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「ちょ、ちょっと待て。」賢治が、慌てて囁くような声でオーバーなジェスチャーで言った。「待ってよ美奈ちゃん、駄目だって、人狼だって混じってるかもなのに!半分居るんだよ?こっちで何を話してるのか聞きたい人狼が一人ぐらい混じっててもおかしくないのに!」
だが、薫は苦笑した。
「えーでも聞いちゃったしなあ。オレは人狼じゃないけど、みんな聞いたんだし、仕方ないよー。オレも、この中には人狼は居ないと思う。だから、あっちから占おうかなって思ってるぐらいだもんね。」
敦が言った。
「そうだよ、みんな聞いたんだ。でも、どうする?そうなると美津子さんも出てるし、美奈ちゃんも出てるし、この二人が同陣営だとは思えない。人狼だったら三人だろ?狐なら二人で、全露出。あり得ない。」
賢治は、フッとため息をついた。
「仕方ない、黙ってることにしよう。でも、ここに居るメンバーは聞いたんだぞ?明日もし、美奈ちゃんが噛まれたらこの中に人狼が混じってたってことだ。オレは優先的に占うように押すからな。それでいいか?」
敦は、頷いた。
「ああ。そうしよう。あくまで、明日だ。美奈ちゃん、明日の結果を知らせて欲しいから、頑張って今日は生き残るんだ。といっても、どうしようもないけどな。」
美奈は、頷いた。
「大丈夫、頑張ります。あの、適度に怪しくなってたら、きっと噛まれないし。私が何かしなくても、あっちで美津子さんが私を怪しくしてくれてるようだし。」
美奈も合わせた7人は、まだ議論している向こうの7人を盗み見た。こちらの様子にも気付かないほど、激しく議論している…中心は、利典と美津子のようだ。
…が、光の視線が、ふとこちらを向いているような気がした。が、美奈が見た時には、光は美津子と利典の方を見ていて、こちらを見てはいなかった。
…顔がこちらを向いてるから、見ているみたいに感じたのかな。
美奈はそう思った。
健吾は、ふーっと顔をこすって伸びをした。
「あーそうなるとまた推理を変えなきゃならねぇなあ。オレはてっきり美津子さんと美奈ちゃんが繋がってて狼にしろ狐にしろ同陣営だと思ってたんだが、あり得ねぇ。だからどっちかが本物か、それとも両方が本物ってことになるし、考え直す必要が出て来たぞ。」
しかし、敦が言った。
「どっちかが狼、どっちかが狐って考えもあるけどな。狼っていうか、狂人でもあり得る。例えば美津子さんが狐で美奈ちゃんが狂人とかさ。だからどっちかが真って決めてしまうのも危ないな。」
健吾は、額を叩いた。
「それもあったか!そうだな、第三陣営と人狼は仲良くないわな。当然だ。あー、分からん。今夜一人吊らなきゃならねぇのによ。どうしたもんか。」
敦は、肩をすくめた。
「さっぱりわからん。あっちの7人の中でも、役職COしてるヤツ除いて怪しい奴なんて居るか?」
貴子が、言った。
「私…思ってたんだけど、孝浩ってあんまり話してなかったよね。向こうでも居るだけみたいな感じだし。光さんと利典さんは一生懸命人外を探してるって感じなのに、あの人はいつもより静かなのよ。で…佳代子と、留美。光さんに追随ばっかりだから、あてにならないしもしかして人外だから村っぽい人に合わせて自分も村だと思わせようとしてるのかなとか、思えて来てる。」
美奈は、少し驚いて貴子を見た。
「え?佳代子さんは友達じゃなかった?」
貴子は、美奈を見て苦笑した。
「友達だけど、ゲームではこうやって戦うの。誰が人外を引いてるか分からないからね。素直な考えを言っただけ。」
真理も、頷いた。
「私もそう。いつもゲームの時は言いくるめられて発言出来なくて吊られたりするから、リアルタイムでこうして人狼させてもらえたら、私達でも発言機会を与えてもらえて、いいなって思うわ。留美も、確かに怪しいと私は思う。」
美奈は、向こうのグループを見た。光を挟んで両側の、少し後ろ辺りに、佳代子と留美が居る。本当は光の横に行きたいようだったが、それは光が議論の方へと足を踏み出していて叶わないでいるようだ。
あれを見ていると、どうもその状態に不満であるようで、早く議論が終わらないかとイライラしているようにも見えた。
賢治が、それを見て頷いた。
「確かにな。でもあれほど呑気なのは、役職を引いてないからかもしれないぞ?まああいつらなら、ゲームより光か。」
健吾が、鬱陶しそうに頷いた。
「ああ。だからガチに人狼出来る奴らだけ集めようって言ったのによー。邪魔なだけじゃねぇか。」
美奈は、佳代子と留美を盗み見た。自分達は怪しまれていないと思っているのか、二人の関心はもっぱら光にあるようだ。対して自分は、こうして必死に弁解や騙りをしないと生き残れないような事態になっている。確かに自分は妖狐だが、それでも自分だって生き残って光と話がしたいのだ。光とは、長く話していない…どうして急にあんな風になってしまったのか、その理由を聞けてもいないのだ。光が自分から離れていった理由を、まだ自分は知らない。このまま、死ぬわけにはいかない。二度と戻って来れないかもしれない、賭けに命を懸ける気持ちになどなれない…。
美奈の心持ちが、スーッと何かに洗い流されるように冷えて行った。そうだ、妖狐の自分が生き残るためには、誰かを踏み台にして行くよりないのだ。美津子が、そうしようとしているように。佳代子が、美奈を怪しいと強く言ったように。
隣りから、敦が顔を曇らせた。
「美奈ちゃん?どうしたんだ、怖い?顔が険しいよ。」
美奈は、ハッとした。そうだ…こんなに心の中をコロコロ顔に出していたらいけないんだ。
「ごめんなさい…あの中に、人狼が最悪3匹、妖狐が2匹も居るんだと思うと、凄く長いゲームになりそうで…でも、怪しい人が分からないの。」
それには賢治が、真面目な顔で頷いた。
「みんな人狼ゲームには慣れているから。昨日は戸惑ってるだけだったけど、今日はスイッチが入ったのかみんな普通のゲームと同じようにうまく自分の役職を隠してやってる感じだ。しかも、いつもなら数分しかない議論時間が、食事やいろいろ挟んでかなり長いんだ。だから、うまく取り繕えるって感じかな。」
それには、健吾が口を挟んだ。
「いや、オレはそうは思わないぞ?いつものゲームの調子なら、僅か数分だけ取り繕ったら逃れられる人外が、長い時間皆の目に晒されることで段々ぼろが出て来るんじゃないかと思う。おとなしい真理と貴子には自分の意見を言えるいい環境かもしれないが、反対にこれが苦手なヤツだって居る可能性がある。オレは、焦らずじっと見せてもらうつもりだがな。」
美奈は、そう言われてみればそうだ、と思った。こうして時間が経過するに従って、自分は緊張感から解放されつつある。そして、落ち着いて回りを見ることが出来るようになって来て、自分の立場も理解して、霊能者騙りまでやってのけた。
もしこれが、数分の会議で決められることだったなら、さっきの議論の場で自分はとりあえず、といった感じで吊られてしまったかもしれない。あの時点では、他に怪しいと言われる人が、居なかったからだ。
場慣れしていなかった私は、霊能者騙りをすることも思い浮かばず、されるがままだっただろう。仮に霊能者だと言えたとしても、信じてもらえなかっただろう。それで残されたとしても、次の日から警戒心バリバリで見られて、霊能ローラーを推進されて結局吊られることになる…。
美奈は、美津子と利典を見た。さっきまでは威勢が良かった美津子が、利典に押され気味になって来ている。どうやら議論が長引いて来て、美津子の論理が通らなくなって来ているようだ。利典は、かなりしっかりした筋の通った考えがあるようで、それでぐいぐいと方向を変えて美津子を攻めていた。
私が同じことをされたら、恐らく何も言い返せない…。
美奈は、心の底からじんわりと湧き上がって来る恐怖に、しばらく何も言えずにいた。




