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回りで皆が横に居る誰かと言葉少なに会話しながら、冷蔵庫を開いている中、貴子は美奈を気遣わしげに見た。
「美奈ちゃん、大丈夫?」
美奈は、驚いた。そして、自分が必死に村人になろうと考えていた真剣な表情が、貴子には悲壮感漂う表情に見えたのだと悟り、わざとその表情を崩さずに弱々しく歩み寄って見せた。
「うん、大丈夫。なんか、あんな風に投票してしまって、目の前で追放されて行った佳代子さんが、今更ながらに心配で…。もし、村人だったらどうしようかって。一票が、すごく重いなあって…。」
それには、貴子も真理も顔を見合わせて、暗い顔をした。
「それは…私達もだよ。まさか、追放があんな風だなんて思いもしないで。いつもの人狼みたいに、つい言い争って、投票しちゃった。でも、自分達だって危ないんだから、感情でなくきちんと考えて投票しなきゃだったよね。」
貴子が言うと、真理がそれを言い訳をするように言った。
「でも、佳代子は明らかに怪しかったよ!いつもの感じだったじゃない。私達だって、散々吊られて来たんだもの。それに、考えようにも材料が全然ない状態だったんだから。佳代子が怪しいとみんなが思ったから、吊られたんだよ。私達だけのせいじゃないよ。きっと黒だよ!そうでなくても、狐だったかもしれない。」
美奈はそれを聞いて、わざとらしくない程度に、弱々しく微笑んだ。
「そうだね。考え過ぎても仕方ないもの。人狼も狐も、吊ってしまわないと私達だって生き残れないんだから。明日からもがんばろう…とにかくは、今夜をやり過ごして…。」
それを聞いた貴子と真理は、強張った顔をした。今夜…占いもあるが、襲撃もある…。
美奈もそれに合わせて恐怖に引きつった顔をして黙っていると、後ろから声がした。
「こーら、暗いぞ三人共。」振り返ると、敦だった。「そうなってしまったものを悩んだって仕方ないし、まだ起こってもないことを気に病んだって仕方ないさ。大丈夫、狩人だって居るし、狐を噛むかもしれないじゃないか。何も無いさ。そう信じておこう。」
そう言う敦も、少し疲れているかのようだ。こちらを気遣って言っているのは、よく分かった。薫が後ろから、手に菓子パンとペットボトルのミルクティーを持って、場にそぐわない笑顔で言った。
「ほらぁ~暗くならないんだって。僕が夜、占ってあげるからさあ。そうしたら、誰を信じていいのか分かるよ。だから大丈夫だって。そんなことで悩んでたら、がんばって人外を吊れないぞ?みんな食べ物漁ってるんだから、美奈ちゃん達も早くしないといいの取られちゃうぞ~。」
相変わらず屈託のない何の危機感も感じさせないその様子に、敦も苦笑して振り返った。
「もう薫は。いつもそんな風だからオレもお前って分からないんだよなー。ほんとに占い師なのか?」
「そうだよぉ。」薫は、疑われていても全く気にしないだろう様で答えた。「じゃあ、僕はもう戻るよ~。占いってどうなるんだろうって楽しみでさ。ワクワクだよね~。じゃねー。」
薫は、そのまま回りの暗さなど微塵も気にしていない風で軽やかに踊るような足取りで螺旋階段へと向かって行く。
敦は、それを見送ってから、美奈達に肩をすくめて見せた。
「ま、あいつはいっつもあんなだ。リアル人狼でも人が死んでても関係ないらしい。さ、でも薫の言う通りだよ。食事だけはして、部屋へ帰ろう。10時なんてすぐに来る。奴らに追放されたんじゃやってられない。」
美奈を含めた三人はそろって頷く。そして、何か食べる物をと冷蔵庫の方へと向かった。
「うわあ、結構いろいろある!」貴子が、冷蔵庫の中身に軽く歓声を上げて、ハッと我に返ったように首を振った。「いえ、そんなどころでないのに。でも、何を食べる?」
美奈は、そう言われて後ろから冷蔵庫の中身を覗き込んで、驚いた。
刺身やカットフルーツ、プリンやゼリー、絞るだけでいいホイップクリーム、焼き肉用やステーキ用、すき焼き用にカットされたお肉、数々の調味料、ドレッシング、ワインやビール、酎ハイ、とにかくありとあらゆるものが入っていた。
業務用の大きなものが二つもあるのだから、それはたくさん入るだろう。冷凍庫にもアイスクリームや解凍すれば食べられるケーキ、解凍したら食べられる様々な袋入りのおかずがぎっしりと詰め込まれていた。
戸棚にはスナック菓子から菓子パンから、店でも開くのかというぐらい入っていた。
「食べる物がないってことは無さそう…。」
真理が呟くように言い、美奈も頷いた。
目の前で貴子と真理が何を食べようと迷っている間に、美奈は別のことを考えていた。薫…彼は本当に占い師なのだろうか。占い師だったとして、あの気まぐれそうな感じは美奈には脅威だった。今夜だって、賢治はああして指定していたが、気が変わって言われた通りにしないかもしれない。美奈を、いきなり占うなんていうこともあの薫ならしかねない…。
美奈は、村人が襲撃を恐れるのと同じように、呪殺の恐怖に脅えていなければならなかった。
だが、同じ恐怖を味わうだろう美津子には、もう話をする気持ちも全く残っていなかった。ただ、美津子をどうやって利用しようと、食べ物を手にしながら考え込んでいた。
精神的に弱っているふりをしながら部屋へと戻った美奈は、持って来たペットボトルのお茶とおにぎり、スナック菓子を机の上に置くと、ベッドへと倒れ込むように崩れた。疲れた…ここ最近でこんなに気を張ったことがあっただろうか。しかも、命に関わって来る演技をしたのだ。
そしてこれが、このゲームが終わるまでの数日間、ずっと続くのだという事実に、美奈は叫び出しそうだった。今日ですらこうだったのだ。これから先、ずっとだまし続けることが出来るのだろうか…。
美奈がぼーっと天井を見つめてそうやって考えていると、思ってもみなかったことに、インターフォンが音を立てて鳴った。びっくりして起き上がった美奈は、時計を見た…今、9時半ぐらいだ。
急いで応答ボタンを押すと、言った。
「はい?」
すると、聞き慣れた声がした。
『美奈。オレだよ。光。』
美奈は、びっくりして急いで扉の鍵を回した。
「光?!あ、今開けたよ、入って。」
答えてすぐに、扉が静かに開いた。そこには、紛れもない光が立っていた。
「美奈。もう時間が近いのにすまないな。」
美奈は、どぎまぎしながら何度も頷いた。
「いいよ、暇だし。入って。」
しかし光は、首を振った。
「いや、ここでいい。それより美奈、参ってるようだったからさ。大丈夫か?」
気にしてくれたんだ。
美奈は、こんな時なのに嬉しい気持ちが湧き上がって来て、胸が熱くなった。赤くなって来る顔を感じながら、急いで頭を振った。
「ううん、大丈夫。みんなつらいんだもの、私だけが苦しんじゃないし。あの、今夜、襲撃があるって事を考えて、それが怖いなって、そんなことを考えてただけ…。」
美奈が、とりあえず光には疑われたくない、と、明日皆の前でさりげなく言おうと思って準備していたことを、スラスラと口にした。光は、そんな美奈をじっと見ていたが、頷いた。
「そうか。だけど美奈は何となく疑われていたから、人狼は襲撃先には選ばないと思うよ。だからそんな心配しなくていいと思う。とりあえず今日は生き延びたんだ。明日も大丈夫だ。」
美奈は、そう言って優しく微笑む光を、懐かしく見た。確かに、自分が知っている光はこうだった。あのアルバイトに出掛ける前の光は、こうして優しくいつも美奈を気遣ってくれる人だったのだ。それが、ああして変わってしまって、そして、今まで話も出来ずに来た…。
「光…話さない?私達、高校のあの夏からまともに話してないし、光の話も聞きたいわ。」
しかし光は、スッと表情を変えると、首を振った。
「いや。時間がない。それに、オレがあれから何を勉強してたかなんて、美奈に言ったところで理解出来ないさ。」と、隣りの1の部屋へと足を向けた。「じゃあな。大丈夫そうで安心したよ。」
「光、」
美奈は光を引き留めようとしたが、光は扉を閉じた。美奈が慌ててまた開いた時には、光はもう、廊下には居なかった。