転生ドラゴンがぐだぐだするだけの話(または序章)
『はー、人間になりたいでござるー』
今日も今日とて惰眠を貪り、私はぼやく。
私はドラゴン。そう、あのドラゴンだ。身体全てが超高級素材、悠々と空を翔ける食物連鎖の頂点。
その中でも私はかなりの美ドラだと評判だ。霊薬の材料になるらしい角は大小二対で青っぽい水晶のよう、幅広い装備に使えるという鱗はつるつるすべすべの穢れなき純白。大規模な術の触媒になる目玉なんて最高級の金色だし、身体が大きいからあらゆる用途に使える骨も大量に取れる。人間から見て宝の山な我が身体だけど、ドラゴンから見ても美しいというのは何の皮肉なんだろう。
そう、人間。人間ね。
私としては前世の種族である人間を推したいところだが、残念ながらこの世界では人間って個体差が激しくて、総合すると中の下くらいになる。ただ、甘く見ていると痛い目に遭うのが人間だ。強い人間は剣一本でそこそこの強さのドラゴンを狩ってしまったりするから侮れない。
……前世では人間って化学兵器の力で世界に君臨していて、個体の力はそんなでもなかった印象があるけど、今世で出会うのは私をして化け物と言わしめるようなのばかりだ。ひょっとして人間とは名ばかりの別種族なんじゃなかろうか。
とかつらつらと人間について考察しているのは、目の前の状況が心底かったるいからだ。
「こんな高級素材の山みたいなドラゴン見た事がない……!みんな!本気で行くぞ!」
戦士風の人間の男が目をギラギラさせて息巻くと、その仲間もやる気満々で「応!」と応えた。
『嘗めるな!貴様ら程度に狩られると思うてか!』
私は割とノリノリでセリフを吐きつつ(こうでもしないとテンションが底辺を這ってしまう)、予備動作無しで、レーザーとも炎ともつかない謎の白い光を彼らに浴びせた。
瞬く間に蒸発するハンター達。
跡形も無くなったのを確認し、私は満足して頷いた。
え?人殺しは悪い事?罪悪感は無いのか?
まあ、私ってばドラゴンだし?人の法に当てはめようっていう方がおかしいっていうか?
そりゃあね、昔は話し合おうともしたけど、話し合いに応じたのなんてごく一握りで、大抵目の色を変えて襲いかかってくるから、最近は問答無用。
そもそも素材目当てじゃない変わり者は攻撃してこないしね。
『人間になりたいな〜』
「またそんな事言ってる」
私の巣穴である洞窟の中で、1人だと思ってぼやいたら返事が返ってきた。
『あれ、いたの?』
「今来たの」
ドラゴンになってから、いまいち他種族の見分けがつけられなくなったけど、目の前にいる彼女は辛うじて判る。因みに親兄弟と一緒にいられたら見分ける自信は無い。
定期的に私の元へやって来て、襲いかかるでもない変わり者。
エルフの……名前何だっけ。まあどうでもいいか。
「何でそんなに人間になりたいの?」
『何でって……えーっと何でだっけなぁ』
「相変わらずぼやぼやしてるわね。ドラゴンだと思えないくらい」
本当は覚えている。
理由なんて無い。ただ、昔からの口癖のようなものなだけだ。
人間だった前世の私の残り滓みたいなもの。本気で人間になりたいわけじゃない。
「おーい白ドラゴン、遊びに来たぞ」
数少ない、いや、ほぼいない私の人間の知り合いが姿を見せた。
『おや、勇者君じゃない』
「お、何年ぶりだ?何回足を運んでも寝てるんだもんな」
勇者君は私の知り合いの中では新参の方で、知り合ってまだ10年程だ。
国からの命令で邪竜退治と銘打って私を倒しに来たけど、こんなに美しい邪竜がいるかと言って、勝手に中止した変わり者その2。
「あれ、先客がいたみたいだな。……エルフ?珍しい」
「そういう貴方は勇者なんですって?」
私の知り合い同士が鉢合わせる事は、滅多に無い。
ちょっと険悪に見える空気に、すわ殺し合いか、とドキドキしながら見守っていたら、和やかに握手なんかを始めている。
ちょっと肩透かしだ。
『勇者君は何しに来たの?』
「遊びに?」
『フーン』
私はのしのしと寝床に向かい、身体を丸めて寝そべった。
「落ちてる鱗、拾ってもいいか?」
『お好きにどうぞー』
眠たくなってきたので、私はうとうとと微睡み始める。人間の身体でもドラゴンの身体でも、この時間は至福だ。
「……寝たな」
「……寝たわね」
賢者と呼ばれるエルフと、勇者と呼ばれる人間は、目を閉じて寝息を立てる美しいドラゴンに視線をやり、そっと洞窟を出た。
「6年ぶりに起きている姿を見たが、またでかくなってたな」
「わたしは20年ぶりくらいかしら。あんなに大きいドラゴンは初めて見たから驚いたわ」
ドラゴンという生き物は、良質な睡眠によって成長する。
しかし、寝始めて1年程で漸く成長出来るレベルの睡眠の質になるのにも関わらず、1年も眠っていては人間に容易に狩られてしまう。
故に、あのドラゴンのような巨大なドラゴンは滅多に見かけられなくなってしまった。
「わたしもよくここに来るけど、起きてるのなんて10回に1回くらいよ」
しかしエルフも勇者も知っている。
あのドラゴンは、自らを害する者が現れた時に眠っている程呑気では無い。
しかし自分達の前では当たり前のように眠りこけている。それが信頼の証のような気がして、その信頼を裏切る気になど到底なれない。
「……それにしても、ここって金になるドラゴンが棲み着いてるって有名なのに、なんであいつはあんなにでかいんだ?成長する程ずっと寝てられないだろうに」
「不思議よねぇ」
エルフも勇者も知らない。
ここ数百年通っているエルフを始めとして、ドラゴンには変わり者で高名な知り合いが多い。そして最近10年は勇者がドラゴンの棲家に通っているのがとどめとなって、無謀な者以外はほぼ敵が来なくなっている事を。彼らを敵に回してもなおドラゴンの素材を欲する者しか訪れなくなっている事を。
逆に言えば、錚々たる面子を前にしてもドラゴンの棲家を襲う者がいるのは、それだけドラゴンの素材が魅力的だからに他ならない。
最も、ドラゴン本竜からしたら全く嬉しくない事だろうが。