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結局、それからの議論はほとんど覚えていない。
後は個々人で考えて、夜の投票の一時間前にまた集合だと言われて、心ここにあらずの状態で自室へと戻って来ていた。
美津子を呪殺して結果を出して自分は生き残ろうとほくそ笑んでいた美奈にしたら、青天の霹靂だった。
しかし、このままでは自分まで一緒に呪殺されてしまう可能性がある。
そう思うと、穏やかにしていられなかった。
あの後、孝浩も自分を占ったところで呪殺など出ないと顔をしかめていたが、それが更に薫の意欲をそそるようで、撤回されることはなかった。
それよりも、薫の視線が自分の方へ流れて来ていたように思うのは、気のせいだっただろうが。
もしかして、薫は自分を疑っているのでは…。
美奈は、まるでヘビに睨まれた蛙のような気持ちになり、結局何も言い返せなかった。
美奈が見たところ、占い師の内訳は美津子は狐なので、学と薫の二人共が真占い師か、それともどちらかが真占い師で、それも状況から見て留美に白を打った薫より、白い利典に黒を打った学の方が偽に見える。
このままでは偽である学に占われて美津子が残り、真である薫に占われて自分が呪殺されて、美津子と自分の立場が逆転して美津子の真目が上がるだろう。そこまでではなくても、最低でも、狐ではないと思われるだろう。
美津子に、自分が利用される立場になってしまうのだ。
確かに、それで美津子が勝っても自分も戻って来れるのかもしれない。それでも、呪殺がどんなものか分からないような状態で、指をくわえて見ているだけなど出来なかった。
だが、薫を説得できるような材料もまた、無かった。何より、薫は自分が霊能者としてCOしているのを見ているのだ。
それなのに、ああして投票対象にした。賢治もあの場では何も言わなかったが、もしかしたら今頃通信でもして説得してくれているかもしれない、と、美奈は微かな希望を持っていた。
それでも、賢治の言う事を薫が聞くともまた思わなかった。
思った通り、美奈の腕輪が着信の音を立てた。
「もしもし?」
美奈がエンターキーを押して出ると、もはや聞きなれた賢治の声がした。
『美奈ちゃん?オレ。あのさあ…単刀直入に言うよ。薫は説得できなかった。あいつ、あくまでも君か孝浩を占うって聞かないんだ。無駄占いなんかしてる場合じゃないだろうって言ったんだが。』
美奈は、息を付いた。やっぱりそうか。
「薫くんは何を考えてるのかしら。霊能者を占っても呪殺は出ないし、逆に自分の立場が悪くなるのに。健吾さん、半分くらい怒ってたし。」
賢治も、ため息を付いたのが腕輪越しにも分かった。
「困ったもんだよ…。まあ白が増えるのも助かるし、明日は霊能COを募るから、騙りも出る可能性がある。君に白が出ていたら、こちらとしても確信を持てるしね。学に期待しよう。あいつが真だったらいいのに…薫は気まぐれだし時々何を考えてるのかわからない時があるんだ。いつものことなんだけどね。だから健吾も怒ったんだろう。命が懸かってるゲームでもそれか、ってね。」
美奈は焦った。そんな気まぐれに呪殺されたんじゃ、たまったものじゃないからだ。
しかし、ここで強く追いすがると、せっかく賢治の信頼を得ているのに、失う可能性がある。
明日霊能で対抗することを考えても、マイナスポイントはつけたくなかった。
占われたら、元もこもないのに…。
美奈は、切れた通信の後、どうしたら薫の気持ちを逸らせるか、そればかりを考えて過ごしたのだった。
8時の投票なので、7時前に美奈は階下へと降りて行った。
結局めぼしい対策など何も思い付かないまま、重苦しい雰囲気の流れるリビングの、硬い椅子に腰かけると、先に来ていた光が隣から言った。
「美奈?大丈夫か。顔色が悪いぞ。」
美奈は、ハッとした。ここで投票対象にもならない自分が今、悲壮感漂っているのはおかしい。
それでも、回りはみんな美奈と光を見ている。自分の顔色がよくないのは、皆が知ってしまっている事実だ。
美奈は、頭をフル回転させて咄嗟に言った。
「光…まさか光が吊られたりしないよね?」
光は、驚いた顔をした。向こう側に座っている貴子も、ああ、と少し納得したような顔をする。
そう、美奈は咄嗟に光を利用しようとしたのだ。幼馴染で同じ会社の自分のことを、皆が光に気があるのではと思っているのは知っていた。いくら否定してもそれは残るだろう。それなら、命を失うぐらいなら、そう思われてでもこの場を切り抜けようと思ったのだ。
光は、思った通り無表情になって目を反らした。
「それは村の判断だ。美奈が悩むことじゃない。それに村が勝てば戻ってこれるんだろう。オレは別にそう気にしていない。」
その光の横顔に寂しさは感じたものの、前のように落ち込むことは、美奈はもうなかった。しかし、皆の手前ショックを受けたような顔をして、下を向いて見せた。場には一瞬、同情したような空気が流れたので、美奈の想いが一方通行なのは皆に知れただろう。だが、それでも良かった。今は生き残らなければならないのだ。
最後に美津子がやって来て不機嫌に椅子に座り、賢治がわざとらしく咳払いをして、口を開いた。
「じゃあ、今日最後の話し合いだ。吊り対象は、利典と光。占い対象は、学が美津子さん、美津子さんは薫、薫は、本人のたっての希望で孝浩と美奈ちゃん。じゃあ、利典から弁明を…、」
「待って。」美津子が、顔色を変えて割り込んだ。「そんなの聞いてないわ。だったら私達だって自分の占い先を選びたいもの!薫が占うというのなら、私が美奈ちゃんを占うわよ、みんな今日それで私を責めたんじゃないの?!」
美奈は、それを聞いて驚いた。美津子は、自分を切ったんじゃないのか。
賢治が、ため息をついた。
「美津子さんは途中で席を立って出て行ったじゃないか。その後皆で話し合ってそう決めたんだ。薫は言い出したら聞かないし、もうそれでいいかと。昨日のあなたみたいに勝手に占われて呪殺が起きた時に混乱するのは避けたいから、先に言い出した薫はまだ親切だよ。もう決まった事だ。美奈ちゃんを占うなら、昨日だったんじゃないかって事だったんだ。」
それには、光も頷いた。
「もう遅いってことだ。決まったんだからこの時間はオレ達に弁明させてくれないか。黒を打ったのはあなただろう。」
回りの皆も、美津子を睨むように見ている。美津子は不穏な空気を感じ、口ごもった。
「そんな…だったら、私にも学くんにも同じ権利が欲しいってだけよ。場を乱したいわけじゃないわ。」
賢治は、また大袈裟にため息をついて見せた。
「じゃあ…あなたは誰を占いたい?美奈ちゃんはダメだ、薫がもう指定してるんだからな。」
美津子は、戸惑うように回りを見渡した。
「突然だから…あの子は私が占いたいと思っただけ。この議論の終わりには考えておくわ。」
賢治は、学の方を見た。
「学?お前はどうだ?」
学は、首を振った。
「オレは指定通り美津子さんを占うさ。安心しておきたいしな。だからこそ薫は、違う所を占うと言い出したんだし。」
美津子は、ムッツリと黙っている。薫は、場にそぐわない緊張感のない様子で言った。
「そうだねー。助かるよ。これで二人で呪殺を出せたら万々歳だもんねー。」
賢治が顔をしかめる。村目線、いや賢治目線、呪殺が出せたとしても孝浩が狐で、尚且つそれを薫が占った場合に限るからだ。
しかし実際は、美奈が狐なので薫は間違っていなかった。
孝浩がうんざりしたように言った。
「だから呪殺を出したいならオレじゃダメだろう。美奈ちゃんの色を見ておいてもいいかもしれないのには同意だが、オレを占うと後で後悔すると思うぞ。」
美奈は一気に緊張したが、表面上はそれを見せないように踏ん張った。薫は、困ったように笑う。
「どうかなあ?そんなに言うと孝浩のが怪しく思えるじゃん。なんか役職匂わせてるみたいに見えるよお?」
霊能者?!
美奈は、ハッとした。まさか、だが、孝浩は霊能者なのではないのか。もしくは狩人だが、狩人は基本匂わせることもしないのが常識だ。ならば美奈が騙りである以上、後は霊能者しか考えられない。共有の相方とも考えられるが、それなら賢治がもっと止めるだろう。
もしくは、黒を出されるのを嫌った狼か、といったところか。
しかし、これはあくまでも美奈視点であり、村からは狐である可能性も間違いなくあった。
美奈の頭の中でそれが巡っている間に、同じように皆の頭にも巡っていたのだろう。敦が、顔をしかめた。
「…おい、孝浩それはまずいだろうが。」
敦は、それ以上言わなかったが、村の皆が同じことを思っているのは空気で分かった。孝浩は、まずかったと思ったのだろう、焦ったように身を乗り出した。
「違う!別にオレは役職騙りをしようとしてるんじゃない!だったら、占ってくれたらいい。ただオレは、村のためを思って…。」
語尾は、尻切れトンボになった。こういう時は、言い訳をすればするほど怪しくなるということを、雰囲気から察したのだ。
賢治が割り込んだ。
「もういい。とにかくもう結構時間を食っちまった。とにかく、今日吊られるかもしれない人が二人も居るんだぞ。弁明をする時間ぐらい与えてやろう。じゃあ、利典から。」
その言葉で皆の意識は利典に行ったようだったが、それでも孝浩に対する不穏な雰囲気は、その場に水面下に、汚泥のように残っているのは美奈にも感じ取れた。




