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それからも、光を見ることはなかった。
まだ学生だというので、時々にこちらへ戻っては開発部の方へ行っているようだったが、美奈は違う棟の違う部署なので、会うことはなかった。
それでも、戻って来るとすぐに分かった…会社の女子達が、異常に騒ぐからだ。
光は、背もそれは伸びて、そして凛々しくなっていた。
まだ24歳とは思えないほど、大人の色気のようなものを醸し出して歩く光は、皆の羨望の的になっていた。
美奈は、光に手酷く突き放された過去があるのに、自分も光に会いたくて仕方がなかった。
だが、また光に蔑んだ目で見られるのは怖かったので、連絡も出来ずに居た。
というよりも、携帯電話もあれから変えてしまっていて、大学の頃一度連絡してみたが、不通だった。
メールアドレスも変わり、その上SNSもいつの間にか居なくなっていて、連絡を付けようにも光の母親に聞くよりほか、どうしようもなかったのだ。
光が帰国して入社式で一度、光を見た。
光はやはり、眩しいほどの男性に成長していて、誰もが胸を騒がせていた。
それから二年もの間、光を見ることは本当になかったが、ゴールデンウィークにさしかかろうという時に、突然に休憩中の美奈を訪ねて来て、こう言ったのだ…「美奈は、人狼ゲームに興味ないか?」と。
人狼ゲームは、学生の頃友達としたことがあった。なので、ルールや簡単なセオリーなら知っている。
美奈は、高鳴る胸を押さえながら、言った。
「あるよ。光は、あるの?」
すると、光は美奈の前の席へと座って、回りの好奇な視線など気にせずに、笑って言った。
「あるよ。オレ、帰国してから人狼サークルってのに入ったんだ。ああいう頭を使うゲームが好きでさ。で、明日から集まって人狼合宿ってのをすることになったんだけど、メンツが足りないんだよ。ほら、ゴールデンウィークだから海外とか行く奴らが多くて。それで、美奈が人狼ゲームに興味があるなら、一緒にどうかなって。」
そんなサークルがあるのを、美奈は知らなかった。
というか、光がそんなに人狼ゲームに興味を持ってたなんて。
「いいよ。予定もないし、退屈しそうだなって思ってたから。明日から?」
光は、頷いた。
「ああ。明日の、夕方5時に駅前の太鼓判って居酒屋に集合ってことで。合宿だから、もちろん泊まり。人狼の他にもボードゲームとかもしようってことだから、飽きることはないと思うし、心配は要らない。ええっと、明日から6日間だけど、それでも大丈夫か?」
美奈は、顔を上気させた。明日から、6日も一緒に居られる!
「もちろん!どこかに泊まるのね?場所は?」
それには、光はうーんと唸った。
「サークルの奴らに任せてるからなあ。誰かの知り合いの、別荘とか言ってたな。夜遅くなら迎えのマイクロバスを手配してくれるらしくて、それで居酒屋で飯食ってから行こうって話なんだよ。もし駄目なら他を当たるけど、ほんとに大丈夫か?」
美奈は慌てて頷いた。
「大丈夫大丈夫!もう26なのよ、子供じゃないわ。じゃあ、明日の夕方5時に太鼓判でね。」
光は、満足げに頷いた。
「ああ。じゃあな。」
そうして、光は去って行った。
その後ろ姿すら、とても凛々しい光に、美奈の胸はどうしようもなく高鳴った。
明日から、6日間も光と一緒に居られる!もしかしたら、わだかまりもなくなってちゃんと昔のように話せるようになるかもしれない…。
美奈は、そう思って、就業時間を待ちわびて帰宅し、次の日からに備えたのだった。
…そして、今だった。
光のサークルには、同年代ぐらいの若者ばかりが、14人も居た。
光と美奈を合わせて16人の大所帯だったが、一人、どう見ても落ち着いた風の女の人が居て、その人の名前は、城山美津子と言った。その美津子は、美奈が紹介された時に、不思議そうに見るので、苦笑して言った。「私は、今回ゲームマスターなの。ボードゲームのお店で働いててね。いろいろ準備したりを任されて、たくさんボードゲームも持って来たわよ?」
美奈は、じっと見たりして悪かったなあと思ったが、相手は気にしてないようだったので、ホッとした。
今は、全員が楽しそうに歓談しながら飲んでいるのを、じっと見ているだけだった。
知らない人ばかりなので、まだ馴染めてないのもあったが、自分が光の紹介でここへ来たことに、少なからずいい感じを受けていない女子が居るようで、声を掛けてくれなかったのだ。
困っていると、スッと誰かが隣に座った。誰だろうと見ると、自分と同じ年ぐらいの、しっかりとしてそうな男性だった。
「ええっと、前原さん、だっけ?オレは北村敦。こっちは、竹中健吾。同じ会社の同期なんだ。君は、光と同じ会社なんだな?」
美奈は、頷いた。
「はい。私のことは、美奈って呼んでください。光とは、幼馴染で…たまたま、二年ほど前に光が帰国して同じ会社に入って来たんです。」
すると、隣りに居たしっかりした体躯の髪を短くした男が言った。
「へえ。じゃあ26歳か。オレ達は24なんだ。オレのことも、健吾って呼んでくれていい。これから、ゲームとかで議論するのに面倒だから、みんな下の名前を使うんでね。」
美奈は、思いもかけず年下だったのに驚いたが、社会人になってから同期でも年上とか年下とか年齢が定まらないので、あまり気にならなかった。
「ありがとう、健吾さん。じゃあそう呼ぶね。議論って、みんな人狼どれぐらい強いの?私、社会人になってから全然やってないから、自信ないなあ。」
それには、敦がクックと笑った。
「大丈夫だよ、女子達の中でも、ガチなヤツは少ないからさ。みんな光が目当てで来た奴らばっかだし。でも、美津子さんはめっちゃ強いぞ。今回はゲームマスターだから参戦しないし平気だけど、あの人が村人の時に自分が人狼だったら震えるね。下手な事言えないからな。」
美奈は、そっと美津子の方を見た。そんなに、強いんだ。
すると、美津子がこちらをくるりと向いた。
「こーら、そこ!私のこと話してるでしょう?一人だけ30代とか言ってるんじゃないの?」
美奈がびっくりしていると、敦が慌てて手を振った。
「言ってませんって!そもそも30代に見えないでしょうが、美津子さんは!人狼が、やたら強いって話をしてたんですよ!」
いつの間にか、皆がこちらを見ている。美奈が居たたまれなくなりながらも黙っていると、美津子はニッと笑った。
「そうよお?私に嘘をついても、すぐに見破っちゃう。で、敦くん、あなた美奈ちゃんがタイプなのは知ってるけど、変なことしちゃ駄目よ?分かってる?」
美奈は、びっくりして敦を見る。敦は、それこそ真っ赤になって首を振った。
「違うって!一人だったから気になっただけだって!もう、そういうところが母さんみたいでいやなんだっての!」
美津子は、頬を膨らませた。
「ふーんだ。どうせあたしはおばさんですよーだ。」
見た目はかなり若いけど。
美奈は思ったが、黙っていた。
そんな騒ぎの最中でも、光は他の女子達と楽しげに話していて、美奈をかえりみることは無かった。
美奈は、密かにため息をついたのだった。




