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利典は、落ち着いたものだった。
「そうだな、弁明といって、もう朝言ってしまったからな。オレはみんなが疑ってる美津子さんとやり合っているし、しかも最初から結構目立っていた。そんな人狼は居ないんじゃないかってことぐらいか。だが、黒を打たれてるんだし、色を見るために吊るってことなら仕方がないと思ってる。みんなが偽だと疑ってる美津子さんに黒を打たれた光と比べたら、オレを吊る方が有意義だろうし、もうあきらめてるよ。何しろ、光はオレから見ても白いしな。最初から必死に人外を探してる感じだ。だから、まあいいさ。」
その様が、逆に白い。
みんなのためらいが、美奈にも感じられた。賢治は、少し苦し気な顔をしたが、言った。
「…いいのか?時間はまだあるぞ?」
利典は、苦笑しながら頷いた。
「ああ。オレはそれぐらいしか自分の潔白を示せる材料がないしな。この村のみんながそうだろう。二日目で自分が白い材料なんて揃えられるか?逆に怪しいだろう。」
みんなだんまりでいた。もし、黒を打たれたのが自分だったなら、恐らく同じだっただろうからだ。
重苦しい空気の中、光が口を開いた。
「誰が真占い師か確定してない時に打たれる黒は村人にも脅威だ。オレだって白いって言われてるだけで具体的に何が白いと言われたら、説明することなんかできないからな。まあ、オレは臨床医じゃないが、医師だ。人の命を救うことを考えても、殺そうなんて考えないさ。それぐらいしか、オレも言えることはないな。利典と同じようなものだ。村の判断に任せるよ。」
そうか、光は医者だもんね…。
美奈は、あまり実感が湧かないが、光が人の命を奪うことを考えるなど想像も出来なかった。もちろん、あれが人狼役の人がおこなったとは思ってはいないが、本当に人命を奪うと知っていたなら、光なら襲撃先を選ばなかった気がする…。
だが、そうは思わなかった人が居た。
「…ちょっと待て。」言ったのは、健吾だった。「光が医者なのは知ってるが、これは異常なゲームなんだ。昨日の襲撃だって、人狼本人がやったかどうかまだ分からない。何も知らずに人狼同士で話し合って襲撃先を入力した後で、朝ああなってたのを知った可能性だってあるだろう。光が医者だからって、人狼でない理由にはならないんじゃないか。」
美奈は、体を固くした。そう言われてみれば、そうだからだ。だが、誰もそんな風に思っていなかったようで、それを聞いて困惑したように光の方を見た。光は、それでも表情をぴくりとも変えずに皆の視線を受け止めて、あっさりと頷いた。
「そうだな。だから今言ったじゃないか。具体的に何が白いと言われても説明することが出来ないんだよ。だが何も言わないわけにはいかないから、オレは今、オレが言えることを言っただけだ。じゃあ逆に健吾、お前は言動から白いと思ってるが、具体的に何が白いと言われたら答えられるのか?」
健吾は、グッと黙った。今ここに居る者のほとんどはそうなのだ。証明できるのは、共有者だけだ。
「まあ、今日吊られるどっちかには悪いが、これは村人にとっても賭けみたいなものだ。」敦が、健吾を庇うように言った。「健吾は村人として誰もが思うようなことを口にしただけだよ。黒を打たれたのが運のつきだと思って、あきらめてくれ。今は、占い師の結果しか、オレ達には情報が無いんだ。」
敦の言葉に、賢治が我に返ったようで、何度も頷いてみせた。
「そうだ。占い師の結果しかオレ達には判断材料がないんだ。さあ、もう時間が来る。」
賢治がそう言ったと同時に、昨日と同じように突然に鉛色のシャッターが、窓の外をまるでギロチンの刃のように音を立てて落ち始めた。
「きゃあ!」
美奈と貴子が、思わず声を上げる。声を上げなかった美津子も、緊張で強張った顔でじっと目の前のテーブルを見つめていた。その肩を見ると、微かに震えていた。
怖い…。
そのシャッターの落ちる音に、美奈は昨日の佳代子の吊られた時のことを思い出していた。光は眉を寄せてじっと黙っていたが、さすがの利典でも、いくらか緊張で青い顔をしているのが見える。美奈は、今晩はどうあっても光には入れるわけには行かなかった。利典の番号は、8…。
昨日と全く同じように、画面にはカウントダウンが開始されていた。全員が無言で、10分ある時間の間、誰一人話すことは無く、まるで永遠の時間のように感じた。
『5、4、3、2、1、投票してください。』
美奈は、急いでテンキーを叩いた。利典は8。そして0を三回押す。
『投票を受け付けました。』
美奈の腕輪から無機質な女声が告げた。
とりあえず投票は済んだとホッと顔を上げると、向こうに見える利典の顔が、今や能面のように真っ白なのが見てとれた。いくら勝利陣営なら帰って来られるという説明があったとはいえ、真実どうなるのかなど誰にもわからないのだ。
『投票が終わりました。結果を表示致します。』
美奈は、ごくりと唾を飲み込んでモニターを見上げた。
そこには、昨日と同じように数字だけが並んでいた。
1→8
2→8
3→8
4→8
6→1
8→1
9→8
12→8
13→1
14→8
15→8
16→1
そして大きく「8」と表示されていた。
ああ、やっぱり利典さんか。
美奈が思ってそちらを気遣わしげに見ると、利典は額に冷や汗を浮かべてはいたが、それでも気丈に口の端を上げて、笑おうとした。
「村は、がんばってくれ。」
『№8を追放します。』
ほとんど同時に聞こえたアナウンスの声と共に、照明とモニターの灯りが一斉に消えた。
まただ…っ!!
美奈は、ぎゅっと目を閉じてそれが終わるのを待った。昨日と同じように、何かの機械のモーターが動くような音がする。しかし昨日のように悲鳴が上がることもなく、何かの蓋が閉じたような音と共に、リビングの照明が復活した。
真っ先に美奈の目に入ったのは、体を縮こませて目に涙をためている貴子の姿だった。
美奈も、震えて来る体を抑えながら、ただ黙ってそこに座っていた。
そして皆がそうするように、美奈も思い切って貴子の横の、8の場所をじっと見た。
そこには、昨夜と同じように利典の姿も、座っていた椅子さえも見当たらなかった。
『№8は、追放されました。では、夜の行動に備えてください。』
声がまた表情もなく告げて、ぶつりと乱暴な断線の音と共にそれは途絶えた。
貴子が、ついにブルブルと震えながら涙をこぼして、言った。
「私…どっちに入れたらいいのか分からなくて。利典さんに入れてしまったわ。白いと思っていたのに…でも光くんだって白いし、選べなかった。私…。」
賢治が、なだめるように言った。
「貴子、オレ達みんなが決めたことだ。君のせいだけじゃないから。とにかくこれで、明日の霊能結果が出たら真占い師が確定出来るかもしれないんだ。霊能結果が出るまで、利典が本当に白かったのか分からないじゃないか。自分を責めるんじゃない。」
しかし貴子は、精神的にもいっぱいいっぱいなのだろう。涙は収まるどころか、更に大粒のものがどんどんと溢れては落ちている。
美奈が、見かねて立ち上がると、貴子に声を掛けた。
「貴子ちゃん、行こう?暖かいものでも食べて…一緒に話そうよ。」
「美奈ちゃん…。」
貴子は、美奈に促されて立ち上がると、昨日と同じようにまた、投票先をノートに書き記している賢治を後目に、キッチンへと向かったのだった。




