第7話 王都エルバドール
さて、王都エルバドールの北門の前に到着したのは、夕方であった。
門の前は行列が出来ており、荷台を引いた商人やら、退治した魔物の首をロープで引きずっている冒険者で溢れかえっていた。
数人の兵士が、通行証を確認したり、積荷を確認したりしている。
(これを抜けるには1時間位かかりそうだぞ。面倒だな。サクッと抜けてしまうか)
俺は自分に認識阻害の魔法をかけ、何事もなかったかのように、門を通過する。
案の定、誰に呼び止めれることもなく、街の中に入ることに成功した。
(とりあえず、今日の宿を探そう)
さすがに王都というだけあって、広い。
地上に降りる前に、上空から見下ろしてみたが、中央に大きな王城があり、高い塀で囲まれている。
この塀の外周に、貴族や有力商人の屋敷であろう、豪華な建物が建っており、さらにその外周に、一般市民が住んでいるであろう、小さな建物が密集するように建っていた。
城壁の外側にも、人が住んでいるようで、みすぼらしい建物がポツポツと建っている。
より身分の低いものが住んでいるのであろう。
都市人口は1-2万人というところであろうか。
それでも、むやみに歩き回って宿を探すのは、大変であろう。
あたりを見回したところ、先ほど見かけた、魔物討伐を済ませ、その首をロープで引きずっている冒険者の一行の姿が目に入った。
(あれについていけば、冒険者ギルドか、宿にいけるんじゃね?)
そう考え、そっと後をつける。
男性四人組のパーティで、片手剣と盾持ちが二人、弓持ちが一人、大杖で軽装なのが一人。
ロープで引っ張っているのは、猪のような牙を持った頭が3つ。
(イグニ、あの魔物の種類はわかるか?)
(あれは豚鬼族じゃ。弱いぞ)
手厳しい‥。
冒険者達はそのまま中心部に近いところまで進み、一軒の大きな建物に入っていった。
看板には飛竜を模した紋章が描かれており、何やら文字が書かれている。
ドイツ語に近い感じなのか?
意味はわからないが、全く読めない感じでもないという微妙なところであったが、イグニ先生が読めたことで、ここが冒険者ギルドであることがわかり、あっさりと一つ目的を達成できたのであった。
中に入ると、20畳はあろうかというスペースに、木製のテーブルと椅子が並んでおり、右奥のほうにカウンターと厨房があり、酒や料理を提供しているようであった。
テーブルには、色々な人種が‥それこそ、人間だけでなく、亜人と呼ばれる者達もいるようだった。
話し声が聞こえてくる。
どうやら、やはりドイツ語のような発音で話をしているようであるが、同時通訳で、日本語の音声が聞こえる。
(英語だったら、多少わかるけどな‥‥嘘ですゴメンなさい)
相手の精神に直接働きかけ、会話を読み取っているらしい。イグニが念話の魔法をかけてくれていたとのことであった。
相互伝達可能で、こちらの話している言葉も自動翻訳されて、直接相手に伝わるようだ。
違和感を感じないようになってるから大丈夫とのこと。本当に優秀である。
まずはカウンターに行き、料理と酒を頼んだ。
豚肉を薄く切ったものを炭火で炙った皿と、肉と野菜を煮込んだスープ、木製のジョッキに入った葡萄酒である。
これで銀貨2枚であった。銀貨はデナリウスと呼ぶらしい。ちなみに、銀貨12枚、12デナリウスで金貨1枚と等価とのこと。金貨はソリドゥスと呼ばれていた。
手持ちの銀貨はそのまま使えたようで、両替する必要もなかったので、ラッキーだった。
「この辺りじゃ見ない顔だな。地方出身者か?」
銀貨を受け取りながら、カウンターの中にいる親父が聞いた。顔が怖くて、ドスの効いた声である。
「ああ、アーヘンの出身だ」
山脈沿いの地方の名前を口にする。もちろん出まかせだが‥。
「狩猟生活では暮らしていくのがやっとだからな。冒険者になってやっていこうと、山を降りてきた」
「ふん、そんな甘いもんじゃないがな‥。向かいのカウンターで冒険者ギルドへの登録ができる。登録料は1金貨だ。せいぜい魔物のエサにならないよう命を大事にすることだ」
「ありがとう」
礼を言って、料理と酒を手に、壁沿いの席に着く。食事は必要ではないが、取ることができないわけではない。
こちらの世界に来て、始めての食事であった。
まずは葡萄酒を飲む。
(薄っす‥)
ワインを水で薄めたような薄い味で、少し酸味がある。さらに常温でぬるい。
今のミライに知るよしもないが、普通のワインは王侯、貴族や、金持ちの商人のみ飲むことができるもので、一般市民が飲んでいるのは、ワインの絞りかすを水で薄めたものが一般的であった。
山脈の北側では、麦酒がよく飲まれているようである。ビールの原形となる、黒いお酒であったが、こちらの地方にはほとんど入ってきていなかった。
料理のほうは、塩味のみのスープと、炙っただけの豚肉であったが、まぁまぁ食べれた。
現代の食生活がどれほど充実していたか、あらためて思い出される。
そのような感想を抱きながら、酒場の様子を眺めていた。
7割方は人間のパーティーだった。
ほとんどは男性であったが、女性の姿も数名あった。皮をなめした軽装の鎧を身に纏っている金髪の女性や、刺繍の施された薄手の服を着て、赤い布製のアームカバーを着けている赤毛の女性、あとは胸の辺りと肩、腕に板金を曲げて加工し、皮のバンドで固定した、動きと防御力のバランスを取っていると思える板金鎧を装着した茶髪の女性などが目に止まった。
残りは亜人と呼ばれる者達で、イグニに解説してもらいながら見ていたのであるが、まず長い髭を生やした100cm位の身長でズングリむっくりとした体型の者達がいた。彼らはドワーフというらしい。テンプレどおり、戦闘もできるが、本来は手先が器用で、職人として貴重な存在らしい。
その隣には、ドワーフと同じような身長だが、足だけが極端に大きく、顔は童顔の種族がいた。
彼らはハーフリングと呼ばれるらしい。ホビットかと思ったが、こちらの世界ではそう呼ばないそうだ。すばしっこくて、好奇心旺盛で、冒険者として世界中を旅をして回るものが多いらしい。
さらに、コボルトという種族もいた。
身長150cm位で、見た目は少し背の低い人間そっくりだが、頭から狼の耳が生えている。
半人半狼のような種族らしい。見た目の通り、嗅覚に優れ、夜目も効くので、パーティにいると意外と重宝するのだとか。
ただ決して戦闘力は高くないので、荷物持ちとか、やや雑な扱われ方をするらしい。
俺の知っているコボルトとは少し違うが、やられキャラなのは一緒みたいであった。
他にもこの中にはいなかったが、エルフという種族もこの世界に存在し、長身で美形、知能も高く、プライドも高いということ。
弓や魔法が得意だそうだ。
こちらはイメージ通りである。
あちらこちらのテーブルでは、腕っぷしの強そうな男達が、酒を片手に、カードや、腕相撲で盛り上がっている。
夕食を済ませて、先ほど教えてもらったとおり、向かいにある冒険者ギルドの受付に足を向けた。
カウンターには、鳩胸の中年の女性が座っていた。子供が5-6人いても不思議でない雰囲気のあるお母さんという印象である。
「冒険者になりたいと思い、山から降りてきた。ギルドに加入したい」
そう言うと、受付の女性に、名前と出身地を聞かれた。
「ミライと言う。アーヘン出身だ」
「へぇ〜、変わった名前だねぇ」と言いながら、記帳したようだ。
「登録料は1金貨になるよ」
と言われたので、金貨を一枚差し出す。
それを受け取ると、後ろにある引き出しから、銅色のドッグタグのようなネックレスを渡された。
そこにはギルドの看板にあった飛竜の紋章が打ちつけられており、冒険者ギルドの一員であることを証明する身分証のようなものだと教えてくれた。
ギルドに所属することにより、国や都市をまたいで移動することができ、各都市のギルド依頼を受け、報酬を受けることができる。
冒険者ギルド飛竜は、ルクセレ王国、キルシュ公国、カールスタッド王国、リスボア王国で活動しているらしい。
他にも冒険者ギルドはいくつか存在しているが、最も大きな組織とのことであった。
仕事は、カウンター横にある掲示板に張り出され、気に入ったものをカウンターに持っていき、依頼を受けるそうである。
魔物退治や、商人の護衛などが主な依頼内容のようだ。
魔物退治は、討伐した証明として、首や角、牙などを持ち帰ることが必要となっている。
依頼を達成できた場合、報酬が支払われる。
依頼内容によっては、稀に支度金として前金が支払われることもあるらしい。
また、依頼内容はギルドによりランク分けされ、
Cランクの依頼は誰でも受けれるが、Bランクの依頼はシルバーの冒険者のみ、Aランクの依頼はゴールドの冒険者のみ受けれるらしい。
その上のSランクという依頼もあるようだが、ゴールドの冒険者の中でも、特にギルドに認められたものしか受けれないようだ。
これは自分の実力をわかっていない馬鹿が、難しい依頼を受けて、簡単に命を落とさないよう、ギルド側で設けた安全マージンの為のルールとのことだった。実際、たまにいるそうだ。
ちなみに俺は一番下のカッパーなので、Cランクの依頼しか受けられない。
ただし、ゴールドやシルバーの冒険者のパーティにサポートメンバーとして入ることで、より上のランクの依頼を受けることができるそうだ。
「お兄さんは、パーティメンバーに当てはあるのかい?」
と聞かれたので、
「いや、ない」
と答えると、
「一人で冒険に出るのは、やめておきな。命がいくらあっても足りゃしない。チョット待ってなさい」
そういうと、テーブルで談笑している一組の冒険者の集団のところに行って、彼らを連れてきた。
先ほど目に止まった、刺繍の施された薄手の服を着た赤毛の女性のいたパーティだった。
男性が3人と女性が1人。
リーダーの男性はホルガーという名前だった。
30歳前後。ガッチリした体型で、優しそうな顔をしている。
盾持ちの片手剣使いの戦士。
サブリーダーはヴォルフラム。大柄で190cm位の身長がある。歳はホルガーと同じ位。戦斧使いの戦士。
細身の男性は、ディルク。25歳前後。弓使いだそうだ。罠を仕掛けたり、解除したりもできる、パーティの貴重な人材とのこと。
最後に赤毛の女性はテクラ。魔法使いだそうだ。
回復魔法や、火の属性魔法を少し扱えるらしい。
こちらも25歳前後。少し気が強そうな印象を受けたが、そこそこ美人だった。
そして全員がシルバーの冒険者とのことだった。
お互いに挨拶を済ませたあと、リーダーのホルガーが、
「3ヶ月ほど前から、剣の使える仲間を1人探していた。上手くハマるかは分からないが、試用期間として、一緒に仕事するのは構わない」
「試用期間の間は、報酬を9分割して、お前に1/9渡す。残りは俺たちで2/9づつ受け取る。それで文句なければだが‥」
とのことだった。役に立つかどうかわからない人間に、同等に分け前を渡すほどお人好しではないということであろう。
しかもこちらはまだカッパーの冒険者。相手からすれば格下なのだ。当然の要求のように思えた。
「わかった。その契約で構わない。よろしく頼む」
しばらくの間、無難な世間話をし、握手をして別れた。
次の仕事は魔物退治。西側に2日ほど歩いた村からの依頼で、森の中にすみ、村の家畜を襲うという小鬼族退治して欲しいという内容だった。
明後日の朝に出発するということで、明日は必要なものや食料の準備をしておくようにとのことであった。
冒険者ギルドは宿も併設されており、付近の安宿よりはやや高いが、設備もまぁまぁとのことで、そのままギルドの宿に泊まることにした。
ちなみに一泊5銀貨であった。
眠る必要は無いのだけれど‥。