10
貴子は、おとなしそうな色白で栗色に髪を染めたお嬢様風の女子だった。
隣りに座る佳代子の強い視線を受けて少し怯んだような顔をしたが、それでもしっかりと顔を上げて言った。
「私も占い師に、狐が居ると思っています。皆さんが言うように、占い師が欠けているということを念頭に置いておいた方がいいと思います。だから占い師のことは、あまり信じていません。光さんが言うように、呪殺が出てから信じた方がいいと思っています。もちろん、黒を見つけてくれてそれを吊って霊能者が真占い師を確定してくれるのでもいいんですけど、霊能者だって欠けを意識しなきゃならないから、100パーセント信じられないですよね。」
賢治が、頷いた。
「霊能者は一人だしなあ。いつCOさせるかが問題だが、君はどう思う?」
貴子は、賢治を見て少し表情を緩めて答えた。
「私は、護衛のことを考えても明日でいいと思うんですけど。この中から霊能者を特定して噛むのって難しいと思いますし、きっと生き延びてくれると思いますから。」
賢治は、うんうんと頷きながらメモる。隣りの佳代子が、言った。
「じゃあ、私の番ね?」と、せっかちに賢治をせっつく。確かに佳代子は10番なので次なので、賢治が頷くと、佳代子はすぐに言った。「私は、利典さんの言うように、美奈さんを怪しいと思うんですよね。」
みんなが、スッと顔をしかめた。佳代子が、光を狙っているのは分かっていることなので、それで美奈をよく思っていないことは周知の事実なのだ。だが、佳代子はそんな空気も気にしていないように続けた。
「別に、嫉妬とかで言ってるんじゃないです。だって、別に光さんの彼女とかでないんだし。そうではなくて、昨日からの行動です。とにかく役職を配った時だって回りを見て、ビクビクしてました。私には美津子さんを見てたのか、誰を見てたのかはわかりませんでしたけど、いくら初心者でも不必要に回りを気にしているみたい。それを庇う敦はどうかな、と思ったんだけど、それはあからさま過ぎてあり得ないかな、とは思いました。敦は人狼強いし、人外だったらそんなに分かりやすいことしないと思うから、逆に違うかな、と私は思います。」
はっきりとした言い方だった。
皆が妙に納得したような顔で頷いているのにも、美奈は体が震えて来るのを感じていた。確実に、村が自分を疑っている。他の人達も、利典と佳代子の二人の確信に満ちた発言で、きっと洗脳されつつあるはず…。
どうしたらいいのか分からなかったが、美津子に助けを求めるわけにも行かなかった。今は、視線を向けることすら疑われるので、光のことを見ることも美奈には許されなかった。何より、自分は妖狐だという事実が、美奈の思考を停止させていた。嘘をつかなければならないが、自分は美津子のようにサラっと嘘をつくスキルがない。何を言っても、きっとぼろが出てしまう。そして更に疑われて、結局吊られるか、占い師に占われることになってしまう…。
隣りの敦も、気遣わしげに見てくれてはいたが、それでも何も言わなかった。何しろ、美奈に巻き込まれて敦まで疑うリストに入れられそうなのだ。滅多なことは言えないだろう。
賢治が、また唸った。
「もっともな言い分な気がするなあ。敦のことは、オレもそう思う。利典は怪しいと言ったが、人狼ゲームを知ってる敦がこんな目立つ庇い方はしないと思うから、万が一、人外同士だったとしても、恐らく別陣営じゃないかと思う。美奈ちゃんのことは、吊るほど怪しいかというとそうでもないと思うんだよね。どっちかというと、占う方がいいんじゃないかと思う。だって、たった一人の初心者なのに、それじゃあまりにも可哀そうだしね。初心者村人を吊ってる縄はないんだから、慣れてる奴らの中から人外を先に探した方がいいと思う。怪しいと思うなら、彼女は占うべきだ。」
それを聞いた利典が、片方の眉を上げて言った。
「共有の言うことは聞くつもりだし、オレも怪しいと言ってるだけで、絶対に人外だなんて言ってない。他があまりにも人外らしくないから、おどおどと目立つ美奈ちゃんはどうしても怪しまれる対象になるだろう。だが、確かに縄に余裕がない村なんだから、占うのが一番だな。慣れた奴らなんだから、他から人外を探す方がオレ達には都合がいいし。」
美奈は、苦しかった。もう諦めようかとも思った。占われても白が出るが、自分は溶けるだろう。そうすると呪殺がバレて、狐だと知られてしまう。美奈目線確実に偽物の美津子に占ってもらえない限り、安心出来ないのだが、自分が昨日迂闊にも美津子に視線をやったばっかりに、お互いに疑われてしまっているのでそれは出来ないのだ。自分で自分の首を絞めて、更に美津子まで危険に晒してしまっているのだ。
賢治は、美奈の気持ちを知ってか知らずか、話を進めた。
「じゃあ次は11の真理。」
真理が話し始める。
結局それからも同じような意見が続いたが、自分が生き残る希望が消えかかっている今、何も頭に入って来なかった。
結果、村の意見は最初に発言した光、そして落ち着いていて説得力のありそうな利典の意見に沿うような形に落ち着いた。
どうやら、このグループではこの二人の意見が通りやすい傾向にあるようだ。
確かに光は大変に頭が良く、大学もドイツ、フランス、イギリスと股に掛けて来たような秀才で、会社でも、上司ですら光には一目置いているのだと聞く。
そして言っていることは、間違ってはいなかった。
美奈目線では、占い師に狐が混じっていることは分かったが、村人には分からないはずなのに、それを言い当てているのだ。
もちろん狼目線からも分からないはずだった。
美奈は、光の優秀さに歯噛みしたい気持ちだった。
キッチンには、たくさんの食材があった。
大型冷蔵庫2台には、冷凍食品から生の野菜、肉やソーセージ、ハム、調味料もふんだんに揃えられてあった。
飲み物もペットボトル飲料から、ビールなどのアルコール飲料まで、幅広く冷えている。
遊びに来たのなら大喜びだっただろうが、今は皆、それを出して来ては思い思いに食事を黙々ととっていた。
佳代子が光に何か作るよ、と言っていたが、光はそれを断ってさっさと冷凍食品を食べていた。
美奈は、まったくお腹が空かなかったのだが、食べなければもたないよ、と敦に言われて、パンを齧った程度で昼の食事は終えた。
所々で、何人かが集まってたまに軽く議論している。
正直言って、美奈は逃げたかった。しかしここで逃げてしまっては、今夜吊られるにしろ占われるにしろ、明日は議論に加わることは出来ないだろう。なので、踏ん張って皆と一緒にリビングに居続けた。
それが功を奏したのか、真理や貴子が話を振ってくれるようになった。そして、こちらの意見をいくらか聞いてくれるようになったのだ。
この二人は、どっちかというとおとなしめの子達で、一緒に居る留美と佳代子がはっきりした強い性格なので、それに流されているといった感じのようだったが、生憎その二人は、光の側へ行くのに必死のようで、この二人はほったらかしになっていた。なので、美奈とも難なく交流出来たのだ。
それに、敦と健吾、賢治や薫と言った面々が加わって、こちらは穏やかにやっていた。そうしていると、段々に調子が出て来て、自分も頑張れるような気がして来ていた。このままでは、美津子にすら切られて殺されるだろう。それなら、自分も何とか生き残る術を考えないと。
「そうか、段々慣れて来たじゃないか、美奈ちゃん。」賢治が、微笑んで言った。「最初はカチコチだしどうなるのかと思ったけど、結構考えてると思うよ。考察進んで来た?」
美奈は、自分が考えていることをおくびにも出さずに頷いた。
「ええ。みんなと話せるようになって来ると、リラックスして回りが見えるようになって来たの。占い師だけど…みんなは、誰が狐だと思う?」
真理が、小首を傾げた。
「分からないなあ。だって、まだあんまり話してないもの。美奈さんはどう思うの?」
美奈は、わざと少し考えるふりをして、そして、小さな声で言った。
「私…美津子さんじゃないかと思う。」
賢治が、少し驚いた顔をした。敦も、片眉を上げる。
「…どうしてそう思う?」
こちらも、声を落としている。
美津子は、キッチンの方で光や利典、孝浩、学、そして留美と佳代子といったメンツで立ち話なのにかなり真剣に議論を交わしているようだった。こちらの声まで、届きそうにない。
美奈は、言った。
「私…知っての通り、昨日役職を見た後、どうしたらいいのか分からなくて美津子さんの方を見てしまったわ。でも、別に美津子さんが仲間っていうのではなくて、頼れるのが美津子さんだけだったからなの。女の人だし、年上だし。でも、あれからすごく睨まれたり、きつく当たられたりするの。自分に関心が向くのが嫌みたいな感じ。占い師なら、あの人の姉御っぽい気質なら、もっと任せておきなさい、って感じに自信満々になるのかと思うんだけど、なんだろう、さっき話しているのを聞いていても、言い訳に聞こえちゃって。ピリピリしてるっていうのかな…占い師で、あんな感じになると思う?」
それを聞いた真理と貴子は、顔を見合わせた。そして、貴子が答えた。
「確かにそう。あの人、村人の時はすっごく強いんだけど、ほんとに頼りになるのよ。でも、人狼とか狐だとまるでなんだ。だって雰囲気が変わるんだもん。言われてみたら、ピリピリしてるよね。」
薫が、落ちて来るサラサラの髪を邪魔そうに掻き上げて言った。
「ねえ、じゃあそうなのかな。オレは占い師だけど、相方が誰なのか全く分からないんだ。学だったらいいなって思ってたから、そうなら嬉しい。」
こちらも小声だ。賢治が、言った。
「意外だな。美奈ちゃんと美津子さんが繋がってるんじゃないかって向こうじゃ言われてて、」とチラとはた目を気にせずガンガン言い合っている向こうの面々を見てから、またこちらを見た。「ほら、美津子さんは関係ないって弁明してるところだ。まあいくら言ってもどうにもならないんだけどね、占わない限り。」
美奈は、そちらを見ずに、耳だけでその議論を聞いた。どうも、美津子はさっきから聞こえているのだが、美奈を怪しいと押しているようだ。そう言わないと、向こうでは美津子と美奈の繋がりを怪しまれているわけだから、美津子自身の身が危ないと思っているのだろう。
つまり、美津子は美奈を切るしかなく、現にそうしているのだ。
美奈も、美津子を切っておかないと、一緒にされたら恐らく自分は吊られてしまう…。
美奈は、意を決した。普通でないことをしないと、自分は生き残れないだろう。どうせ吊られるか占われるのなら、それを何とか先延ばしにすることを考えないと…。
「あのね」美奈は、更に声を落とした。「ここに居る人…信じてるんだ、私。みんな、こんな私の話を聞いてくれるもの。だから、言うよ。私、霊能者なの。」
そこに居る6人は、一瞬息を止めた。