彼女のやり方、彼女の生き方。
『1人生きているだけ。
1人だけで生きている。』
彼女の考え方、生き方、そのすべてが好きでした。
昔、
テレビを見て歌番組なんかを聞いて
よく思っていた。
どうしてテレビではこんなくっだらない
恋や愛の歌ばっかり流してるんだろう?
世界にはもっと大きな
考えなければならない物事、事柄が
あるんじゃないのか?
当時若造だった私でさえわかる位
世界はおかしかったのだから。
恋も愛もしたことがなかった、
のっぺらぼうで
シワひとつない心を抱えていた頃。
翼はなぜかその辺をわきまえていて、
テレビの歌番組で
好きなタレントを見つけていたみたい。
学校でもアイドル歌手の下敷き持って来て
友だちとキャッキャッいって騒いでいた。
私は斜めから彼女らを見ながら
どこがいいの、そんなくっだらないの!
とか翼にだけ聞こえるように毒吐いていた。
ほんとに正しかったのは、
翼。
翼はその時おそらく既に好きな人がいたんだと思う。
生きていくのに、恋のない人生なんて。
恋のない人生なんて、
生きていないのと同じことだと
翼が冗談交じりに
高らかに歌いあげていたのを思い出す、
美しい姿を思い出す。
翼は頭の良い子で
勉強をがんばる性格の強さも兼ね備えていて
あの有名国立大学を首席で卒業し、
いわゆる高収入を約束されたホワイト企業に入り、
そこでエリートを絵に描いた男の人と結婚した。
私よりは幸せに暮らしてるんだろうなぁ、
と思っていたが。
その夜、家出してやって来て、
一緒に旅にでないかと誘われた時は驚いた。
私にも旦那がいたから。
けれど2人で酔っ払って
お互いの旦那の悪口言いまくって
ぐでんぐでんになるまで酔っ払って
ほとんど眠りかけの白む朝を迎えた頃、
翼はもう一度、こんどは消え入りそうな声で、
旅にでませんか?
と私を誘ったのだ。
充分計画を練らなくてはならない、
と応えた私をぶん殴るように笑い飛ばし、
いま行けないヤツは、
永遠にどこへも行けないんだよ、バッカだね〜。
そして、私の肩をバンバンと痛いくらい強く叩き
まぁ、あんたは、壊れそうなしあわせを
壊されないように生きて行きな、頑張ってね。
それも、容易いことじゃあ、ないから、ね?
ソファーに横たわってあっという間に、
寝息を立てて、眠ってしまった。
いつも、そうだ、
じぶんかってな、騒々しいつばさ……
私が二日酔いの頭を抱え、起き抜けに
翼を探し回っても、
彼女はどこにもいなかった。
リビングのテーブルの上に一枚チラシが
昨夜飲んだ空のグラスで押さえられていた。
チラシの裏の空いたところに、
水滴で濡れて滲んだ文字で、
ゴメン。
またね?
こんどは、一緒に、映画でもみよう。
前に観たヤツだけど。
『愛の逆立ち』
また、すみれ子は、泣くんだ。
あたしは、それを、慰めるんだ、ね?
なーにをッ!
私は、
そのチラシをグッチャグッチャに丸めて、
ゴミ箱に叩き込んだ。
いっつもそう、じぶんかってで、
自己本位で、いい加減で、馬鹿馬鹿しくて、
付き合っていられない。
いっつもそうじゃないッ!
私は大きな声でほとんど泣きながら毒づく。
彼女が、逆立ちしても手に入れることができない
ささやかなしあわせな一日を、
これから永遠に過ごして行かなければならない、
平凡な人生を、思って。
それは、ありがたいしあわせなのだが、
おそらくは、今朝早くに旅立った翼と、
もう二度と会えないだろうという
根拠はないが、ほとんど予言されている
未来を想い、
リビングに突っ立ったまま、
小学生の頃でさえやった事がなかったが、
まるで小学生のように、
エーン、エーン、と、
声をあげて泣き《真似》していた。
声にならない切ない叫びを、
胸の奥深くに隠し込んで。