12
こちらで別のことを話したりと和やかにしていると、向こうで立ち話していた光が、こちらへと歩いて来た。
見ると、他の人達もバラバラとこちらへと向かって来るのが見える。
美津子は、サッと身を翻して怒ったように部屋を出て螺旋階段へと向かって行くのが見えた。
また議論が始まる、と気を引き締めた美奈の前に、光が座った。
「かなりヒートアップしてたな。どうだった?」
賢治が言うのに、光は疲れたようにソファの背に体を預けて首を振った。
「オレは何も。聞いてただけだ。あれだけガンガンやるなら、みんなで聞いた方が良かっただろうに、こっちはのらりくらりとやってたようじゃないか。」
その声に、何やら批判的な感じを受けた賢治は、顔をしかめた。
「感情的になってないだけで、こっちでもそれなりに話してたさ。ケンカじゃなく、議論をしなきゃ進展はない。誰かの自己満足で終わると後悔することになるしな。議論の強い奴が場を仕切るが、それが人外だったら面倒だ。」
光は、少し賢治を睨んだが、もっともなことなのでフッと息をついて、頷いた。
「そうだな。あれではあまりに一方的だ。美津子さんと利典の対立ばかり目立ってしまって。」
貴子が、控えめに言った。
「…でも、それだってとても重要だと思うわ。だって、少なくても利典さんと美津子さんは別陣営ってことでしょう。人狼同士は絶対にあんな風に徹底的に相手を叩きのめすほど言い合わないし、狐同士だってそうでしょう。絶対に同陣営じゃないわ。」
健吾は、ハッと顔を上げた。
「そうか…しかも、この村には占い師が二人居る。出ているのが三人で、誰が偽で真が何人居るのかなんてまだ分からないのに、その占い師の中の一人をあれほど徹底的に攻撃しているんだ。そこまで相手が偽だと思う理由は?…どっちかが人狼で、どっちかが狐でそれが分かるからあんな風に攻撃出来るんじゃないのか。」
美奈は、そう言われてそういえば、と思った。利典が、あれほどに美津子と対立するのはおかしい。まだ、村人目線なら誰が偽で誰が真なのか全く分からないのだ。美奈から見たら美津子は狐なので、利典は狐ではない。人狼には狐は分からないが、自分の仲間は分かる。もしかして、占い師の中には狼が居る…?だから、仲間でない美津子を、もしかして狐では、と、攻撃しているのでは。
こちらへ歩いて来ていた、利典がそれを聞きながらソファへと腰を沈めた。
「オレが、人外だっていうのか、健吾?」
健吾は、じっと睨むように利典を見て答えた。
「美津子さんが偽だと決められる材料がまだ少ないはずなのに、あそこまで追い詰める理由を、お前が持ってるんじゃないかって思っただけだ。まだ序盤で、村人には何の情報もない。確かに美津子さんが怪しいか、と思ってはいるが、決定的な理由なんて何もないからみんなを満遍なく怪しむべきじゃないかと思ってな。」
みんな、固唾を飲んでそれを聞いている。光も、黙ってじっと利典が何を言うかと見ているようだ。
利典は、はーっと息をついた。
「そう言われても仕方がないかもしれないな。あまりに美津子さんが必死になるから、オレもついむきになってしまった。議論で負けるのは悔しいだろう。だからだ。だがしかし、聞いていて明らかにおかしいと思ったぞ?何しろ美津子さんは、やたらと美奈ちゃんを怪しいと押していた。どうして、占ってもいない彼女がそんなに怪しいんだ。さっき、確かに皆で彼女の様子から怪しいのではないかって話にはなったが、そこまで断言できるほどの怪しさではない。今健吾が言ったように、村人なら断言できる情報はない。それなのに、彼女が怪しいと断言する美津子さんが怪しいとオレは言っていたんだ。案の定、怪しむ決定的な理由などなかった。それに、じゃあ彼女を占えばいいだろうと言うと、まだ決める時じゃないと言って占うと言わないのもおかしい。占い師なら、怪しい人を占いたいんじゃないのか。矛盾してるんだ。」
美奈は、顔をしかめた。美津子は、完全に美奈を切るつもりなのだ。自分が占って、白を残してくれるつもりもないのだ。それどころか、無理に占うことになったなら、黒を打たれる可能性まである。美奈は、もう美津子に占って欲しいとは思わなかった。
「私は、もう美津子さんに占って欲しいとは思いません。それだけ矛盾しているのなら、きっとみんなが思っている通り、彼女は偽なんでしょう。そんな彼女に何を言われても、私の潔白は証明されませんもの。村が私を占わせるというのなら、他の二人のうちの一人にしてもらいます。」
それを聞いて、みんなむっつりと黙った。美津子が必死に美奈とのラインを切って、美奈を生き残らせようとしているようにも見えないのだ。何しろ、占って白を残す様子もないし、自分の代わりに美奈を疑え、と言っているようにしか見えないからだ。
賢治が、言った。
「…分からないなあ。美津子さんは、怒って部屋へ帰った感じ?」向こうに居た、学が苦笑して頷く。賢治はため息と共に続けた。「これだけ怪しまれたら、確かにどうしようもないもんな。仮に真役職だったとしても、このまま議論を続けたらどんどん状況は悪くなるだけだ。一回、頭を冷やすのがいいもんな。どっちにしろ、今日は美津子さんは吊らないし、明日からの様子を見て決めるつもりだ。」
学が、肩をすくめた。
「オレは一人でも大丈夫だよ。確かに二人居たら心強いけど、誰が相方か分からない限り、逆に邪魔でしかないと思ってたぐらいだしね。占われたら、そこを占えないし、相方だと思ってたら偽だった、狐が残ってた、と後手後手に回るのが一番心配なんだ。」
賢治は、学を見た。
「役職決め打ちは早めにするつもりだから、お前も早いとこ呪殺を狙えよ。この村はローラーしてる暇はないんだ。早いとこ真を確定させなきゃ、人外が残る。」
学は、頷いた。
「任せとけって。でも、狐を探したいからお前が占い指定しろ。狐だと思う位置を言ってくれ。そこを占うからさ。」
賢治は、顔をしかめた。
「え?オレが指定するのか?…別にいいが外れても文句言うなよ。」
薫が、笑って言った。
「オレも、誰を占ったらいいのか分からなかったから、助かる~。賢治に指定してもらおうっと。」
こんな時なのに、にっこり笑った薫はとても可愛らしいと思った。賢治は、薫を恨めしそうに見た。
「お前なあ、その他力本願なスタイルなんとかしろって言ってるだろ。自分で考えてガンガン行かなきゃ駄目だ。」
じっと黙ってそんな話を聞いていた光が、立ち上がった。
「一度、頭を冷やそう。オレは部屋へ帰る。四六時中みんなで居て議論議論だと、冷静に物事を見ることが出来ないだろう。可能性は無限にあるんだ、こじつけたらいくらでも怪しいことが出て来るはずだ。これだけ時間があると、人外にも知恵が回って来ていろいろ付け入って来るぞ。みんなも、一度一人になって冷静に考えてみろ。それから、また集まって議論したらいいだろう。考えをまとめてから発言するようにしないと、思考の垂れ流しは聞きづらいだけだ。こっちも混乱する。」
みんなの答えを待たずにさっさと出て行く光に、佳代子と留美が急いでついて行こうとしたが、光はそんな二人も制止して、一人にしてくれ、と言って、不機嫌そうに出て行ってしまった。
そんな光を見送ってから、敦がため息をついて立ち上がった。
「まあ光の言う通りなんだよな。オレも、訳分からなくなって来た。一度部屋へ帰って一人で考えて来るよ。冷静にならないと、間違った方向へ行ってしまったら村は終わりだ。」
そうして、出て行く敦について健吾も出て行き、賢治、学と次々に立ち上がる中、美奈もそれに紛れて、冷静さを装ってゆっくりと立ち上がると、一緒に螺旋階段を上がった。
その胸には、勢いで騙った霊能者という役職で、どう立ち回れば自然なのか、しっかりと考えようという決心が芽生えていた。