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孝浩は、落ち着いた様子で答えた。
「みんなの意見を、出来るだけ聞いておこうと思ったんだ。誰が誰を疑い始めたかとか、そういうのが後で絶対役に立つと思って。そもそも友達とか関係なくて裏切りまくるのがこのゲームの醍醐味だろう?今も真理と貴子が佳代子と留美を攻撃して、それに二人が反撃してって構図になってるし、こいつらは仲間じゃないなあとか、そんなのを黙って見てるんだよ。議論に参加してたら、冷静に一人一人のことを見て考えることが出来ないからさ。」
それには、賢治が渋い顔をした。
「そんなの言い訳にしか聴こえないな。議論には積極的に参加しないと、お前だってグレーだしオレ達から見たら充分に人外があり得る位置なんだぞ。もっと発言していかないと、疑われて吊られるのは分かってるだろうが。」
孝浩は、ふふんと笑った。
「別にそれでもいいが、オレは結構な情報をため込んでるぞ。オレより先に吊るヤツは居るはずだ。オレを吊ったら、村は後悔すると思うね。」
健吾が、呆れたように横から言った。
「そんなもの。人外の情報だったら要らないしな。疑わしかったら吊る。もっとそのため込んでる情報とやらを村に落として、役に立って吊られないようにしろ。村人なのに吊られたら黙ってるお前の責任だぞ。」
美奈は、じっと孝浩を見た。孝浩は、健吾の言葉を聞いて、何か言いたそうだったが憎々し気に見返しただけだった。
孝浩が人狼なのか村人なのか美奈には分からなかったが、それでも狐でないことだけは分かった。後々どうなるのかは分からなかったが、それでも美奈は、孝浩の票も自分に来ることを避けたいと考えて、慎重に口を開いた。
「あの…考えていると、なかなか発言出来ないってことも分かる気がするんです。今話しているのにも、特別怪しいという感じではなかったし、今日は他に怪しむ人が居るんじゃないかって思うんですけど。」
孝浩は、美奈が自分を庇うようなことを言うとは思わなかったようで、少し驚いたように片眉を上げる。健吾が、顔をしかめて美奈を見た。
「君は初心者だから分からないのかもしれないが、確たる証拠も無いのに誰かを庇ったら君まで怪しまれるんだぞ?」
美奈は、わざと困ったように肩をすくめた。
「ごめんなさい。ただ、他に怪しむべき人が居るんじゃないかと思って。孝浩さんが怪しいならいいんだけど、今日吊るほどじゃないんじゃないかって思ったの。」
それをじっと聞いていた、賢治が口を挟んだ。
「まあまあ、確かに美奈ちゃんの言うように、孝浩は黙ってただけだしな。佳代子と留美の疑いが出た後で、黙ってた孝浩まで同じ土俵に上げるのは確かにおかしいかもしれない。本当に疑わしかったら、占ったらいいだけだしな。絞り込む意味も込めて、孝浩のことは明日以降にしよう。」と他のみんなを見回した。「で、他に誰か意見は無いか?もうすぐ投票時間なんだ。長い時間考えられたから、それなりに考えがまとまった奴も居るんじゃないかって、期待したんだが何かないか。」
さっきは、あれほどに美津子とやり合っていた利典もむっつりと黙っている。光は、ため息をついた。
「…部屋に帰って一人でじっと考えたんだが、役職に人外が結構出ているだろうと思った。というのも、利典があれだけ美津子さんを攻撃したのもそうだし、美津子さんが躊躇いなく美奈を攻撃したりしているのもそうだ。お互いに別陣営だと知っているからこその、確信を持った攻撃のように思えてならなくてね。村人なら占い師だって占ってない人のことは分からないんだから、あれはどう考えてもおかしい。だから、少なくても美津子さんと利典は敵陣営同士の、人外じゃないかって思えるんだよな…あくまで、状況からそうじゃないかってだけだが。」
利典は、ますます眉を寄せた。美津子は、黙って青い顔をしたまま口をつぐんでいる。賢治は、息をついた。
「そうだな…でも、美津子さんは今日は吊らないと決めてるんだよ。だから、投票対象にはしない。利典のことは…そうだな、みんなはどう思う?ええっと…敦?」
敦は、自分に振られて驚いたようだったが、言った。
「美津子さんはオレも怪しいと思うんだよね。美奈ちゃんに疑いを向けようとしているのが、自分から疑いを反らしたいから必死に誰かに擦り付けたいってのを感じるんだよな。村人だったら大変なのに、それを気遣う様子もないだろう。だから、人外だと思う。利典は…どうだろう、あまりに反論して来るから、意地になって言い負かしてやろうとしただけかな、って感じてたんだけど…いつもは冷静な利典らしくはないけどな。」
じっと黙って口を開く様子もなかった利典が、ボソッと言った。
「…オレもオレらしくなかったと思う。あんまり食い下がって来るからお前が人外だろう、ってな。」
賢治は今日何度目かの深いため息をついた。
「ヒートアップしちまったわけだ。まあこれからいろいろ分かって来るだろうし、それから考えたらいいか。今日は、占い師の情報もないままに投票だから、行動の怪しい奴が吊られるんだ。議論時間が長いから勝手が違って感情的にもなるかもしれないが、重々気を付けてくれなきゃな。」
するとその時、急にガシャン!という大きな音がした。
「?!」
全員が、びっくりして体を跳ねさせた。音のした方を振り返ると、大きな窓の外を遮るように、端から順に鉛色のシャッターが閉まって来ていた。
「なに…?!閉じ込めるつもり?!」
美津子が言ったが、そもそも最初から外には出られないし、閉じ込められていた。
照明が灯っているので、シャッターが閉じても部屋の中が暗くなることはなかったが、まるでギロチンのように、鈍く光る金属のシャッターがすごい勢いで落ちて行く様は、14人の精神に重苦しい楔を打ち込んで行くようだった。
「…10分前だ。」
光が、急に着いた大きなテレビ画面に移る、デジタル表示を見て誰にともなく言った。
そこには、美奈が見た時には9:32と出ていて、そこから9:31、9:30、とカウントダウンをしているのが分かった。
賢治が、我に返って慌てて言った。
「よし!さあ投票だぞ!意見はまとまって来てたと思うし、今日はオレは指定しない。投票先を見て、これからのことを判断させてもらえるし、自由投票にする。自分を村人だと主張するために、村のための投票をしてくれ。」
健吾が、急いで言った。
「投票の仕方は、番号を押して、0(ゼロ)を三回だったな?」
それには、光が頷いた。
「そうだ、そう言ってた。間違わないように、冷静にな。どうなるのか、分からないんだし。」
美奈は、黙ってそれを聞きながら、自分も腕をテーブルの上へと乗せてそのテンキーを見つめた。
今の話し合いで、疑われていたのは佳代子、留美、美津子、孝浩、利典だった。もしかしたら、美奈に入れて来る者も居るかもしれないが、この様子だと最多得票にはならないだろう。明日からも疑われないためにも、美奈も考えて投票しなくてはならない。
孝浩は、証拠も薄いし自分は怪しくないと発言しているので投票するのはおかしい。利典も、美奈を攻撃している美津子とやり合っている人だし入れたら理由を聞かれるだろう。美津子は役職COしているし美奈を攻撃しているからと投票したらわざとらしい気がする。
ということは、佳代子か留美に入れるのが、恐らく美奈の位置から言うならベストだろう。
だが、投票した方が、確実に吊られてくれる必要がある。例えばもし、留美に投票して佳代子が吊られ、留美が残った場合、明日の投票で美奈に恨みで入れて来る可能性があるからだ。それにもまして、美奈が怪しいとある事無い事でっち上げて吊ろうと頑張り始めることも考えられるのだ。
今日、この時に、一番ヘイトを集めて居そうなのはどっちか…。
佳代子に投票しよう。
美奈は、意を決してそっと佳代子の番号を確認した。佳代子は、じっと黙って真っ青な顔を引きつらせ、目の前に置いた自分の腕にある、腕輪を見つめている。
佳代子は、結構な暴言を吐いて、皆のヘイトを集めていた筆頭に見えた。これまでのプレイスタイルも、どうやら姑息な感じだったようで、元々の心象も良くないようだ。なら、どうしても誰かに投票しなければならないなら、みんなはきっと、佳代子に入れる。
「投票、1分前です。」
さっき聞いた説明の声とは、違う女声が事務的な声色で言った。見ると、テレビ画面には0:59からどんどんと数字が減って行くのが分かった。
「…10秒前。」全員の体が強張るのを感じる。声はお構いなく続けた。「…6、5、4、3、2、1、投票してください。」
みんな一斉に、腕輪に無言で打ち込み始めた。