第69話 昆虫退治 (4)
上空から見ると、黒い霧が森を覆い出していた。
ケスカリカの地を覆い尽くしていた黒い霧と同質のものである。
「あれか?」
ミライが目を凝らした先に、1mほどの幅で長さ3mほどの地割れが見え、そこから黒い霧が溢れ出しているようであった。
それと共に、異形のものが現れ出している。
スライムのように形を変えながらヌラヌラと穴から這い出てくる影、蝙蝠の羽を持つ蠅のような蟲、無数のムカデやゴキブリのような黒い蟲などが次々と湧き出てきている。大きさは数cmから数十cmである。普通の昆虫と同等か少し大きい程度だ。だがその気持ち悪さというか、生理的に受け付けさせないおぞましさを備えていた。
「あれはないわー、ちょっと無理かも‥」
背中にゾクゾクっとしたものが走る。
「イグニ、あれは何だ?」
(魔蟲と呼ばれる魔界の蟲じゃろうな。どういうことか分からんが、あの地割れが魔界と繋がっているということじゃろうな)
「魔界‥? 悪魔が住んでいるというあれか? そんなのが本当に存在しているのか?」
(そうじゃ、実在しておる。大昔、天使と竜が悪魔を魔界に追いやって封印した)
「封印が解けかけているということか?」
(いや、封印に何らかの原因でほころびができたと考えるのが妥当じゃろうな)
「マジかよ‥イグニ、お前は封印することができるのか?」
(無理じゃ。魔界を抑え込む規模の封印は古代竜か4大天使しか使えない。しかし、封印は自動でほころびを修復するはずじゃ。それまでにこの世界に出てきてしまった魔蟲は早く何とかしないと世界中に散らばってしまう。封印は無理じゃが、一時的に障壁を張り外に逃げ出さないように閉じ込めておく位のことはできる。その間に中の魔蟲を退治するぞ)
「わかった、頼む」
ミライが答えると、地割れを中心に直径1kmほどのドーム状の半透明の障壁が現れた。
その障壁を越えようとした飛行している魔蟲がガラスに衝突したように弾かれて落下する。
それは知恵や恐怖心など無いようで、街灯にぶつかり落下するカブトムシのように、次から次へと障壁に向かって飛びかかっては弾かれて落下していく。
「破られることはないだろうな‥?」
その様子を見ながら、少し不安になる。
ドームの中はすでに1/3程度が黒い蟲達によって埋め尽くされていた。
(あの魔蟲程度であればどれだけ集まっても破られることはないが、もっと大きい魔獣が出てきた場合はわからんな)
とイグニが返す。
「じゃあ、早いところ魔蟲を退治しなければな‥あの障壁を越えて魔法を放つことはできるのか?」
(あの障壁は負の霊子を外に逃さないようにしているに過ぎない。中立あるいは正の霊子は通過させることができるから、魔法は発動する)
「了解。じゃ、一丁ぶっ放すぞ」
「霊子力増強」
「雷属性増強」
「風属性増強」
「魔法威力増強」
「暴風神の剣!!!」」
魔法陣が重ねされ、その中心に小さな野球のボール位の大きさの青白く光る玉が現れる。
その霊子が超超超高密度で込められている小さい光球の中が、まるで爆弾が爆撃機から投下されるように、障壁の中に吸い込まれていく。
光球が薄い膜を突き抜けるように少しだけ抵抗を受け、移動速度が落ちたが、スポンと抜けるように障壁の中に入る。
光り輝く急に向かい、黒い蟲達が向かっていくが、半径1m以内に近づいた個体から言葉通り消滅していく。
光球はドームの中心に位置する地面に落ち、爆発した。
爆発‥という言葉が適切なのかはわからないが、それは一瞬ピカッと大きく光り輝き、超超超高密度に収縮した大きなエネルギーが一瞬にして弾けるように解き放たれた。
そのエネルギーは衝撃波に変化し、音が伝わるほどの速度で広がっていく。
そして、その衝撃波に触れた魔蟲はその存在を消滅させていき、直径1kmの障壁に触れたところで止まった。
衝撃波によって魔蟲だけでなく、草木、動物、昆虫そういった存在はすべての存在は消滅した。
合わせて地面も大きくえぐれ、丁度直径1kmの球体の半分が地面に埋まったように大きなクレーター状になる。
未だ割れ目から溢れ出す魔蟲の姿があったが、衝撃波の後に発生した雷と真空の刃を伴った大暴風により、現れた先から消滅していく。
あと数時間はこの状態が続くであろう。他に逃がした魔蟲もいなさそうである。ひとまず片付いたと言えるだろう。
その様子を見ていると、グスタフと呼びかけに応じて駆けつけてくれたリヴァイアサンが現れた。
「これは一体どうなっている?」
目の前の光景を凝視ししながら、リヴァイアサンが訊く。
「どうやら魔界の結界にほころびが現れたらしい。そこから魔蟲が溢れ出てきたようだ」
「あれが、そのほころびか?」
指差したその先には、魔法によって、地面の割れ目が全て消え去ってしまい、空中に現れた、ナイフで切り開いた傷口のように、ぽっかりと黒い割れ目が浮かび上がっている。
そこからは未だ黒い霧と、魔蟲が次から次へと溢れてきては、その存在が消えていく。
「そのようだ。今のところ、魔蟲以外の悪魔や魔獣は出てきていない。これが一時的なものであれば良いのだが、結界が破れかけている兆候だったりすると嫌だな」
「戦争が起き、どちらが勝ったにせよ、この世界はほぼ滅びることになるだろうな」
「ああ」
難しい顔をしてその様子を眺める。
しばらくしてバハムートも到着し、同じ説明をする。
1時間ほどして、結界が自動修復されたのであろう、黒い割れ目は徐々に小さくなっていき、完全に閉じて無くなった。
その後、障壁を解き、黒い霧である負の霊子は吸収しておく。すでに放たれた結界の中に吹き荒れる嵐は途中で止められないので、時間が来るまで放置する。
偶然にもこの場に依頼にて来ていたことが幸いして、大事には至らなかったが、あのまま魔蟲が拡散したとしたら、面倒なことになっていたことは間違いない。どの程度の戦闘力があるかは不明だが、毒や病原菌をばらまいていたのではないだろうか。
色々と考えることはあるが、ひとまずは結界のほころびが閉じたところで、王都に帰還することにしたのだった。




