしっかり見て判断していく。健吾のことだって行動は白いかもしれないが、人狼がそんな風に演じてる可能性だってあるんだ。オレは共有以外は信じていない。自分で占って白が出たら、そいつも信じるけどな。」
自分も同じような考えなだけに、健吾は黙った。賢治は、それをメモに取りながら頷いた。
「分かった。じゃあ、今日の吊りの事だが、どうする?薫はどう思う?」
薫は、いつものようにゆっくりと首を傾げた。
「さあなあ。僕だって自分の黒が居たら吊対象にしてほしいって言うところだけど、まだ黒、見つけられてないからさあ。学はどう?学はそうは思ってないみたいだけど、僕は学が真占い師だと思ってるし、学のいいようにしてくれたらいいよ。僕が信じられるのは、今賢治と学と、白が出た留美ちゃんだけだからさあ。」
美奈は、眉を寄せた。そんなに何でも学に丸投げしてしまって、私を吊るとか言い出したらどうするんだろう。
しかし、学は美奈ではなく留美の方を見ていた。
「いや…オレは、すまないが薫が昨日呪殺していると思えないんだ。今も言ったように、自分で占わないと分からないという気持ちで居る。それで、狐はまだ、オレ目線じゃ一匹残っていて、それを何とかしたいと思ってるんだ。最初疑ってたのは美奈ちゃん、真理、貴子、留美、佳代子だった。だが佳代子は吊られたし真理は襲撃された。オレ目線占い騙りの美津子さんが呪殺で狐なのに、美奈ちゃんまで霊能で出て来るのは考えられないから美奈ちゃんは違う。佳代子が狐だったならとも思うが、そんな楽観的には考えられない。だから、オレが疑ってるのは、貴子と、留美だ。」
すると、縮こまっていた留美が、目の色を変えた。
「わ、私っ?!佳代子ばかりか、私までこじつけて吊ってしまうつもりで居るの?!さてはあなたが人狼なんでしょう、学!美津子さんが呪殺なんて嘘だわ!美津子さんの方が襲撃で死んだのよ!きっとそうよ!」
賢治が、困惑した表情になる。それはそうだろう、薫の白で、まだ薫の真の可能性があるのに、白を吊っている場合ではないからだ。
「学、それはないだろう。お前のグレーはまだ居るじゃないか、敦も、健吾も、光もだろう。」
学は、賢治を見て首を振った。
「狐だろう?光は占うから今日どっちか分かるし、敦はあまりにもあからさまに美奈ちゃんを庇ってたからあったとしても狼の方だと思うし、健吾はどっちかというと光寄りで今夜光の結果次第で明日判断がつく。そう考えたら、残るのは留美と貴子なんだよ。だったら、貴子でもいいけど。」
貴子が身を固くする。美奈は、貴子が共有だろうともう分かっていたし、薫もそう言っていた所をみると、他の者達にも分かるのだろう。しかし、当人同士はバレていないと思っているらしい。
賢治は、貴子と目を合わせたが、貴子が、賢治が何かを言う前に口を開いた。
「わ、私は共有者よ!だから、疑うのはおかしい!」