19
言われた通り、美奈は部屋へと帰った。
食べ物も飲み物も、昨日の夜持ち込んだものがそのままになっていたので、手ぶらで貴子から逃げるように戻って来て、じっと考えていた。
光が自分を疎んじているだろうことは、薄々分かってはいたものの、信じたくはなかった。
そもそも、高校生の時にきっぱりと突き放されているのだ。
それなのに、まだ光と仲良くなれると思っていた自分が馬鹿だったのだ。
こうなったからには、光だって利用して勝ち残るしかない。
美奈は、そんなことを考えるようになっていた。
だが、光は頭が切れるのだ。海外とはいえ、研究医として学んでいたほどの頭脳の持ち主で、人狼というゲームに対しても光の方が経験がある。
そんな光を出し抜いて勝つなど、無理なように思えた。
光と自分で比べてみて、有利な点は恐らく、自分が初心者で女だという点だろう。普通のゲームではあっさりとつるし上げられるかもしれないが、リアルなゲームでは情に訴えかけるのにこれほど有利なことは無かった。
昨日、佳代子が吊られた事でもわかる。この村は、感情で結構動く傾向があるのだ。
とりあえず、自分は霊能者として一部の人達にCOしてしまっていた。なので、もし今日聞かれたなら結果を話さなければならない。
美奈は、忘れてしまわないように、自室に備え付けてあったメモ用紙に、「霊能日記」とわざと書いて結果を書いていくことにした。
昨日の佳代子は…きっと、白。
なぜなら、何人かは留美に流れていたものの、ほとんどが佳代子に入れていたからだ。
佳代子が人狼なら、人狼は初日から仲間を失うリスクを避けるため、留美の方に入れただろうからだ。
佳代子→○
美奈はそこに、そう記しておいた。
自分は襲撃されることはないのだから、と体力を落とさないために、美奈は無理におにぎりを口へと運んだ。咀嚼して飲み込む間、ふと真理の死にざまが脳裏に浮かんだりしたが、それを無理に脇へと押しやって、胃の中へと食べ物を送り込んでいると、食欲が満たされて来て心が安定して来た。
自分はたった一人なのだ。仲間の美津子も切った。回りは村人と人狼ばかり。ただ一人で戦って勝つためには、光でも貴子でも、利用できるものはみんな利用するしかない。
そんなことを思いながらメモ用紙を前に椅子に座っていると、ふいに、腕輪が鳴った。
4…賢治さんだ。
美奈は、今度は迷いなく応答ボタンを押した。
「はい。」
思った通り、賢治の声がした。
『美奈ちゃん?賢治だ。今部屋に一人なんだが、聞きたいことがあって連絡したんだ。』
美奈は、なんだろうとドキドキしながら答えた。
「ええ、私で分かることなら。何?」
賢治は、言った。
『結果だよ。占い師達にはもう聞いた。君が霊能者だと知ってるのはオレと薫と敦と…ほら、あの時こっちのグループで居た者達だけだっただろう?結果を聞いてから、公表するかどうか決めようかと思ってね。』
美奈は、途端に緊張して来るのを感じた。そうだ、騙さなければ…正確にはもう昨日から騙しているんだし。
美奈は、今書いたメモに視線を落とした。
「あの…ショックを受けないでくださいね。佳代子さんは、白でした。人狼ではないって。」
賢治は、一瞬黙ったが、息をついて言った。
『うん…まあ、そうかなって投票結果を見て思ってはいたんだよね。でも、妖狐じゃなかったってことじゃないだろう?君には、人狼ではないって分かっただけだ。』
美奈は、それには見えないのは分かっていたが、頷いた。
「そうよね。私も、そう思いたいって思った。私に分かるのは、人狼か人狼でないかだけだから…。」
賢治の声は、いくらか持ち直したように言った。
『じゃあ、今回は君は出て来ない方がいい。オレがみんなに霊能者は白だったら出て来ないでくれ、黒だったら出て来てくれって言うから、君は黙っていて。騙りが黒だって言って出て来るかもしれないけど、その時はその時だし。』
美奈は、見えないのを良い事に、緊張で固まった顔をした。自分の方が騙りなのだ…真霊能が、絶対に出て来る。佳代子が霊能者だったということは絶対にない。あの議論の最中であれだけ疑われていたのだから名乗り出たら良かったのだ。真理が、霊能者であったなら昨日自分がCOした時点で訝しんで見ているはずなのでそれはない。つまり、霊能者は向こう側で居たグループの中に居る…まだ、生きている。
なので、賢治が結果が白なら出て来るなと言うのにはホッとしていた。恐らく、佳代子は白だからだ。
もちろん狂人がまだ残っていて出て来る可能性もあるし、狼が出て来る可能性もあったが、賢治は自分を信用しているようだ。
なので、美奈は出て来た相手を怪しくすることに尽力しようと思っていた。
美奈がそんなことを考えていると、賢治が言った。
『じゃあ、まだ11時に。占い結果、びっくりするぞ。もしかしたらあっさり終わらせられるかもと希望を持ったぐらいだ。君にも明日の結果を見てもらわなきゃな。それが結構重要になって来るから。それじゃあな。』
「え、それって…」
美奈の言葉を聞かずに、プツリと通信は切れた。
賢治の声は、思えばかなり明るくなっていた。リビングで別れた時には、敦と孝浩に支えられてやっとといった感じだったのに、今の声には力があった。
もしかして…占い師は黒を見つけたの?
美奈は、それはそれでまた、考えねばならないと思っていた。その黒は、今日吊られることになるだろう。そうなると、明日の霊能結果がかなり重要になって来る。その答え次第で、真占い師が決まる…ただし、自分の他に真霊能者が出て来て、違う結果を言えばこの限りではないが。
今日の議論は、かなり力を入れなければならないな、と美奈は表情を引き締めたのだった。
11時が近くなり、やる気が無いと思われることがないように、美奈は早めに自室を出て螺旋階段を降りた。
途中、健吾に会った。そういえば、健吾は今回のゲームが始まってからあまり話していない。
美奈は、健吾に声を掛けた。
「健吾さん、あなたも早めに出て来たの?」
健吾は、そのゴツい体で皆を振り返った。鋭い目つきに美奈は少し怯んだが、こんなゲームで人死にが出たばかりなのだから当然だろうと平静を装った。
「…あんなことがあったし、早めに話を聞いておいた方がいいと思ってな。君は?直接見て平気なのか?」
美奈は、肩をすくめて見せた。
「光に叱られたの。いつまでも泣いててもこの状況は変わらないって。確かにその通りだし、考えないようにしてる。それより、これを早く終わらせてしまわなきゃ。」
健吾は、むっつりと前を向いて歩きながら、頷いた。
「だな。オレも真理があんなことになったのを見て、ほんとに堪えたんだ。だが、落ち込んでようと事態は変わらない。オレはオレに出来ることをしっかりやるしかないんだ。だから、誰か人狼なのか狐なのか、しっかり見て自分で考えなきゃなと思ってる。」
健吾の顔は、あくまでも真剣だ。美奈は、これが村人力ってものだな、と心底感心した。何の根拠もないのに、健吾は真っ白に見える。重要なことを話しているわけでもないのに、その行動とポロッとこぼす言葉が、何より村人なのだ。
健吾は、間違いなく村人陣営だ。
美奈は、直感でそう思った。
その健吾の背を見ながらリビングへと入って行くと、もう議論用のテーブルには半数以上が来て座っていた。美奈は驚いて、急いで自分の番号の椅子へと小走りに駆け寄った。
「ごめんなさい!まだ早いかと思ってた。」
健吾は、落ち着いた様子で椅子へと向かう。賢治が、頷いた。
「ああ、みんな部屋に居ても落ち着かないのか10時過ぎぐらいから来てたんだよ。まだ時間じゃないし気にしなくていい。」と、ぐるりと座った皆を見回した。「ええっと…後は、美津子さんと、薫?」
「僕は今来たよー。」おっとりした声が後ろからして、薫が席へと向かった。「美津子さんは僕が階段降りてる時に部屋の扉が開いたのが分かったー。」
賢治は、頷いた。
「じゃあもう揃うな。」そう言っている間に、美津子も入って来て黙ったまま自分の席へと向かう。賢治は、満足げに頷いた。「よし。じゃあ早いけど揃ったから、議論を始めようか。」
皆が、固唾を飲んだのが分かった。賢治は、もう占い結果を知っているのだ。シンと水を打ったように静まり返った中、賢治は手元のノートを見ながら、言った。
「じゃあ、占い結果を言う前に、霊能者だが」美奈は、来た、と体を固くした。賢治は、最初に美奈を見たがそこからぐるりと視線を動かして、言った。「昨日の結果が黒だった時のみ、出て来てくれ。白だったら、襲撃を避けるためにも出て来ないで欲しい。じゃあ、準備はいいか?せーのっ!」
誰も動かない。
賢治は、流れ作業のように頷いた。
「じゃあ佳代子は白だな。」
全員が、暗い顔をした。白を吊った…佳代子に投票した人達は、責められるのでは、と案じているのだろう。
しかし、光が言った。
「白でも妖狐だったかもしれない。佳代子の様子は完全にいつもの人外だっただろう。佳代子は、村人か、妖狐。村人が確定したわけじゃない。」
皆がうんうんと頷く。賢治もそれに同意しながら、言った。
「じゃあ、占い結果を言おう。」その場の空気が、一気に固まるのを感じる。賢治は、勝ち誇ったように続けた。「薫は留美を占って白だと。だが、学と美津子さんが黒を引いた。利典と、光だ。」
皆の視線が、一斉に二人に向いた。