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獣は密かにヒトを喰む  作者:
美奈
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幼馴染

前原美奈(まえはらみな)は、居酒屋の座敷に座って、盛り上がる大人数の仲間達をチラと見た。

隣りに座る、幼馴染の槌田光(つちだひかる)は相変わらずの男子にはあるまじきサラサラの髪を時々にかき上げながら、話に楽し気に乗っている。

美奈は、ため息をついた。

こんな場所に来ることになったのも、全て光に誘われて、慣れないゲームの集まりに参加してしまったから…。

本来、あまりこういう騒がしいことを好まない美奈は、チビチビと手元のカクテルを飲みながら、思い返していた。


光は、同じ会社で働く若手の中でも出世頭の快活な男だ。

小さな頃からまるで女の子のように綺麗な顔で、おまけにサラサラの髪質なので、それはそれは周りの女子達や、大人女子達に可愛がられて育った。

光は、なので自分がそういうキャラなのだと自分で知っていた。

小さい頃からその可愛さを全面に押し出して、何でも思うように通してしまう。そんな光に感心しながらも、嫌いだと思ったことは一度もなかった。実家が隣同士なのも手伝って、高校までは同じ学校へと通っていたが、光はとても、美奈には親切だったからだ。

そんな光が、ある高校三年生の夏休み、とてもお金が稼げるバイトがあるんだーっと喜んでいた。自分も行きたいと言ったが、もう定員オーバーらしく、断られてしまい、光は一人、他の学校の仲間何人かと一緒に、出掛けて行ってしまった。

一週間ほどで帰るはずで、実際他のメンバーは帰って来たにも関わらず、光は帰って来なかった。光の母親に聞くと、優秀だからもうしばらく働いて欲しい、報酬は弾むと言われたのだと連絡があったのだという。

美奈は、初めてそこで、寂しいと思った。いつもそばにいた光が急に長く出掛けてしまって声も聞けないことが、とても寂しく感じた。

携帯電話の電波も届かない場所での仕事らしく、SNSにも反応はない。

仕方がないので花火大会には女友達ばかりで行き、海で遊ぶこともなく、美奈は毎日を過ごしていた。


そんなこんなで夏休みも終わりを迎えようとしていた頃、光が、突然に帰って来た。

隣りの家の、光の部屋の電気がついているのでそれを知った美奈は、大急ぎで槌田家のインターフォンのボタンを押した。

「おばさん?光、帰って来ましたか?」

インターフォンの向こうからは、光の母親の困惑したような声がした。

『それがねえ…ちょっと待ってね。』

何事だろうと美奈がドキドキしていると、すぐに光の母親が玄関から顔を出した。

「美奈ちゃん、いつも光の心配してくれてありがとうね。あの、今日の朝ひょっこり帰って来たのよ。」

美奈は、ホッとして微笑みながら言った。

「良かった。じゃあ話が出来ますか?あの、携帯にも応答がなくて。」

光の母親は、チラと二階の窓を見上げてから、美奈を見た。

「でも…ちょっとね、光、すっかり変わっちゃって。変になったんじゃないわよ?一瞬、自分の子だと分からなかったぐらい。大人びたっていうか…顔つきが違っちゃって。」

美奈は、口を手で押さえた。

「え…?光、どんなアルバイトしてたんですか?」

光の母親は、首を振った。

「他の子と変わらないって言ってたわ。離島の御屋敷でセレブの大型のペットの世話。ペットが光になつくから、他の子より簡単に世話が出来たのに、破格のバイト料だからラッキーだったって。話したら普通なのよ。だから、仕事のせいではないと思うんだけど…。」と、また窓を見上げた。「働くってことが、どういうことだか分かったのかもしれないわね。お金を稼いだのも初めてだったんだし…でも、子供っぽかったのに急にああなったから、少し親として寂しくてね。」

美奈は、焦った。そんなに変わってしまったのだとしても、早く光に会わないと。

「おばさん、光を呼んでもらえませんか?私も、どんなに変わったのか確かめてみたいです。」

それでも、光の母親は顔をしかめて渋るような仕草をした。

「でも…あの子、宿題がどうのと言って。夕方からは声を掛けるなと言うの。明後日から学校だから、それまでにやってしまうからって。一度お風呂に入るように声をかけたんだけど、中から怒鳴られちゃって。だから、明日になってからまた声をかけてくれない?今夜は無理よ。」

美奈は、食い下がったが、光の母親が首を縦に振ることはなかった。

仕方なく家に帰り、それから何度も電話やメールを送ってみたが、全く、何の反応もなく、美奈はジリジリしながら次の日の朝を待って、また槌田家を訪ねる事になってしまったのだった。


次の日、出て来た光の顔を見て美奈は絶句した…まるで、10年も会っていなかったかのように、すっかり大人びた顔つきに変貌してしまっていたからだ。

しかも、光は相当に美男子だった。可愛らしい光が、いい男、と言われるのがぴったりな顔になってしまっていたのだ。

「ひ…光?どうしたの?びっくりした…。」

美奈がドキマギして言うと、光は不機嫌に答えた。

「あのさ美奈、オレ宿題があるんだよ。昨日の夜だってしつこいくらい連絡して来て。そういうの、迷惑なんだけど。」

美奈は、確かにしつこかったかも、と思いながらも、言い訳がましく言った。

「だって、なんの連絡もないから。心配したよ?他の人は帰って来てるし、楽しかったとか言ってたけど、怪我してる人も居たし。」

光は、それにも面倒そうに答えた。

「ちょっとペットに噛まれたぐらいだし治ってただろう?オレはそんなヘマしないからね。しっかり稼がせてもらって来た。美奈もさ、ちょっとオレから離れた方がいいよ。隣だし親は友達だしオレを頼るのは分かるけど、オレ達付き合っても何でもないんだからさ。ちゃんと将来考えて進路決めなよ?オレと同じ大学の同じ学部受けるとか母さんに聞いたけど、正直退くからさ。数学理科苦手なのに理系は無理だろう?」

美奈は、ショックを受けた。夏前に、進路を出せと言われて、光が理系だから自分もそうしようと思って合わせたのは事実たからだ。苦手科目は、今まで通り光に教えてもらおうと…。

「そんな…でも…」

美奈が言いよどんでいると、光はサッサと踵を返した。

「じゃあね。オレ、勉強があるから。急に行きたい大学が出来たんだ。それじゃ。」

光は、家に入ってドアを閉じた。

美奈は、何が起こっているのか分からなかった。


それから、光は一緒に登校もしてくれなくなった。

光のあまりの変貌ぶりに周囲のみんなは驚いていたが、それでもまた違った方面の女子からかなりモテて、光の回りにはいつも女子達が囲んでいるような感じになった。

それでも、美奈はなんとか光と話をしようとするのだが、光の方は、美奈には全く興味もなくなったようで、視線を向けることもなかった。

そうなってから初めて、自分が光を好きだったことに気付いた美奈だったが、そんな状態なので告白など出来るはずもなく、大学は自分の能力に見合った学部のある、女子大へと進んだ。

光は、周囲の女子達に惜しまれながら、ヨーロッパの方の大学へと進学して、それから光と会うことは全くなくなっていた。


4年が過ぎ、美奈はそれなりの成績を収めていたのも幸いして、ある上場企業の秘書見習いとして就職した。

先輩たちに叱咤激励されながら必死にこなしていたある日、自分の担当の上司の所へスケジュールの確認に入って行くと、そこには、見慣れないスーツ姿の後ろ姿があった。

来客を知らなかった美奈は驚いてそこを出ようとしたが、その後ろ姿の男が、振り返った。

「…美奈?」

美奈は、驚いて相手を見上げた…それは、ここ5年ほど見ていなかった、光だったのだ。

「なんだ、前原くんは槌田くんと知り合いか?」

訊ねる上司に、美奈が突然のことで口をパクパクさせていると、光が答えた。

「幼馴染なんですよ。そうか、君はここに就職していたのか。意外だな。」

美奈は、やっとのことで声を出した。

「ええ…!あの、どうして、光がここに居るの?」

それには、上司が答えた。

「やっとのことで来てもらったんだよ。うちの開発に入ってもらえないかって、何度もオファーして、やっとだ。まあドイツでもまだ大学院に居るようで、あと一年は時々戻って来るぐらいなんだが、それでも給料は出すから見てやって欲しいと頼んでね。それなら君からも頼んでもらえば良かったな。もっと早く来てもらえたかもしれないのに。」

そう言って、光を眩しそうに見る。光は、フッと笑って美奈を見た。

「一応君の後輩だね。よろしく頼むよ、帰国はまだ先だけどね。」

美奈は、ただただ頷いた。光…光は、同じ会社に来るんだ!

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